第90話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~5~
「お呼びですか?」
鍛練場で子供らの練習を眺めていた千早は、タバスの声に振り返る。幼女の周囲には子供らがまとわりつき、魔法の教えをこうていた。
「ああ。子供らに魔術を教えれる魔術師は見つかったかい? 探索者らも多忙だで、専任が欲しいなり」
問われた内容を思案し、タバスは難しい顔で千早を見下ろした。
「何人かはいるんですが....その。...自信がないと」
へにょりと苦笑いするタバスに首を傾げ、理由を説明してもらう。
何の事はない。今まで千早が指導してきた魔術式が従来のものとかけ離れているため、自分達には指導が出来ないとの事だった。
あ~。まあねぇ。こっちじゃ支援魔法は飛ばせないとか、魔法同士の複合など有り得ないとか、妙な固定観念あったもんなぁ。
千早が得意とする風と氷の魔法。全体でも単体でも使え、被害が最小限になるから好んで使用していたが、その氷の魔法に既存の魔術師達は度肝を抜かれた。
水と風と闇の複合だと説明しても、有り得ない、出来る訳がないの一点張り。
キレた幼女が水と土と光で雷。光と闇と無で虚空を作り出し、ミニブラックボールへ魔術師らを放り込もうとしたのも良い思い出だ。別の意味で。
二人は過去のアレコレを思いだし、顔を見合せて乾いた笑いを浮かべる。
「となれば、有志を募って育成から始めるべきかなぁ」
「いや、それでは妹様の御負担が更に増えてしまいます。ここは自警団の訓練に子供らを混ぜて見学させるというのは?」
「それもありか。実戦に勝る学びはないしな」
「魔術の基本ならば指導出来る者もいましょう。それ以上は自警団に参加させるが早いと思います」
タバスに声をかけられ共に教会に入ってきたエルフ達は空いた口が塞がらない。
何の話だ? 自警団とは大樹の国でいう騎士団のようなものだと聞いている。その実践訓練に子供らを参加させる? 見学ではなく参加? ないないないっ、有り得ないだろう?!
固まったまま動けないエルフらの視界で、一人の子供が火魔法を木偶人形に放った。
大きく威力も十分な魔法は、人形の肩を盛大に燃え上がらせる。小さいのに見事なものだと、エルフ達が感嘆する中、子供は悔しげに口を尖らせる。
「また燃やしちゃった。上手くいきません、妹様」
燃やしちゃった? 火魔法なのだから、燃えるし燃やすのが正常だろう。
ポカンとするエルフらを余所に、タバスと話していた幼女が振り返り、にっと口角を上げた。
「練度不足なだけさな。炎が赤いうちはダメだ。威力はそのままに、小さく凝縮させる。こんな風に」
幼女は掌に林檎大の火の玉を出す。そしてそれをしだいに小さく縮めていった。
小さくなるごとに深紅だった球体は光に染まり、最終的には青白い不可思議な色になった。サイズは親指大。
「炎の温度に上限はない。赤いほど温度は低く、白い色になるほど温度は高い。焚き火とかもそうだろ? 外側の赤い部分より、中央の白っぽい部分のが熱い。魔力を封じ込め凝縮するほど威力があがる。この青さまで高めれば鉄でも融ける高温だ」
青い炎など聞いた事はない。しかし、エルフらの卓越した魔力は、幼女の掌にある小さな球体が、間違いなく火属性を帯びていると感じる。
子供らも真剣な眼差しで、ビー玉のような美しい魔力の塊を見つめていた。
「論より証拠だ」
そう言うと、千早は木偶人形ではなく武器訓練用の鎧人形に魔法を投げる。
放つのではなく放るように投げられた玉は、緩やかな軌跡を描き、鎧人形の頭に落ちた。
途端に玉は弾け、ぐずぐずと重たい音をたてながら鉄製の鎧を融かしていく。兜から胸当てにかけて、魔法が弾けた広範囲がドロリと泥のように融け落ちた。
声もなく一部始終を見ていた子供らは、次の瞬間、わっと歓声をあげる。
「こんな感じで、今はゆっくり投げたから魔法が弾けたが、これを勢い良く放ったら? 二体、三体と、魔法の威力がなくなるまで敵を貫通していく。複数個操れるようになれば、スタンピードだって恐れる事はない。燃やすんじゃなく融かすんだ。これなら炎による被害が周囲に及ばない」
にっこり笑いながら子供らと戯れる幼女。端から見たら微笑ましい光景だが、その内情の陰惨さにエルフらは全身を粟立たせた。
これは魔術なのか? 得体の知れない秘事ではないのか?
限界まで殺傷威力を上げた魔法。あんなものを戦場で使われたらひとたまりもない。戦闘にもならず、たんなる虐殺。蹂躙されるだけだろう。
少し頭を巡らせただけでも惨憺たる使い道が星の数ほど浮かんでくる。
しかもそれを秘匿にもせず、こうして我々に見せている現状も理解しがたい。
いったい何を考えているのか、全くわからない。
エルフ達は目の前にある現実と、それを見せつける幼女の思惑が掴めず、背筋をブルリと震わせた。
彼等は知らない。オカンは何も考えてない事を。
魔法事情を知りたいと言うから魔法講義の場に連れてきただけであって、他意は全くないのだから掴める訳がない。
自分たちがそうだから、相手もそうに違いないという背面に囚われただけのお馬鹿なエルフらである。
地球で言えば自己紹介乙と言った感じか。
勝手に妄想を膨らませ震えあがるエルフ達に、不思議そうな顔で首を傾げるオカンだった。
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