第91話 オカンとエルフと悪役令嬢 ~6~


『元気そうだな』


 聞き覚えのある低い声音。千早は信じられない眼差しで声の主を振り返った。

 そこには翼をはばたかせる一体のドラゴン。ただし、掌サイズ。

 爬虫類独特の縦長な瞳孔が、愉快そうにふっくりと弧を描いている。

 暗い金色の体躯は軽やかに飛び上がり、幼女のフードの中へ、スポッと飛び込んだ。


「爺様っ?? いや、逆鱗様かっ!」


『応さ。ようやく二枚目が生えたでな。そなたの傍におろうと、魔法陣から来たのよ』


 掌サイズの逆鱗様は、フードの中から首だけを出して、うっそりと笑う。

 懐かしいその笑みに千早は破顔した。


「ありがたいよ、ここは何時も人手不足だでね」


『....遠路はるばる世界をこえてきた知己に言うべき台詞か、それは』


「働かざる者、食うべからずだ♪」


 眉間にシワを寄せて唸る竜。


「ドラゴン? エンシェントドラゴンですか?....完全体の竜ですよね? ワイバーンとかの亜竜ではなく」


 小刻みに震える手を持ち上げ、エルフらは片膝をついた。


「我をあのようなトカゲと同じに見ゆるか。我はモンスターではないぞ」


 ギラリと眼を剥き、ドラゴンはエルフ達を睨めつける。


「滅相もございませんっ! 世界の創世から女神様と共にある貴方様をモンスターなどど。御尊顔拝謁賜り、恐悦至極にございます」


 片膝をつき、エルフらは一斉に頭を垂れた。

 さすが魔法大国。エンシェントドラゴンの伝説や武勇は良く知っていると見える。


「彼等は秋津国の客人だ。脅すなしっ」


『何をするっ』


 幼女は首だけ出しているドラゴンを掴んで引きずりだした。


「大人しゅうしやんと、飯も甘味も御預けなも」


『それは困る。美味い食事と甘味を所望する』


「したら働け。やる事はナンボでもあるしな。秋津国は美味いモノだらけやぞ♪」


『おおおお、期待するぞ』


 利害の一致に、にんまりとほくそ笑む一人と一匹。


 そして茫然自失で二人を見つめているエルフらに気付き、千早は苦笑した。


「まあ、爺様はアタシの爺ちゃんみたいなもんなんで。続けようか。ここらは誰でも使える修練場だ。魔法やスキル関連は高等講義室になる。こっちだ」


 肩に逆鱗様を乗せて、幼女は教会左奥の扉を開く。するとそこには大きな講堂があり、大勢の人々が魔法談義や講義に花を咲かせていた。


 呆気にとられるエルフ達。幾つもの教壇と並べられた長椅子。数十人ずつのグループが各々の講義を真剣な面持ちで受けている。ざっと見ても数百人。老若男女、世代を問わず集まっているようだ。


『中々盛況だな。魔法を学ぼうとする者が、こんなに居るとは』


「みんな頑張り屋だからな。爺様も驚いてた複合魔法も、だいぶ使えるようになったなり」


『ほう、あれをか。我もまだ完璧ではないぞ』


「ああ。自警団の魔術師らは大分つかえる。....そうだよ、爺様使えるじゃんっ」


 千早はガバッと逆鱗様を掴み、掌に乗せる。


「アタシに魔法やスキルの基礎から叩き込んだ爺様なら、子供らから専門術師まで全部教えれるじゃないかっ、頼むよっ!」


『何の話だ?』


「実は.....」


 斯々然々と、幼女は事の起こりから逆鱗様に説明した。

 秋津国の人々に複数の属性持ちや加護持ちが増えた事。それに比例して魔術の講師が必要になり、アルス爺から頼まれた事。

 しかし既存の魔術師らでは幼女が考案して広めた術式が未だに理解出来ておらず、指導が出来ない事。

 にっちもさっちもいかなくて、千早が直接指導して作り上げた自警団に丸投げしようかと考えていた事。


『いや、丸投げはいかんだろう。そなた無茶苦茶だな』


「仕方無かんべ? アタシ、仕事山積みだも」


 うぐうぐとメソメソしだした幼女に、逆鱗様は慌てて羽をはばたかせる。

 そして千早の頭に止まると、長い溜め息をはいた。


『泣くでないわ。まったく。やってやるから美味いモノを忘れるなよ?』


「やったぁっ、ありがとう爺様っ♪」


『ここで、訪れる者らに魔法やスキルを教えれば良いのであろう? ふん、軽いものよ』


 鼻息を鳴らし、逆鱗様は後ろの図書スペースへと移動する。それを確認し、幼女は小さめの黒板を図書スペースの前に設置すると、少し斜めな文字を数行書いた。


《こちらに魔法やスキルの専門家有り。ドラゴン先生が何でも教えてくださいます!》


 書き終わると千早は満足気にうなずく。


「これで良し。立ってる者は親でも使えってね。爺様から学んだ人らが、いずれ教える立場になるやろ。棚ぼたや♪」


 にししっと笑う無邪気な幼子。エルフらは言葉もない。


 怖すぎる。エンシェントドラゴンを顎で使うとか、有り得ないから。しかも便利使い。畏れ知らずにも程があろう。


 眼を皿のごとく見開きながら、エルフ達は化け物を見るような眼差しを幼女に向けていた。


 またまた彼等は知らない。爺ちゃんは孫に甘いという事を。


 オカンのステータスにはドラゴンの弟子、ドラゴンの孫という表示がある事を。

 そして更に、オカンが女神様の妹である事を、後日、彼等は知るのである。   .....合掌。

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