第76話 オカンと竜と青嵐 ~12~


「いや、帰るだろう?」


「帰らないわよ? 家族が見つかったのに、なんで大樹の国に帰るのよ。有り得ないわ」


 エルルーシェの問いに素っ気なく答えるユフレ。


 二人は親父様の家の前で睨み合っていた。懐かしい我が家である。ご満悦なお母ちゃんと親父様はラブラブで、周囲に構わずまったりと夫婦の時間を過ごしていた。

 お母ちゃんいわく、たとえ八十越えの老人であったとしても、共に余生を過ごしたわ。他に選択肢なんてないでしょ?♪ との事である。

 そして転生を待ち、再び巡り会うつもりだったと言う。

 逆行現象で若返っていたのは僥幸。待つ手間が省けたと大喜びだ。ついでに幼女にも親指を立ててGJと微笑む。


「親より先に逝くのは最大の親不孝だからね。よくやったわよ、はーちゃん♪」


 改めて親子三人での異世界暮らし。


 時折、女神様も混じり、のんびりと縁側でお茶をする。


 そんな中、取って返して石柱を設置したいエルフらが帰還する準備中にユフレを迎えに来たのだ。

 にべもなく断るユフレを眺めながら、エルルーシェは眉をしかめる。その顔は複雑そうな困惑の中に、仄かな憐びんが漂う不可思議な表情だった。


「私は一応、君の婚約者なんだが.....」


「長老らが勝手に決めた事でしょう? 私は承諾してないし、私を勘当した両親に決定権は無いわ。私は私が自らの力で手に入れた家名がある。当主である私にしか決定権は無いのよ。私は断ったはずだわ」


 ふんすと胸を張るユフレ。


 いやまあ、その通りなんだが。と、エルルーシェは頭を抱えた。その眼は情けなさげにユフレを見上げている。


 言葉の端々に不穏な単語を拾い、千早は首を傾げてユフレに視線を振った。

 するとユフレは肩をすくめ、生まれてからの事をかいつまんで説明する。


 お母ちゃんは大樹の国の重鎮、バンクテール公爵の家系に生まれ、次代のお妃様となるべく育てられたらしい。

 しかし前世が農家の主婦である。不合理で非効率な農業や、前時代的な法律、身分制に真っ向から歯向かい、超問題児として華々しくデビューした。

 眼を離せば農夫と鍬を振り、叱れば真っ当な正論で親を論破する。閉じ込めても有りとあらゆる手を使って脱走し、領内の街や村へと突進していく。


 これが初添え前の話だ。


 高い位置の部屋に閉じ込めても、シーツやカーテンをロープにして抜け出し、いよいよ不味いと地下牢を改造して閉じ込めたら、明かり取りの窓から青銅の格子をへし折って脱出する。

 どうやったか知らないが、格子は見事に折れて抜けていた。


 ほとほと困り果てていた両親は、適齢期になるまでユフレを修道院に入れようと画策した。お妃様候補になるには、貞節と礼儀作法が必須である。他にも色々あるが、成人までに身につけるのは、その二つで十分だ。

 後は学校や王宮でおいおい身につければ良い。

 そう考えたユフレの両親だが、修道院に入るには初添えを済ませている必要があった。

 初添えが終わったら、直ぐにでも修道院に放り込もうと思っていた両親の裏をかき、なんとユフレは初添えを受けた当日に探索者登録をして、領内のダンジョンに潜ってしまったのだ。

 事態を知ったバンクテール公爵家は、上へ下への大騒ぎ。

 即刻、上位探索者に捜索依頼を出したがダンジョン上層が広大な迷路であるのは周知の事実。未だに全容が明らかにされていない上、たまに起きる地殻変動で内部の道が変わったりもする。

 そんな中で、初添えを終えたばかりのちっこい子供を見つけられる訳がない。

 そんなこんなで無為に日々が過ぎ、一年たっても音沙汰がなく、バンクテール公爵家はユフレを諦めた。もはや生きてはおるまいと。

 捜索を打ち切り、今まで必死に隠してきたユフレの奇行を王宮へ報告し、貴族にあるまじき愚行の数々や消息不明な事を理由にユフレの貴族籍を剥奪した。

 こうしないと長子相続が原則なエルフの国で、万一にもユフレが生きていた場合、彼女の弟に家を譲れなくなってしまうからだ。

 ユフレはお妃様候補であったため、弟に当主が譲られる予定ではあったが、確実にお妃様になれる訳ではない。

 ゆえに双方、領主となるべき十分な教育がなされていた。


 五歳になったユフレが奇行を繰り返し出すまではの話である。


 賢く聡いユフレには期待をかけていただけに、両親の落胆は深く、それは初添えの暴挙を期に憎悪へと変わった。


 親の役にたたぬ子供など要らぬ。


 バンクテール公爵は、これ以上なく貴族らしい貴族だった。

 我が子ゆえ努力はしたが、実らぬなら切り捨てるのみ。後顧の憂いがないように貴族籍を剥奪し、万一にもバンクテール公爵家の敷居を跨がぬよう手配する。


 そして三年後。ユフレはダンジョンから帰還した。


 一応実家に顔は出したが、門番に前述の話を聞き軽く頷く。


「了解。金輪際、御互いに親子とは名乗らないよう伝えておいて」


 そう言うとユフレは踵を返して街の雑踏に紛れていった。


 門番はユフレを知っているがゆえに顔をしかめる。


 エルフには有り得ない黒髪黒眼。奥様が不義を疑われ、御嬢様自身にも辛くあたられ、御嬢様の賢い聡明さが周囲に分かるまで酷い扱いであった事を覚えていた。

 ろくに食事も与えず、育児放棄し、屋敷の使用人らも追従して御嬢様を虐待していたのだ。

 屋敷の使用人の殆どは下級貴族である。ゆえに奥様が疎む子供に関心は持たない。


 御嬢様の世話をしたのは、数少ない平民の使用人達である。


 彼等は奥様に気付かれぬように、隠れて御嬢様に食事を与えたり教育を施したりした。

 結果、三歳ごろから御嬢様の聡明さが香るように花開き、お妃様候補として育てれば家の役に立つと、御両親の興味をひく事になったのは皮肉なものだが。

 しかし時すでに遅く、御嬢様は掌を返した両親に見向きもせず、自が途を爆進する規格外な御令嬢になっていた。


 法も身分も自分を守ってはくれない。そう学ばれたのだろう。


 門番の男も平民出だ。こっそりと御嬢様にお菓子や果実を渡したものである。


 懐かしいな。可愛らしく笑う幼子を思い出して眦が緩む。


 自由です、御嬢様。思うがままに生きて下さい。


 門番の男は、ユフレの門出を密やかに見送った。




「ダンジョン踏破者が出たのは数十年ぶりではないですかな」


「そうですとも。聞けばアダマンタイトやオリハルコンを持ち帰ったとか。国王陛下に献上されるそうです。楽しみですな」


 ここは王宮、謁見の間。


 久しく踏破者の出なかったエルフの国で、新たな踏破者が出たとお祭り騒ぎである。

 踏破者=希少素材。一度裁定を通過すれば次からは至高の間にフリーパスなのだ。つまり、定期的な希少素材の流通が確保出来る訳だ。これが喜ばずにいられようか。


 雑談に花を咲かせていた貴族達が一斉に口を閉じる。涼やかな鐘の音が響き渡り、国王陛下が現れた。

 人々が頭を垂れる中、まだ若い国王陛下は静かに玉座へと腰掛ける。

 緩やかなウェーブのかかった薄蒼の長い髪を背の中程で束ね、彫りの深い顔立ちに慧眼な瞳。やや穏やかな眼光の奥には、見る人が見れば分かる冷酷な光が揺らめいていた。


 エルフでは髪の長さは魔力で決まる。平民クラスは肩まで。下級貴族辺りは背の中程まで。上級貴族ならば腰の辺りまで伸びるのだ。魔力が低いほど髪は伸びない。


 豊かな髪は魔力の象徴。


 居並ぶ王公貴族の中で、一人だけ短髪な者がいるが、誰もそれを意識しない。

 皇太子であるエルルーシェの魔力が皆無に近い事は周知の事実であるからだ。いずれ廃嫡されるだろうと、もっぱらの噂な皇太子が国王の横に座ると、正面の扉が静かに開けられた。

 左右の衛兵に案内されて入ってきたのは目深にフードを被った長いローブ姿の小さな人間。

 両手で持つトレイには複数の鉱石と数本の瓶がのっている。

 それを衛兵に差し出し、衛兵は侍従に渡した。

 侍従は中身を確認し、恭しく国王へと掲げる。


 トレイの上には拳大のアダマンタイトが三個、オリハルコンが二個、そして三本の瓶の中身はエリクサー。


 感嘆の溜め息をつき、国王は目の前に膝をついている探索者へ声をかけた。


「フードを下ろすが良い。面を上げよ」


 国王の言葉に従い、目の前の探索者はフードを下ろして顔を上げる。途端に周辺の貴族がざわめいた。

 なんと上げた顔は年端もいかない幼女である。エルフにしては浅い顔立ちだが、シュッとした端整な美貌で、やや切れ長なれど細くはない瞳が力強く輝いていた。

 そして何より眼をひくのは闇夜の如く黒々とした髪と瞳。

 濃淡はあれど蒼い髪と橙の瞳を基調とするエルフの中において、一質異様であった。

 しかし、これには覚えがある。たしか上級貴族の間で噂になったはず。しばし顔を見合せ、ざわついていた貴族らの視線が、ある公爵に吸い寄せられた。


 バンクテール公爵は見間違いもない黒髪の少女を凝視し、唇を震わせる。


「ユフレシュリカか?」


「ユフレですが?」


 数年ぶりの親子の対面とは思えない素っ気なさ。


 だが二人の短い会話で周囲は大体の関係を理解した。


 十年ほど前に黒髪のエルフが生まれた事は貴族の間で話題となり、醜聞とまではいかなくとも悪意のある好奇の的に晒されたからだ。

 しばらく話題にはなったが、過去には赤い髪や茶色の髪のエルフが生まれた事もあり、某かの先祖返りだろうと思われている。

 そして数年前から黒髪の貴族令嬢の奇行が、貴族らの噂にのぼりはじめた。

 やれ畑仕事をしてるだ、やれ樹海で採取やモンスター狩りをしてるだ、果ては市井におりて商人の真似事をしてるだと話題に事欠かず、更には出奔して探索者になりダンジョンへ挑んだと聞く。

 まさかと思われながらも囁かれた噂が全て真実であり、公爵は探索者を雇ってダンジョンを捜索させたが、一年ほどで諦めて、奇行の全てを国王に告白した。

 それだけの問題がズラッと並べられれば国王も否とは言えない。貴族籍剥奪もやむを得まい。

 もし生きていたとしても、そんな令嬢は貴族に相応しくなく、離宮に幽閉が関の山である。


 そういった経緯を知る貴族の面々は、相対する親子に興味津々だ。何が起きるだろうとワクテカ顔で注目していた。


「何をしにきたのだ。お前は既に貴族ではない。王宮に足を踏み入れるなど言語道断」


 厳めしい顔つきで公爵は娘を睨め下ろす。

 しかし少女は微動だにしない。むしろ挑戦的な眼差しで公爵を睨みつけた。


「好きで来たわけじゃないわ。国王陛下の御召しとあれば断る訳にいかないでしょう? 帰れというなら助かるわ。帰るわね」


 ふわりと優美な微笑みを浮かべ、ユフレは見事なカーテシーで国王へ挨拶を述べる。


「バンクテール公爵様が失せよと申されますので、御前を辞したいと思います。御眼汚し失礼いたしました」


 優雅に笑みを深め踵を返したユフレに国王が制止の声をかけた。周囲の貴族が息を呑む。


「待つが良い。そなたは私が王宮に招いたのだ。バンクテール公爵、勝手をするでない」


 やや険しく眼をすがめ、国王は公爵を咎めた。そして改めてユフレに今回のダンジョン踏破を祝い祝辞を与える。

 苦虫を噛み潰したかのような顔で公爵は頭を下げた。


「これがダンジョン踏破など有り得ぬ事。何かの間違いでございましょう」


「この献上品が間違いだと?」


「どこからか盗んできたのか。いやはや情けない娘です。犯罪に手を染めるとは。こんな子供にダンジョン踏破など出来る訳がありません」


「..........」


 エリクサーの瓶を弄びながら、国王は据えた眼差しで公爵を見つめる。そして微かに口角を歪めた。


「犯罪なればただでは済まぬな。公爵、そなたの娘の監督不行き届きだが如何する?」


「既に貴族籍は剥奪し当家との縁も切っております。そやつはただの平民。如何様にもなさいませ」


「よろしい。なればユフレシュリカ...いや、ユフレだったか。今回のダンジョン踏破の報酬に何なりと願いを叶えよう。申してみよ。私は気前は良いぞ?」


「陛下??!」


 驚き振り返る公爵に、してやったりと眉を上げ、国王は献上された希少素材や薬を持ち上げた。


 仄かに煌めく魔力の輝き。


「これを盗み出すなど不可能だ。それにユフレは既に何度も王宮へ希少素材を納品している。二桁以上な。何処にそれだけのアダマンタイトやオリハルコンがあると言うんだ。至高の間以外でそんな数を得る事は出来んよ」


 公爵は話の内容に愕然とした。既に納品されている? アダマンタイトやオリハルコンが数十個も?? それだけで白金貨数千枚の値段である。公爵の領地全収入の数十倍だ。

 周りの貴族らも驚嘆に溜め息をもらす。

 思惑通りの反応で、国王の顔が悪戯っ子みたいに輝いた。満足気な国王を呆れ顔で見つめ、ユフレは仕方なさげに苦笑する。


 今回の謁見は茶番なのだ。ユフレに自由を与えるための。


 少女は数日前の国王との対面を思い出していた。


 王宮の一室で陛下と対面し、奇行や出奔の理由を問われ、正直に全てを話したユフレである。

 自分は異世界からの転生者である事。様々な事情があれど、公爵家では虐待されていた事。更に掌返しでお妃様候補として洗脳されそうになった事。修道院に送られそうになったのでダンジョンに逃げ込んだ事。

 明け透けに洗いざらい話し、ついでに農業や流通、その他もろもろな改善点をブチまけ、奇行と言われていた行動は領地をより良くするための物だった事など、全てをつまびらかに話した。


 結果、陛下との良い縁を結び、ユフレの自由でありたいと言う願いを国王は快く承知してくれる。


 そして今現在の茶番だった。


 ユフレはしばし思案し、国王に短く答える。


「家名を頂きたく存じます。一代限りで構わないので」


「良かろう。私が後見人となり、そなたの親がわりをしよう」


「ありがたく存じます」


 国王は居並ぶ貴族の面々を見渡し、声高に宣言した。


「今日からそなたはユフレ・トリニャーシアと名乗るが良い。トリニャーシアとは旧き言葉で蜻蛉を意味する。何処までも自由に飛び回るそなたにピッタリであろう」


 ここで蝶ではなく蜻蛉を持ってくるあたりが陛下らしい。


 蝶のようにたおやかな生き物はユフレには似合わない。蜻蛉か。すいすいと空を気ままに泳ぎまくる姿は、たしかにユフレに似ているかもしれない。


「承りました。恐悦至極にございます陛下」


 にっこりとほくそ笑む二人には邪気しかなかった。


 国王はユフレの後見人となる事で彼女を手中におさめ、ユフレは国王をだしにして実家に対する積年の恨みを晴らし自由を手にした。ウィン×ウィンである。


 しかし事態は斜め上半捻りを見せた。


 ユフレは陛下と初対面から今現在までローブ姿でしか会っていない。基本は目深にフードをかぶり、それを上げ下ろししていた。

 つまり、彼女がローブを脱いだ姿を知る者は居なかったのだ。


 翌日行われた舞踏会で、陛下から贈られたドレスや装飾品を身に付けたユフレを見て、国王までもが絶句した。


 幼いながらも凛とした美貌から化けるとは思っていたが、それをも上回る驚愕は彼女の髪。なんと膝まである豊かな黒髪を少女は携えている。


 髪の長さは魔力の高さ。幼い子供がダンジョンを踏破した理由を改めて理解したエルフ達だった。


 国王ですら尻が隠れる程度の長さである。単純に考えても陛下を上回る魔力の持ち主だ。

 舞踏会に参加した貴族らの瞳が輝くが、少女は既に国王の比護下にあり手は出せない。

 今さら娘の価値を見出だした公爵が、何とかして取り戻そうと躍起になったが、謁見のさいに取られた言質によって爆砕していた。


 陛下の元には多くの貴族から求婚の申し出が寄せられ、辟易した顔の少女に、皇太子の婚約者になってはどうかと持ち掛ける。


「型だけで良かろう。成人する頃には皇太子にも心を寄せる相手も出来よう。そうしたら解消すれば良い」


「ん~....」


 渡りに舟な気がしなくもないが、用心に越した事はない。

 ユフレは婚約者ではなく婚約者候補の一人となる事にした。

 現在上げられている皇太子の婚約者候補は三名。ユフレを合わせて四名となる。

 この四名は皇太子が成人し、学園を卒業するまで婚約者候補のままだ。学園を卒業する最後の記念パーティーで初めて一人の婚約者に決められる。これが通例だ。

 つまり、学園を卒業する十八歳までは他の求婚者をはね除ける事が出来るのである。


 だが人々の思惑を余所に常に事態は斜め上を爆走する。


 自由な権限を与えられたユフレが手腕を発揮し、あらゆる分野に手を出し口を出し、成人して学園に入る頃には農作物の収穫量は倍になっていた。

 実績を叩き出した事でユフレの存在は大きくなり、学園への就学が免除される。


 これに慌てたのが、なんと皇太子だった。


「父上が後見人なれば私の妹も同じ、学園を卒業しないなど有り得ない。紳士淑女の嗜みであろう」


「いや、私は平民だし。退屈な学園生活より、市井であくせくしてる方が性に合うし」


 学園にも身分にも執着なく、素っ気ないユフレ。


 すると皇太子はユフレの手を取り膝を着く。


 ヤバいと思った時には既に遅し。皇太子はユフレの手を額づけ、言ってはならない言葉を口にした。


「我が片翼たれ。比翼の元、幾久しく空をたゆとわん」


 エルフの古典的な求婚の言葉。王族のみが使う言い回しである。しかもここは......


 周囲にざわめく学園の生徒達。


 学園のカフェテリアだった。


 万事休す。


 絶望的な面差しでユフレは天井を仰いだ。




 後日、元老院満場一致でユフレと皇太子の婚約が決定。しかし、これをユフレは一蹴する。


 基本、王家からの申し出は断れないモノだが、ユフレの後見人は国王陛下だ。陛下が許可しない限り何者もユフレに命令は出来ない。

 そしてユフレは陛下と自由である事を約束している。


 皇太子の暴挙は不発に終わったのだ。


 だが元老院の認めた婚約者候補という新たな肩書きがついてしまい、これ幸いに皇太子は周囲に婚約目前的な錯覚と誤解を撒き散らしたらしい。


 お母ちゃん激オコである。


「大体あんたが良からぬ噂を振り撒いたんでしょーがっ、私の知ったこっちゃないわっ!」


「分かってる! 分かってるけど、見も知らぬ男の傍に君を置く訳にはいかないでしょう? 父上に報告して許可を頂いてからでないと。陛下を蔑ろにするつもり?」


 エルルーシェの言葉に、ユフレが言葉を詰まらせる。

 たしかに不味いかもしれない。でも、最愛の夫と娘を目の前にして、今さら大樹の国になど戻りたくはなかった。


 むむむっと睨み合う二人に、お茶をすすりながら千早が呟く。


「お母ちゃん拉致るつもりなら大樹の国は秋津国の敵や。石柱設置の話はなかった事に。親善使節も御断りする。全面的に国交断絶でいきまひょかね」


 優雅に微笑む幼女の瞳は笑っていない。むしろ極寒のブリザードのごとき鋭利な殺気が周囲に満ちていた。

 思わず凍りつくエルフ二人に、千早は更なる爆撃を開始する。


「拉致っても無駄だからぁ。あたしゃ地の果てまでも追って探しだして、大樹の国を焼け野原にしてあげるよ? 敵対するなら覚悟してきな。全力で受けて立つ」


 全身に覇気をみなぎらせ、溢れる魔力が周りに漂う。七色の光彩を含む白銀色の魔力。泡沫の一つ一つが煌めき、弾け、空間を歪めていた。


 勝てる訳がない。


 自分達が幼女の地雷を見事に踏み抜いたとも知らず、二人のエルフは喩えようもない恐怖に震え上がっている。


 霊獣大戦とは別のベクトルで、新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。

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