第75話 オカンと竜と青嵐 ~11~


「昨日は、すんませんした」


 教会の講堂のテーブルにベッタリと頭を擦り付け、千早は居並ぶ面々に謝罪する。


 いや、ほんと、今思い返しても赤裸々な醜態晒し。あまりの羞恥に脳内がグツグツと煮えたぎっております。


「まあ、生き別れみたいな物だったんでしょ? 仕方無いんじゃないか?」


 苦笑気味なリカルドに、何時もの面々らは揃って頷いてくれた。人の情けが、ありがたい。

 件の黒髪エルフが幼女の母親の転生だと知り、驚きつつも人々は納得を示してくれる。エルフ側はユフレが転生者と知っていたので話は早かった。


「しかしユフレの前世の娘御とは。驚きました。この世界でも親子をなさるとか。ユフレ、いきなり子持ちで結婚話な訳だが良いのか?」


「当たり前じゃない。はーちゃんのママたまは私だけよ。十流の妻の座も渡さないわ」


 ふふんと胸を張るユフレの姿に、仲間のエルフは困惑気味だ。


「長老が何と言うか....。うん、まあ、押し切るよな、お前は」


 ユフレのエルフばなれしたウルトラCな思考回路を知る仲間は、複雑そうな顔をしながらも軽く遠い眼をして頷いた。

 エルフの常識やしきたりを悉く粉砕してきたユフレである。

 今さら長老らがどうこう言った所で止まる訳がない。

 呆けるような生ぬるい笑みを浮かべるエルフに首を傾げつつ、幼女は本題に入った。


「じゃあ、まずはエルフの方々から。ようこそ秋津国へ。来訪は初夏と伺っていましたが? お越しになられた理由をお聞きしても宜しいか?」


 言われてエルフらは居ずまいを正し、改めて挨拶をする。昨日は幼女の赤ちゃん返りでなしくずしになり挨拶もままならなかった。ほんと、すんません。


「初めておめもじいたします。私は大樹の国代表、エルルーシェ・ド・ヒアーバルト。隣にいるのはキルシュピス。我々が貴国を訪問した理由は今回の大災害予測と、これです」


 エルルーシェと言うエルフが差し出したのは一枚の木札。それは蜂蜜に付属した説明書きだった。

 簡単な蜂蜜料理のレシピと、ボツリヌス菌中毒に対する注意書き。


「実の所、ガラティアは秋津国が来訪者により建国された国である事を秘匿しておられました。この木札を見たユフレが、看破したのです」


 連ねられたレシピやボツリヌス菌の存在を示す注意書き。それらは間違いなく地球世界からの関与をうかがわせ、さらには国名が漢字を使用した秋津国である。ここまで揃えば疑う理由はない。


 ユフレは秋津国が、自分の前世である日本人が建国した国だろうと断言した。


 大樹の国はユフレが成長するにしたがい多くの恩恵を受けてきた。

 生産、経済は言うにおよばず、教育、福祉。千早に勝るとも劣らぬ発展が促された。

 しかし、それが形になり始めたのはここ数年。地道な努力を十年以上も重ね、ようやく最近軌道に乗り始めたばかり。

 なのに秋津国は、ほんの半年で大樹の国を凌駕する発展を見せた。その理由を確認しに、エルフらはやってきたらしい。

 転生者にしろ来訪者にしろ、同じ日本人なのにここまで差がついているのは何故か。ユフレにも分からなかったからだ。


 通常の異世界人との違い。その理由は千早が異世界を渡れるという規格外な能力をもっている事にある。


 地球の知識や技術だけでなく、近代文明の恩恵をダイレクトに秋津国へもたらした。

 改良済みな家畜や種苗。薬品や書物。ありとあらゆる物品をこちらに持ち込み、地球人であれど専門職でなくぱ理解出来ない知識を秋津国の職人達に撒き散らしたのだ。


 幼女とて万能ではない。


 現代知識を持つがゆえに万能に見えているだけで、専門職が同じ知識を得れば、それに勝る物ではなかった。


 そして何より潤沢な資金源。


 至高の間から好きなだけ希少素材を持ち出せるのだから、尽きる事はない。加工して更に莫大に増やす事も可能だ。

 今でこそ自給自足で成り立っているが、初期には散々売り払って金子に変えた物である。


 それらをかいつまんで説明し、一時的でなく、二次的三次的にも発展が加速したのだと話すと、ガラティアはもちろん、エルフらも空いた口が塞がらないようだった。


「つまり、我々大樹の国が今から始めるであろう品種改良や、技術的発展が既に終わっていると? しかもミスリルや他の希少素材による新たな改良も行われて? ......ふざけてる」


 両手の指を組んで額を押し当てるエルルーシェは、如何ともしがたい複雑な表情で溜め息をついた。


 そう、地球の技術に加えこちらには錬金や魔法がある。

 ミスリルやアダマンタイトといった夢素材も。

 結果として、技術的には地球に及ばずともそれを補って余りある別技術が出来上がるのだ。

 この先、科学や医学などの概念が高まれば、さらに規格外な発展をするだろう。


「大まかには理解いたしました。初夏に改めて親善使節として参ります。今回は秋津国の異世界人の確認と、こちらで予測されたという大災害を詳しくお尋ねするため参りました。あらかたはガラティア国王より聞き及んでおりますが、実際、どのような感じなのでしょう?」


 千早は自分が確認した沖の状況から説明した。


 女神様の言った通り、沖には無数のモンスターが終結し、大きな海流を挟んで睨みあい、一触即発な状態だった。


 その中でも一際大きな二対のモンスター。


 小島ほどもあろうか。一体はエメラルドグリーンの巨体に金色の水で出来たような美しいヒレを全身に纏う竜。

 形としては恐竜に近い。某アニメの水竜の進化版みたいな感じだ。ただ、それより遥かに大きい。

 その竜の真っ青な瞳が睨めつけているのも竜。

 こちらは厳つい巨体にグレイの鱗を纏う、元祖ドラゴンといった感じの東洋系の龍だった。

 頭の左右に大きな角があり、顔や背鰭には銀色の鬣がふさふさと靡き、蛇のように長い体躯をうねらせていた。


 相対する金色と白銀。


 ふと神々の理を思いだし、女神様に確認すると、霊獣には神々の御加護があるのだという。

 その中でも金色を纏う恐竜はエンシェントドラゴンにも劣らぬ年月を生き、三度の進化で金色を纏う霊獣になったらしい。

 モンスターには稀に進化で上位の霊格を得るとかで、大抵は一度きり。それでも通常のモンスターの五倍の力を得るとか。

 二回すると更に五倍。三回もすれば、前記に記したように大地をも割る大災害を引き起こすほどの力を得る。

 金色を纏う恐竜は神獣といっても良いほどの知識と能力を持っているとか。

 対する龍は白銀。これも三回の進化を経ているのだが、いかせん元来の素養と普段の素行が悪いため、金色を得る事が出来なかったとか。


 金色の恐竜がラプトゥール。白銀の龍がリヴァイアサン。


 ラプトゥールは今の時期、産卵と子育て中のはずなのだという。子供らが巣立ちをするまで身を隠して現れないはずなのに、何故かここで睨みあいをしているとか。


 理由は分からないが、神々は基本が不干渉である。


 秋津国の幼女に害がなくば、これも世界の理の一つとして傍観する構えらしい。


 なるほどね。傍迷惑であるが、モンスターらにも彼等の理があるのだろう。実害がないなら野生の生態に干渉は良くないな。


 そう女神様と話し合い、秋津国は静観を決めた。


 千早はエルフらに同じ話を説明する。


 途端、音をたてて部屋の温度が下がり、エルフのみならず何時もの面々すらが顔を凍らせていた。


「いや、その話、我々も初耳なんですが? 霊獣のみならず神獣??? 神獣って単語も初めて聞きました。エンシェントドラゴン級と言う事ですか?」


 モンスターが進化する事事態は人々も知っている。中には御加護を得て、極稀に白銀の霊獣になる事も。

 しかし金色のモンスターは知らない。存在すると聞いた事もない。


 微かに震えるタバスの問いに千早は軽く首を傾げた。


「んにゃ、爺様は爺様だ。世界創世に女神様と共に生まれた。たとえるなら、星の獣と書いて星獣せいじゅうってとこか。爺様はモンスターではないんだよ」


 御加護を得て知識と言語を持つモンスターは聖獣と呼ばれ、さらに銀を纏えば霊獣と呼ばれる。

 霊獣にもピンキリはあるのだが、まさかそれに更なる上位の金色があったとは。

 聖獣すら極々稀にしか生まれないらしく、霊獣リヴァイアサンやラプトゥールも神話のお話で、実際に見た者はいない。

 しかし逆を言えば、今現在二対が確認されていると言う事は、二対の霊獣は神話の時代から生きていると言う事。


 事態の重さを改めて認識した人々から、ざっと音をたてて血の気がひいた。

 そんな人々を余所に、幼女は一本の石柱を取り出す。

 長さ一メートル、太さ十センチほどの黒い御影石。先端には虹色に輝く魔石が埋め込まれていた。


「これを国の周辺に設置してもらいたい。十五キロ間隔で。したら、あたしの魔力で自動的に結界が張られる。魔石から直通でこちらに連絡も取れるし、有事には役に立つ」


 幼女の説明を聞きながら、有り得ない事態である事を実感する獣人とエルフであった。


 そしてその事態の大きさに存在感が薄れ、後日、石柱そのものも規格外のオーパーツだと気付く面々の絶叫が各国に谺するのだが、それはまた別のお話。

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