第45話 オカンは海外派遣隊 ~終幕~


 幼女が創造神様の神属であるとか、実は創造神様の妹であるとか、一国丸々養うだけの物資はもちろんだが、さらにそれらを収納出来る超巨大アイテムボックス持ちだとか、伝説の転移魔法が使えるとか。

 万国びっくりショーのからくり箱の如く人々を驚かせる情報の羅列に、ガラティア王宮はてんやわんやの大騒ぎ。


 やれ面会だパーティーだ御茶会だと、多種多様なお招きの手紙を投げ捨て、千早はうんざりとした顔で天井を仰いだ。


「人間は下等民族なんじゃなかったっけかなぁ?」


 眼を据わらせて憮然と呟く幼子に、ガイアスの眉がシニカルに上がる。


「そのような愚かしい愚考を口にする者は淘汰されましたゆえ。一つ二つ参加してみるのも一興かと。ディアードの皆さんへの土産話にもなりましょう」


 薄く笑みをはき、違和感なく話すガイアスを千早は尊敬する。

 息子らは爵位剥奪、平民に落とされ、娘は捕縛投獄な上、遠方の修道院に生涯幽閉。


 彼は今回の事案で子供を全て失ったのだ。


 心には計り知れない傷が深々と残っただろう。


 貴族として、父親として、領主として。あらゆる責め苦が彼を苛んでいるはずだ。

 なのに笑顔が作れる。平素を装える。強い人だと千早は思う。


「そういや、けっこうトントン拍子に終わったから、あちらに戻ってないな。ちょっくら報告だけしてくるわ」


 そう言うと、幼女はシュルンと姿を消した。


 微かに眦をひきつらせつつ、ガイアスは規格外な魔術師に冷や汗を垂らす。

 転移魔法など御伽話の中にしか存在していない。聞けば神域というスキルが必要らしい。

 その神域と言うスキルも初耳だった。


 ガイアスは思う。彼女が今ここに存在するのは偶然なのか。


 我々より遥かに優れた文明から訪れた来訪者。これらの存在は女神様の御神託により世界中に周知されていた。


 彼等が恙無く暮らせるようにと。


 しかし、未だに来訪者は現れず、人々の関心が薄れ始めた頃、対岸から彼等はやってきた。


 出逢いは最悪。餓死寸前の難民として迎えられ、彼女の街で数週間を過ごした。

 穏やかで心優しい人々の街。豊かで笑顔がたえない大きな街だった。

 中心部以外にも複数の区画に分かれ、色んな国々の人々が暮らしており、驚いたのは、そのほぼ全てが戦争難民だと言う事実。

 ほんの数ヶ月前は中心部の小さな街しかなく、教会から虐げられ貧しい暮らしに喘いでいたと言う。


 それを変えたのが件の来訪者達だった。


 街に知識を与えて、農場や牧場を作り拡大し、雇用を生み出し人々に糧を与えた。

 それのみにならず行政や流通を改革し、難民を受け入れ、街を大規模に作り直し、元の街など原型も分からないほど大きく発展させていた。


 極めつけは皇帝から派遣された教会を追い出し、新たな教会を作ってしまった事。


 教会は知識を独占しており、儀式や治療魔法といった人々の暮らしに欠かせない技術で巨大な影響力を持つ。

 それら秘匿であるべき事象を、幼女は全て熟知していた。

 儀式に必要な八属性。治癒に必要な六属性。古より教会にのみ伝わる秘伝の知識を、全て公開してしまったという。

 女神様に選ばれた白銀色の司祭が筆頭となり、今では多くの街から見習いの人々がやってきていた。


 既存の教会と袂を別ったディアード独自の教会。


 白銀色の司祭の元、人々を救いたいと言う揺らがぬ志しのある者ならば、技能、出自に関わらず、誰にでも学ぶ門戸を開いている。

 労働を対価に衣食住は保証されるので、平民、貧民でも学ぶ事が可能だ。


 なんとも信じがたい話である。


 ガラティアであれば、学ぶには対価となる金子が必要であり、師事すべき相手を探すのに人脈が必要となる。対価も決して安くはなく、結果、それなりの家柄と資産がなくば学ぶという前提すら作れない。

 なのにディアードでは基礎学問なら孤児院で。専門学なら教会で。全て無料で教えていた。


 有り得ない。


 話を聞いて絶句するガイアスに、幼女は、にししと笑った。幼女の世界では当たり前なのだと。


「いずれ世界中がこうなるよ。あたしは知ってるんだ。人的資源こそが最大の宝だと。そのうち皆が気づくよ。万人が学べる世界であれぱ、困窮する事がなくなるってね。得手不得手はあれど、誰もが才能の種を秘めている。それを芽吹かせるには教育と言う水が必要なんだ。種のまま終わらせるなんて愚策なり」


 どこか遠くを見るような眼で、幼女は窓の外を見つめた。

 彼女には一体何が見えているのか。

 話は理解出来たが、価値観が根本から違うガイアスには、その意味や理屈が理解出来なかった。


 しかし、現実は幼女が正しいのだと示している。


 大きく豊かに発展した難民の街。


 これが幼女の言う当たり前の世界なら、彼女の世界は楽園に違いない。


 そう呟くガイアスに、幼女は難しそうな顔をした。


「清く正しく美しく.....有りたいが難しいんだよね。清濁あってこその人間だとも思うし」


「清く正しくは分かりますが、美しくとは? 装うという事でしょうか?」


「ノンノン、清く正しい生き方は美しいって意味。でもそれだけじゃ人間味がないっしょ? 基本はそれでも、やっぱ遊びがないとつまらない。四面楚歌では息もつまるしね。その折り合いの付け方が難しい。そんな世界だったよ、あたしの故郷は」


 意味が分からず、ガイアスが途方にくれていると、幼女は苦笑し、さらに説明してくれた。


 つまりは増えた知識の分、考えすぎてしまうのが欠点らしい。


 これで正しいのか。見落としはないか。もっと遣り方があったのではないか。

 ここらはガイアスにも理解出来たが、その後が理解できなかった。

 誰かに笑われているのではないか。影で罵られているのではないか。あの人はこう言ったが実は逆の考えをしているのではないか。


 要は疑心暗鬼に陥り、いさかいを起こしたり自ら殻に籠ってしまったりと言うマイナス面も顕著らしい。


 ガイアスは呆れた。


 分からなくはないが、考えても意味のない事だと思う。正直、自意識過剰と言うか、自分が思うほど人は相手を見ていないと思う。


 あんぐりと口を開いたままのガイアスに首を傾げ、幼女は吹き出すように笑いだした。


「なぁ? 人間って可愛いべさ。くよくよめそめそしてても、ここぞと言う時には力を発揮する。考えるだけ無駄な事もあるんだけど、それが気になって仕方無いとか、気にしても仕方無いとか、ゆらゆらするんだよ。そんな脆い部分もあってこその人間だぁな♪」


 なるほど、だから清濁合わせ持つか。上手い事を言う。


 以前、幼女は言った。人を助けるのに理由は要らないと。そんな善人の世界でも、人は疑い罵りいさかいを起こすのだ。


 ガイアスは、何だか少し安心した。


 どんなに文明が発達しても、人は何かしら問題を抱えるのである。未発達なゆえに抱える問題。発達したがゆえに抱える問題。いずこも人間は同じなのだ。


 だが、今この世界は来訪者によって発達の兆しをみせている。


 それが吉と出るか凶と出るか。ガイアスには見当もつかなかった。


 これは偶然なのだろうか。それとも女神様の思し召しか。....或いは人智の及ばぬ何がしかの掌か。


 たまたまの偶然。その重なりを人は必然と呼ぶ。




「あちらは落ち着いたよ。たぶん問題なしっ♪」


 幼女の報告に、探索者ギルド会議室の面々は安堵の息を漏らした。

 しかし詳しく話を聞くにつれ、笑顔だった周囲の顔が徐々に曇り、険しくなっていった。


「略奪者達を達磨にして放置って....死んでるよね?それ。まぁ、自業自得だけど、遣り方がえげつない」


 唖然とする敦の横で、親父様が呟く。


「やはり...俺にさせろ。...な?」 


 憮然とする親父様。な?じゃないからね。


「勝手に死ぬのまで関知しないなり。あたしは食われた被害者と同じ事を奴等に返しただけ。目には目を歯には歯をなり。食べなかっただけマシなり」


「いや、まあ....そうなんだが」


 釈然としない面持ちのタバスをチラ見しつつ、さらに千早は国庫横領や貴族らの末路、大規模な食糧支援とガイアスの子供らの結末を話した。


 あまりに凄絶な話で、会議室の面々は言葉もない。


 これは完全に内政干渉だろう。問題なさげだが大丈夫なのだろうか。

 冷や汗を垂らす面々だが、救いはガラティアの国王陛下が好意的みたいである事だった。


 ウサギな王様か。獣人の王というから、自然と力強い肉食獣を想像していたが、意外である。

 不承不承といった感じで頷く面々に、相変わらずのほほんとした声で幼女が手を挙げた。


「そういう訳で事は終わったし、ガラティアを散策しながら周辺国も見てくるよ。スタンピードの影響がないか気になるし、また何かあったら報告するね♪」


「なっ...?!!」


 言うが早いか、幼女はシュルンと掻き消えていた。


 タバスは虚しく伸ばされた自分の手を眺めつつ、保護者二人の仕方無さげな呟きを拾う。


「あ~。ありゃ観光する気満々だな。ずりぃの。俺も行きてぇ」


「まぁ...。息抜き...な?」


 保護者二人は慣れたもので、幼女に対する信頼が篤いのか、心配する風でもない。実際、心配する必要がないのはタバスも理解している。


 分かるよっ、今まで、すごい頑張ってくれてたしねっ? 対岸でも頑張ったしね? でもさぁ....


 タバスは拳を握り、既にいない幼子を脳裏に浮かべ、腹の底から絶叫した。


「だから、こっちに納得する程度の時間よこせやぁーっ!! 毎度毎度、思い立ったら即行動はやめろよなっ、相互理解って教えたのは何処の誰だ、実践しろやぁーっ!!」


 タバスの絶叫がギルド周辺に谺する。


 耳にした人々は軽く肩をすくめ、ああ、またか。と小さく呟いた。


 慣れぬはタバスばかりなり。一人やきもきしてるだけで、街の人々も幼女の予期せぬ行動には慣れつつある冬の中頃であった。

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