第28話 オカンと鶏 ~前編~

 千早達は、インベントリに収納していた木々を取り出し、材木に加工する。

 魔法で水分を抜き、枝を払い、適切な建材に加工すれば、あとは親父様が小屋を建ててくれる。

 実家を適当な場所へインベントリから出すと、当たり前のように親父様は中に入っていった。


 いきなり現れた純日本家屋に敦はびっくり仰天。幼女と実家を交互に二度見三度見し、頭を抱え込んだ。

 そんな敦に千早が苦笑いしていると、親父様が肩に何かを担いで出てくる。

 子供のころから馴染み深い、親父様の大工道具だった。引きこもり歴の長い親父様は、大抵の事は自分でやってしまう。


 実家の鶏小屋も親父様作で、千早が生まれる前から有り、最近まで大した修繕もなく現役だった。


 十弥とうやが鶏小屋あるならスローライフ始めようかな的な事を言っていたが、今頃どうしているだろう。


 釘や蝶番など細々とした物は千早がホームセンターで買い占めていた。それらを出すと、親父様が微かに眉をあげる。


 わかるよ。楽しいんだね。


 感情の起伏が乏しく分かりづらいが、親父様が今を非常に楽しんでいるのが幼女には丸分かりである。

 慣れた手つきでトンテンカン。小屋に関われない敦は、慣れない手つきで柵を作っていた。

 そんなこんなするうち、日暮れ前に鶏小屋は完成する。


 1日かからず作ってしまうか、親父様よ。


 思ったよりも大きな小屋だ。実家にあったモノの三倍くらい。柵に囲われた運動場は小屋の五倍くらい。


 うんうん、良いね。明日は鶏を買いに行こう。


 幸い軍資金はたっぷりある。爺様の縁故に遣うならば惜しくもない。

 にかっと笑って夢見る幼女は、ここが異世界だと言う事を半分忘れていた。


 翌日、千早は異世界の現実に出鼻を挫かれる事となる。




「えーと?」


 アルス爺に聞いてやってきた家畜市場で、千早は途方に暮れていた。


 目の前には鶏。こちらでは鶏々けいけいと言うらしい。姿形は地球のモノと大差なく、地鶏系の茶羽根個体が主流だった。

 ただ、そのサイズは千早が見上げるくらい大きい。


「....卵も。...デカイ?」


 唖然とする幼女の後ろで親父様がコテリと首を傾げる。敦も自分の肩ほどもある鶏にドン引きだ。


「卵? デカイよ。大体大人の頭くらいかな」


 当たり前のように答える店の主。


 よくよく聞けば、こちらの鶏は番犬的な役割を持つらしい。賢く子供好きで、家を構えたら先ず鶏々!と言われるほどポピュラーな家畜だった。


 勿論食用である。


 卵は繁殖期の秋と春にしか生まないらしい。孤児院の子供らの栄養バランス計画は、一歩目からなし崩しとなった。

 しかしまぁ、番犬代わりや子守りになるならばと、千早は鶏々を五匹購入する。

 それらの綱を引きながら、三人は家畜市場を見て回った。

 牛、羊、豚、馬。それらも姿形は地球のモノと大差ない。ただ、牛は大人の膝丈サイズ。ブタは更に小さい。

 どれも食用可能だが、愛玩用のペットでもあると言う。長い睫毛と円らな瞳が人気だとか。


 何か違う。


 幼女は可愛らしくすり寄ってくる豚を撫でながら、じっとりと眼を据わらせた。


 牛が大型犬、羊が中型犬、豚が小型犬サイズ。ちなみに馬は普通サイズだった。


 根底から覆った牧場計画。どうしてくれよう。


 このままでは折角の鶏小屋が無駄になってしまう。牧畜もこのサイズでは捗らぬ。

 聞けば牛乳などはなく、乳と言えばヤギだろうと指差された場所には牛サイズのヤギがいた。


 なるほど。あはははは。


 千早の乾いた笑いに哀愁がただよう。


 地球から持ってきてしまおうか。


 だが転移の魔法陣は人間しか運ばないと聞いた。危険な生き物を持ち込ませないために。

 インベントリも同じく生きた個体は収納出来ない。


「ええぃ、駄目元だっ!!」


 千早は爺様の元へ転移した。


 何も言わず残された親父様と敦は、顔を見合せ肩を竦め、購入した鶏々を連れて孤児院に戻る。


 本当に買ってきたのかと、アルス爺は眼を丸くして二人を見つめた。周囲の子供らは歓声を上げている。


 ドルアデから、三人は踏破者で希少金属を売りにきたと聞いてはいた。金はあるのだろう。

 しかし、何の所縁もない孤児院のために本当に買ってくるとは思わなかったのだ。


「....何故?」


 短く分かりにくい問いに、同じく短い片言会話しかしない親父様が説明した。


「人を助けるのに? ....理由必要?...かな?」


 幾久しく耳にしていなかった言葉。


『人を助けるに理由は要らぬ。手を差し伸べる者は手を差し伸べてもらえる。そうやって人間は御互いに生かし生かされるのだ』


 懐かしいドラゴン様の教え。


 国を奪われ逐われ、仲間の多くが死に至り、たった数十年で人の善意を信じられなくなってしまった。

 彼の国では当たり前だった事は、諸外国では非常識で、気を許せば奪われ殺される。

 そんな殺伐とした数十年が、彼の国の日常を薄れさせ、ドラゴン様の教えを忘却の彼方に封じ込めていた。


 幾久しく見なかった優しい世界。


 アルス爺はハラハラと涙をこぼし、周囲の子供らに心配される。


 違うんだ。嬉しいんだよと説明するアルス爺に、子供らは大人は嬉しくても泣くのだと学習した。




 買ってきた鶏々と全力でたわむれる子供達。


 それを微笑ましく見つめていた大人三人の前に、いきなり千早が転移してきた。


「ただいまっ!」


 満面の笑みな幼女。どうやら何とかなったらしい。


 千早は森の中の農場に孤児院の皆を案内する。

 拓けた土地に大きな畑と鶏小屋。荒野に面しているため、遥か向こうまで見渡せる地平線。

 空き地も耕されており、何に使うか不明だが周囲に柵が作りかけな所をみると家畜を飼うのだろう。

 アルス爺が納得顔で頷きながら眺めていると、後ろで歓声が上がる。


 子供らが、ご馳走だ、凄いっとキャアキャア騒いでいた。


 子供ら越しに覗くと、そこには丸々太った立派な鳥が山と積まれている。見掛けは小さな鶏々だ。


「鶏々の子供ですか? この時期に珍しいですな」


 今は晩秋。北風の気配をひしひしと感じる季節だ。


「んにゃ、これは鶏っつって、私の世界の鳥だよ。毎日卵を産むんだ。鶏自身も美味しいよ」


 アルス爺は眼をパチクリさせる。


 幼女の世界? 


 そして女神様の御神託を思い出した。


 驚愕に眼を見開くアルス爺の視界で、幼女は鳥に何かを振り掛けている。

 暫くして鳥達が起き出し、周囲を不安そうに見ながら、こっこっこっと歩き回りだした。


 振り掛けたのは神薬アムリタ。


 〆た鶏を持ち込み、こちらで蘇生させたのだ。


 アルス爺は絶句する。


 あの鳥達は確かに死んでいた。そして思い出したのはドラゴン様の教えにあった奇跡の蘇生薬。

 しかしそれは大きく術者の寿命を削るため、禁忌の薬とされていた。アルス爺も神話の中でしか知らない薬である。


 薬学、錬金を極め、さらにダンジョンを踏破しアムリタの蕾を手に入れねばならない薬。


 それが今、目の前にある。


 そして女神様の御神託。


《異世界より私の祝福を受けた来訪者が参ります。異なる文化を持つ彼の者達が、恙無く暮らせるよう、助け導いて下さい》


 各国教会の指導者達に降された御神託。


 こんな小さな教会にも分け隔てなく降されていた。


 アルス爺の唇が戦慄き、視界が涙で歪む。


 視界の中で幼女は自慢気な顔で笑っていた。


「このやり方なら牛も豚も運べるべ」


「そうだな。...家の鶏も」


「あ、まだ処分されてなかった奴がいたから引き取ってきたよ」


 親父様の足元には三羽の地鶏。すりすりと頭を寄せて嬉しそうである。

 若い雌鳥は鶏卵に回してあり生きていた。


「...そうか」


 親父様が微かに口角を上げる。


 心底嬉しそうに鶏達を抱きしめる親父様を、満足気に眺めていた千早だが、ふと敦が千早の後ろを指差しているのに気づいた。


 なん? どした?


 訝しげに振り返ると、そこには膝を着き件の合掌で祈るアルス爺の姿。


 心配気な子供らに周囲を囲まれながら、アルス爺は固く閉じた瞼からポロポロと涙をこぼしている。


「えーっ? なじょしたね、アルス爺様っ」


 駆け寄る幼子を見上げ、アルス爺は絞り出すような声で呟いた。


「....よくぞ御越し下さいました。...来訪者様」


 それを聞いて千早はピタリと足を止める。


 小動物のように小首を傾げ、後ろの二人を振り返った。


「....言ってなかったっけ?」


「....無い?」


「そういや言ってなかったっすね」


 三種三様。揃って首を傾げた。


 まあ、結果オーライである。


 千早達は、自分らが来訪者な事を秘密にしてもらう事にした。孤児院の皆は快く頷いてくれる。


 アルス爺の態度を見ただけで、この先の展開が容易く読めるではないか。高位の貴族とか出てきたら眼も当てられん。


 それだけ女神様の威光は凄まじいのだ。


 面倒事は御免被る。三人の思考は見事に一致した。

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