第28話 オカンと爺様 ~後編~


 ドルアデと呼ばれた初老の男性は、ポツリポツリと重い口調で語り出す。遠い幸せな日々から戦火の巻き起こった運命の時まで。


 曰く、今は亡国であるストラジア。ここは爺様の棲む火山に列なる暖かい国だった。

 温暖な気候に恵まれ、作物も家畜も良く育ち、人々は豊かな生活を送っていた。


 しかし運命の歯車は、嫌な音をたてて軋み出す。


 北の地にある大国、ガスバルトが周辺一帯に戦火を撒き散らしたのだ。


 彼らの狙いは暖かく豊かな大地。そして労働力となる奴隷狩り。


 大きな戦もなく安定していた世界は、厳しい北の大地で鍛え上げられた屈強な兵士達に為す術もなく呑み込まれた。


 肉食獣と草食獣の戦いだ。勝敗は自明の理。


 唯一奴等に抵抗しえたのは爺様のいるストラジアだけだった。


 爺様一人で全ての兵士を蹴散らし、魔法で作った高い壁でストラジアの周囲を完全に囲んだ。


 これが間違いだったと爺様は語る。


 戦火から逃れた他国の難民達がストラジア周辺に押し寄せたのだ。


 女神様を信仰し爺様の教えを忠実に守るストラジアの人々は、全ての難民を受け入れた。

 爺様の教えは、全ての人間は手を取り合い、協力して困難を乗り越えると言うもの。

 国是が八紘一宇な日本人の千早達には馴染みがある教えだった。


 大陸の1/4を占めるストラジアは山脈を保持し、広く広大な草原がある。難民達を受け入れても十分な余裕があった。

 新たな国民が困窮せぬように食糧や物資も潤沢に用意された。爺様のおかげで戦に参加していないため、十分な資源が備蓄されていた。


 喜ぶ難民達。しかし、その裏に燻る嫉妬の炎は些細な事から業火となり燃え広がった。


 我々は国を喪ったのに。家族を喪ったのに。


 逃げ惑い、餓えと渇きに窶れ果て、終らない苦しみを満身創痍で味わったのに。


 何故、奴等は何も喪わずに笑っているんだ?


 ふつふつとした掴み処のない怨み辛みの感情は、ある時に爆発した。


 難民の子供が死んだのだ。病気だった。


 同じ地区で難民達だけに流行り病が襲った。ポーションも効かず謎の流行り病に次々と倒れる人々。

 ストラジアは、ありったけのポーションを放出し、懸命に治療にあたったが、長い放浪生活で体力が落ちていたのが禍いし子供や老人からパタパタと死んでいった。


 嘆く家族達。その哀しみの隙間に闇の陥穽かんせいは待ち受ける。全てを呪う負の連鎖。


 彼らは思った。何故自分たちだけ病にかかったのか。何故ポーションが効かないのか。


 ストラジアの人々には生まれついて女神様とドラゴンの加護があると聞く。それが病を退けたのか?


 同じ国に住む我々には何故加護がないのか。


 病はどこから来たのか。


 そもそもポーションは本物だったのか。


 ありとあらゆる疑惑に疑心が生じる。親切面の陰で実は厄介払いをしようと目論んでいるのではないか。


 負の連鎖による被害妄想は留まる事を知らない。


 元から燻る嫉妬に哀しみが混じり、一種独特な憎悪が難民達の心を深く穿ち、抜けぬ楔となった。


 それが業火となるのは数ヶ月後。既にストラジア国民より数を増していた難民達の暴動により、ストラジアは内側から瓦解したのだ。


 豊かな国を手にいれろ、平穏に甘んじ贅沢を享受していた奴等を追い出せっ!


 他国であるにも関わらず、明後日な思考の八つ当たりを叫びながら、難民達は王宮を占拠し王に列なるもの全てを虐殺した。


 彼等は忘れていた。ドラゴンの存在を。


 何故ストラジアが戦火に巻き込まれなかったかを完全に忘れていたのだ。


 ストラジア国民を虐殺し追い出し、豊かな国を難民達は手に入れた。しかし半年と待たずにストラジアは、周辺国を滅ぼし帝国を名乗るようになったガスバルトによって滅ぼされる。


 ドラゴンがいないのだ。当たり前だった。




「結果、我々は国を喪い、放浪の果てに僻地でガスバルト帝国も見向きしない、この土地までたどり着いたのです」


 ドルアデはそう締めくくり、重い沈黙が辺りを包んだ。


 軒先を貸して母屋を盗られるか。あるあるだな。


 国家規模と言うのが物凄いが。


「まあ、今生きている。起きてしまった事はしゃーない。これからを考えようや」


 カラッと言い放つ幼子に、ドルアデは眼を見張った。にししっと笑う幼女。


 何時か何処かで....? 初対面なはずなのに見覚えがあるような?


 遥か遠い記憶を探りつつ、ドルアデはハタっと我に返った。 

 そんな昔に逢うわけがない。目の前の幼女は、どうみても四~五歳だ。


 掴めそうで掴めない幻を振り払い、ドルアデは幼女を見据えた。


「これからと言っても、私もようやく商売が軌道に乗った所です。なけなしの売上げで孤児院を維持しています。若い者は探索者として働いています。現状維持が精一杯です」


「開墾した場所は所有出来るんだべ? ちょうど街外れだし畑や鶏やろうや。ついでに牛も」


 幼女は笑顔のまま説明した。


 街外れの小さな教会の後ろには、鬱蒼とした森とその向こうに荒野がある。荒野に面した側を切り開き畑や鶏小屋を作るのだ。

 教会側の森は残して壁にして人目から隠す。


「何処にでも不心得者はおるからね。教会周辺にも獣避けと称して柵を作ろう。見掛けだけでも綺麗にしとけば、要らぬ疑いは受けないからね」


 具体的な案にドルアデは唖然とした。

 そんなドルアデを余所に、さらに幼女は計画を練る。


「ここじゃ肥料も心許ない。先に牛と鶏やって堆肥作るべか」


「牛...バターやチーズ...が、回る...な?」


「卵が安定して採れれば、かなり栄養状態回復するっすね。雄鶏は育てて食肉に回せるし」


 あーだこーだと言い合う三人を呆然と見つめるドルアデの肩に逆鱗様がとまる。


『こやつらの好きにさせよ。悪いようにはなるまいて。.....我には何も出来なかった』


 難民と国民が混ざり合い、阿鼻叫喚となった街の上空で、ドラゴンは無力だった。

 敵が居並ぶ戦場なれば一掃出来ようモノを、これでは手も足も出せない。

 右往左往し散り散りに逃げ惑う人々の全てを守り切る事が出来ず、結果、虐殺される寸前に王族から預かった赤子を連れて逃げるしかなかった。

 王は我と赤子が逃げ切れるよう、わざと難民の眼を惹き付け囮になり、儚くなった。


 我が壁を作ったばかりに、行く手を塞がれ、門で待ち伏せを受け、多くのストラジア国民が虐殺された。


 我の教えを守ったばかりに....国が滅びた。


 陰鬱に顔を伏せる逆鱗様の後頭部が、小さな手でパチンっと叩かれる。


「なぁーに黄昏てんだ、爺様。やる事山ほどあるべよ。私の快適な異世界ライフの為に協力せいっ」


 ふんすっと胸を張る幼子。


 かつての娘もこのように育った。


 明るく前向きで、迸る生気が周囲をも照らした。


 善きかな、善きかな。


 ドラゴンは、うっそりとほくそ笑む。




「集まったね。じゃやるか」


 千早達は教会裏の森にいた。思ったよりも広く一町はあろうかという深い森。

 これなら森の中に畑や小屋を作れる。

 荒野側に面した森で、普段採取に訪れない位置を子供らに尋ね、千早はカマイタチで一気に木々を斬り倒した。

 それらを親父様と敦がインベントリに収納し、更に土魔法で、畑と放牧地予定な場所の天地返しをする。

 親父様達は、次々と木の根をインベントリに収納し、あっという間に森の中に広大な更地が出現した。


「こんなもんか。畑は緑肥がわりに二十日大根や花大根の種まいとくべ。堆肥が出来たら漉き込んで本格的に栽培しよう。親父様、任せた♪」


 親父様が軽く眉を上げて頷く。畑と鶏なら本職だ。


「問題は放牧地か。流石に牧草の種はないべさ」


 地球で買い込んだ無数の種を引っ張りだし、千早は難しげな顔で思案する。


 しかしそこに思わぬ主から声がかかった。


「それ。アルファルファ。確か成長すると牧草になるはず」


 アルファルファの種を指差したのは敦だった。

 地球世界で疲れ切っていた彼はスローライフに憧れ、自給自足な生活のやり方をネットで調べて現実逃避していたらしい。


「牧草ってのは栄養のある雑草の総称なんだよ。それぞれ個別に名前があったりするんだ」


 ぶっちゃけ草なら何でも良いらしい。柔らかい草がお好みとか、草は勝手に生えるが乳牛とするなら岩塩と膨大な水場が必要とか、敦はネットで見た知識を思い出す風に説明する。

 穀物飼料を与えるとチーズに向いた脂肪分の高い牛乳がとれるらしい。


 思わぬ伏兵がいたものである。


「よしっ、じゃ牛関連は敦に任せた♪」


「うぇ?」


 敦は及び腰で変な声をあげる。


 それを眺めつつ千早は自分たちの第一歩になるであろう更地を見つめた。


「まあ、最初だけさな。子供らに手伝わせて最終的には完全に教会側へシフトする。彼等の生活が立ち行くようになったら、私らも定住地を探さないとね」


 なるほど。ここに定住する訳ではないのか。


 敦は、これだけ手をかけるのだから、ここを拠点にするものと思っていたが違うようだ。

 千早は一宿一飯の恩義と爺様繋がりなよしみで手を差し伸べるだけ。まだまだ異世界観光する気満々である。


 今暫くは此処に留まり畑仕事だ。昔とった杵柄きねづか。慣れたモノだ。


 千早は、にししっと笑い、放牧場にアルファルファの種を巻き散らかした。

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