第27話 オカンと爺様 ~前編~

 不穏な夜が明けて、千早ら三人は街の話を老人から聞いた。


 老人の名はアルス。何でも数十年前に滅んだ国からの移住者らしい。齢七十二

 この街の名前はディアーズ。辺境に位置し新規開拓団で賑わう活気のある街だという。

 ただやはり新規開拓であるがため、有象無象の荒くれ者も多く、トラブルが絶えない。

 そんな奴らも神々の加護は失いたくないらしく、教会の言葉には従うという事で、この街の教会の発言力はかなり高いようだった。


 老人は今は亡き国の戦火から逃れ、数十人の仲間と共に辺境を目指してきたが、食糧も乏しく、荒れきった国々を越える途中で多くの仲間が命を落とし、この街にたどり着けたのは老人を含んだ大人数名と、子供らだけ。

 老人と仲間は街外れの土地を開墾し、この教会を建て孤児院を営む事で、僅かばかりの支援を街からもらい、細々と暮らしているのだという。


 仲間の忘れ形見な子供らが成長し、この教会を支えていた。


「この御時世です。親を失う子供も多く、この孤児院にも多数の孤児がいます。食べる事もままなりませんが、皆で採取や狩りに出掛け餓えを凌いでいます」


 フロンティア精神と言えば聞えは良いが、ようは戦争で増えた難民を危険な僻地に追い出しただけである。

 戦で滅ぼされた国の民は、奴隷になるか逃げ出すかの二択しかなく、豊かで安全な土地を逐われ逃げ出すしかなかったのだ。

 千早ら三人は顔を見合せ、インベントリから幾らかの食糧を出した。勿論、リュック経由で。


 至高の間で捕獲してきた角兎五羽と、複数の野菜を籠に山盛りで二つ。

 ドンッと置かれた食糧に、老人は眼を見張った。


「取り敢えず今はこれだけしか出せませんが、稼ぎます。口入屋くちいれやとかはありますか?」


 ニッコリ笑う幼女を老人は呆然と見返した。


「ここが探索者ギルドか」


 孤児院の子供らに連れられて来たのは探索者ギルド。こちらでも探索者と言う職業がある。ダンジョンに限らず、依頼があれば仕事を請け負う何でも屋な感じらしい。

 大抵が害獣駆除や討伐。採取や調査などの依頼が多い事から、探索者と言う名前が定着したとか。


 調べる者、見つける者って事か。冒険者よりしっくり来るかもな。地に足がついてる感じがする。

 血湧き肉踊る戦いなんて戦争だけで十分だ。こちらの人々は意外に理性的なのかもしれない。現実を良く知っている気がする。


 そんな他愛もない事を考えながら、千早は目の前の建物を見上げた。


 三階建ての堅牢な石造りの建物は、比較的新しい街にそぐわない古さを感じさせる。多分、元からあった砦か何かを転用したのだろう。

 地面側から苔むした岩肌が良い味を出していた。


 私好みだ。


 にんまりとほくそ笑む千早の肩を一人の子供が揺する。


「親父さん達は探索者やるんだろ? お前はこっちだ。皆で採取に行くぞ」


 子供らのリーダーらしい少年。名前をナギと言う。少し乱暴だが面倒みの良さそうな男の子だった。


「いや私は親父様と一緒に行くから」


「は? バカ言え、危ないぞ」


 まぁ、そうなるか。


 苦笑し、助けを求めるかのように千早は親父様達を振り返った。

 その情けない顔に、敦が軽く吹き出す。


 てめぇ、覚えてろ。


 ギロリと敦を睨めつけ、千早は親父様の腰に抱きついた。内気な女の子を装う作戦である。

 自分の影に隠れる千早を眺めながら、親父様はナギに苦笑した。


「これ...は。気が..小さい」


「あーと。こいつは人見知りするんだ。まだ慣れないから。ごめんな」


 千早の思惑を察した二人がフォローする。


 そうそう。上手いぞ二人とも。


 二人の説明を理解しつつも、ナギは困惑顔でねばった。心配気に、この辺りの森や荒野が如何に危険か話す。


「親父さんらの足手纏いになっちまうぞ? 俺らと来い。な?」


 にかっと笑って差し出されたナギの手を見て、千早は途方に暮れた。


 どうしたら良いんだ?


 そんな千早を余所に、親父様がナギの手を軽く振り払う。

 そして、ややすがめた冷たい眼差しでナギを見下ろした。


「これは俺の娘だ。....触るな」


 ナギがビクッと肩を震わす。一瞬不穏な空気が周囲を取り巻いたが、敦の軽ーい声があっという間に吹き飛ばした。


「はいはい、そこまで~~。親父さん大人気ないよ、子供に殺気向けんなよ。この親父さん親バカだからね~。いくら千早ちゃんが可愛いからって、馴れ馴れしく触っちゃ駄目だよ」


 けらけら笑いながら、敦はナギの額を突っついた。


「そっ、そんなんじゃねぇしっ! わかったよ、気をつけてなっ!」


 からかわれて真っ赤になったナギは、他の子供らを連れて、そそくさと近場の森へ向かう。

 足早に立ち去るナギの後ろ姿を見送り、千早は胸を撫で下ろした。


 からかわれて赤くなるなんて新鮮だね。ごめんね、中身オバちゃんでww


 各々顔を見合せ思わず笑みがもれる。


「さすがの最上さんも子供の善意には二の足踏むのねww 誰が気の小さい女の子だって? 笑い堪えるのに苦労したよ」


「へぇ。吹き出してたように見えたけど? 今夜の敦の夕飯、肉抜きな」


 そんな殺生なっと叫ぶ敦を無視して、千早は探索者ギルド横の買い取り専門店へ向かった。


 まずは軍資金だ。


 三人は並んで店に入っていった。




 中に入ると比較的広い店内に多くの人々がいて雑多な物がならんでいる。

 商品の前には名前と簡単な説明の書いてあるカードが置いてあり、カードを持っていけばカウンターで商品の受け渡しが出来るようになっていた。


 千早はざっと商品を鑑定する。ほぼカードの説明通りな物が並んでいた。

 過不足なく簡素な説明文だが、ここの店は安心して買い物が出来ると千早は思った。


 やや挙動不審な三人を店主は見つめる。他の探索者と違い物腰が上品で柔らかい雰囲気は、一見して教養が高い者と判断出来た。


 他の探索者達と違い、がっついていない。


 ゆったりと店内を眺める姿は、如何にも珍しそうな顔つきで、瞳がキラキラ輝いていた。


 御貴族様のお忍びか?


 店主は粗相が無いよう従業員に声をかけた。




 暫くして店内の人が疎らになり、あらためて千早達はカウンターに向かう。

 応対する店主に買い取りを申しで、幾つかの鉱石を取り出した。

 途端、店主の眼が見開き、出された鉱石を丁寧に鑑定する。この店主、実は鑑定持ちだった。

 鑑定する店主を眺めながら、ふと千早は店内の看板の隅に小さなドラゴンを見つけた。


 まさか、ここも?


 思案する千早の前で店主は、ほぅっと感嘆の溜め息をつき、さらさらと木札に値段を書いていく。


「これで如何ですか?」


 出された値段は千早達の予想を、かなり上回っていた。驚いた風の三人に、店主はニッコリ笑う。


「踏破者とお見受けします。今後も良いお付き合いがしたい。ゆえに挨拶込みの値段です。」


 なるほど。目端のきく商人らしい。鉱石が至高の間の産物だと見抜いたか。


 そして看板の小さなドラゴン。


 千早は件の合掌をし、店主の反応を見た。

 想像通り店主は明らかに動揺して眼を見開く。


「悠久の知己なれば是が非もない。幾久しく共にありたいと存じます」


 古く遠回しな作法。店主の眼が潤み、思わずと言った感じで目頭を押さえる。

 暫しの沈黙のあと店主は店を従業員に任せて、三人を奥へと招いた。

 勧められるままテーブルにつき、千早らにお茶を出させたあと店主は人払いをし、誰も近づかぬよう言い含める。

 そして切な気な顔で千早をジッと見つめた。


「ドラゴン様は御元気ですか?」


 単刀直入だな、おい。


 真ん丸目玉をシパシパさせる幼女に店主は苦笑する。


「貴女の年齢でドラゴン様と知己なれぱ、今現在のドラゴン様をご存知と言う事です。彼の方が行方知れずになって、かれこれ数十年。あの戦はドラゴン様の責任ではないのに.....」


 眉間に皺を寄せ、店主は悔しそうに呟いた。

 これは聞いても良い話なのだろうか。爺様の触れられたくない過去ではないのか。

 あれこれ思案し、千早は少し待ってと言いながら、ふっと姿を消した。

 驚く店主を余所に、まったり茶をすする親父様達。手を上下させてアワアワする店主。


 と、再び千早が姿を現した。肩に逆鱗様を乗せて。


 店主は驚愕の面持ちで逆鱗様を見つめる。


 パタパタと飛んで来る逆鱗様を掌に受け止め、捧げ抱くかのように膝を着いた。


「ドラゴン様....御懐かしゅうございます」


『うむ、久しいな。ドルアデであったか。英雄にはなれたのか?』


 うっそりと微笑むドラゴン。幼き頃の思い出が昨日の事のように蘇る。


「覚えておいでで....勿体ない」


 ドルアデと呼ばれた店主は感極まり、戦慄く唇を噛み締めてハラハラと涙をこぼした。


『善き善き。成長したのう。あの戦火の中、頑張ったのぅ。我は誇らしいぞ』


「みな...頑張っ....て。....沢山、死...」


『そなたが無事であっただけでも僥幸よ。よくぞ生き延びてくれた。我は嬉しいぞ』


 二人にしか分からない会話。それでも悲惨な戦の中を彼らが死に物狂いで生き抜いてきた事は理解出来た。


 久方ぶりの奇跡の邂逅。これが新な揉め事の種になるのだが、千早達に知る術はない。

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