物作師見習いは夢を見る ~見知らぬ世界からアイデアを~
Sugarette
・物作師見習いは夢を見る
僕が『物作師』を志したのは、確か5の歳になった頃だった。
歴史の中で生まれたアイデアを元に、人のために物を作ることを生業とする職業。それが『物作師ブツサクシ』だ。
物作師見習いとして師から技術を賜り、一流の物作師として認められれば次の見習いへと技術を伝えていく。賃金は安価で事故も多い。中には手足が無くなってしまった人や、物作師として仕事を受けることが出来ずにそのまま『スラム堕ち』してしまう物作師だっている。
けれど、そんな物作師にも夢はある。
まだ世界に生まれていない『新しいアイデア』を生み出し、人々の需要を満たす物を作れれば、その物作師は大金と地位を手に入れることが出来る。貴族様のように大きな屋敷に住んで、自身の生み出したアイデアを他の物作師が作れば、その分ごとにお金が入ってくる。その間にまた新しいアイデアを生み出せば、さらに地位は向上し、王族の専属物作師になった人だっている。
僕の父さんは物を誰よりも手早く効率的に作ることの出来る有名な物作師だった。子爵位の貴族の専属として雇われ、その後すぐに母さんが早くに亡くなってからも、父さんは一人で僕を育ててくれた。そんな父さんに憧れて、僕は『物作師見習い』になった。
「テルマはとても手際が良いな! きっと良い物作師になるぞ!」
ガサガサになった大きな手で、頭を撫でながらいつも褒めてくれた。貴族様の工房に朝早くから行って、夜遅くに帰ってきてとても疲れているはずなのに、それでも父さんは優しかった。月に3日しかない休みの日は、家で物作の技術を教えてくれた。道具が壊れてしまった時は、すぐに新しい物を買ってくれた。僕を愛してくれた。怒った時はとても怖いけど。
「いいかテルマ。物作師はアイデアを生み出すことが生業じゃない。人の役に立つ物を作る仕事をするのが、物作師だ。」
僕が新しいアイデアを生み出そうと、何日も徹夜した時も。
「よくやったぞテルマ! これは上手く作れたな!」
父さんの真似をして、物を作った時も。
「こらテルマ! 何度も言うが飯はちゃんと食え! 机の上に朝やった金が置きっぱなしじゃねえか!」
ご飯を食べるのも忘れて、ただひたすらに物を作っていた時も。
愛してくれた。教えてくれた。全てを。僕に。
「君がアルドの息子だな。私はヴィリア家の当主であるリンデロ・ヴィリアだ。」
なのに、父さんは死んだ。
目の前で悔しそうに顔を歪める男の人。この人が僕の父さんの雇い主らしい。リンデロ……様は、玄関の前で僕に頭を下げた。
「……アルドはとても素晴らしい物作師だったよ」
そういって、目に涙を溜めていた。それだけで、僕の父さんは死んだことが分かった。
それからリンデロ様は、何があったのかを一つ一つ教えてくれた。とある貴族様が工房に入ってきて、物作師を強引に引き抜こうとしたらしい。その貴族様はリンデロ様よりも上位の貴族様で、頼みと言う名の命令に逆らうことは出来なかった。そして、父さんが指名された。
けれど、父さんはそれを断ったそうだ。リンデロ様の専属であり、この工房以外で働くことは無い……と。
結果、父さんはその場で殺された。貴族様の怒りを買えば、殺されるのは当然だ。リンデロ様が止めに入ろうとしたけれど、間に合わなかった。
「私がもっと上位であれば、あのような……本当にすまない。謝罪をしても許されないとは分かっているが」
突然すぎて上手く返答が出来ない。深く頭を下げるリンデロ様に、手を胸の前に出して硬直する。
それからリンデロ様は、革袋から溢れるほどの金貨を僕に渡して、もう一度深く頭を下げた。そして「君がもし物作師として生きるのならば、私は必ず協力する」と言って、去っていった。
扉が占められて、部屋の中が真っ暗になる。リンデロ様が来たときはまだ日が出ていたのに、今はもう月が出ていた。
「……そっか」
絞り出すように出たその言葉は、静寂と共に消えていった。それから目の奥が熱くなって、呼吸が苦しくなって。
やっと、僕は父さんが死んだことを悲しめた。
もう二度と、あの優しい声で褒めてもらえないんだと。少し汗臭い大きな体で、抱きしめてもらうことも出来ない。ただいまの声も、行ってきますの声も。全部全部。もう二度と。一生。永遠に。これから先も。聞けない。
手に持っていた革袋が、地面に落ちた衝撃で中身が広がった。金貨の音が耳に入ってくるけれど、全く嬉しくない。父さんの命の値段はこの革袋一つ分の金貨だと、更に胸が痛くなる。
その日、夢を見た。
この世界とは全く違う世界の夢。大きな石造りの綺麗な建物。透明なガラスが太陽を反射して、とても眩しくて。驚くほど平らな道に、鉄の塊が動いている。柱の電灯が赤になれば動きを止め、青になればまた動き出す。耳が痛くなるほどうるさかった。
そして、そこを歩く人たちがみんな綺麗な服を着て、耳から何かの白い線が腰のポケットまで伝っている。中には手に鉄の光る板を持って、それを眺めながら歩いている人もいた。
『―――』
何かを喋ろうとしたけれど、声は出なかった。それどころか、自分の手足すら見当たらない。ただひたすら、その場に立っているような視点が続いた。
笑って歩く人。急いで走る人。椅子に座って空を眺める人。細い葉巻を吸いながら歩く人。鉄の板を耳に当てる人。沢山の人達が、僕の知らない『物』に囲まれて過ごしている。
もしかしたら貴族様の街なのかとも思ったけれど、ここはまず自分のいた世界ではないことはすぐに分かった。きっとここは僕の夢の世界だ。もしかしたら、父さんが死んで頭がおかしくなってしまったせいで見ている世界なのかもしれない。
けれど、その世界は。
———僕の知らない『モノ』ばかりの世界だった。
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