よくある話

sin30°

よくある話

 校門を出たところで、前を歩く女子が目に留まった。校庭に沿って植えられた桜の花びらが舞い散る中、学校からの帰り道を歩くその少女は、この春から同じクラスになった原田咲希――だと思う。いやわからん。違うかも。


 自転車を押しながらぺちゃくちゃと話している女子二人組、じゃれ合いながら駆けていく男子たち。ワイワイとした下校の喧噪の中、静かに桜のアーチをくぐる彼女は、不思議な存在感を放っているように感じた。

 髪型はきれいに手入れしているであろうポニーテール、顔は特段華やかではないもののパーツは整っている。が、本人が発する雰囲気もあってか、クラスの中ではそこまで容姿が目立つほうではない。

 ただ、今桜並木の下を凛と歩く彼女は何やら光って見えるような気がしなくもない。俺の目がおかしくなった可能性も十二分にあるが。


 ともかく今この瞬間、彼女から目が離せない。他の誰もが彼女に注目などしていないであろう。しかし、俺は彼女の後姿を捉えたときから、彼女の後姿に釘付けになっていた。

 ではなぜ俺がここまで彼女のことを意識しているか。それは今日のHRで行われた係決めのせい、もとい係決めの影響だ。


***


 朝のHRで開催された係決め。やる気があるんだかないんだか分からん無精ひげ痩せメガネの担任が、淡々と係への立候補を募っていた。


 クラス委員やら文化祭委員やらが着々と決まっていく中、高校二年生にもなって何が係だよ……、とか思っていた俺は競合しなさそうな地理係に手を挙げた。定員は二名、ロマンスもロマンも面白みもなさそうな地理係に挙手する奴なんてそういないだろう。

 その読み通り、俺の他に手を挙げたのはたった一人だった。これで立候補は二名。かくして俺は無事仕事の少なそうな地理係に就任したわけだが、そのもう一人の地理係こそ、原田咲希だったのだ。


 真っ先にクラス委員に立候補した腹黒そうな(偏見)爽やかイケメンがウッキウキで黒板に人の名前を書き込む中、俺は原田咲希のことをなんとなく眺めていた。

 綺麗に形作られたポニーテール、しゃんと伸びた背筋。ぱっと見やせ形でスタイルも良さそうだ。それなのにそこまで目立たないのは本人の性格か雰囲気か。顔も横顔しか見えないが人好きのしそうな柔らかい表情をしている。

 今年一年お世話になる同じ係の人だ。性格が良さそうな人で良かった。


 HR後、ロッカーに教科書を取りに行くべく廊下に出ると、同じくロッカーの前に立っていた原田と目が合った。

「地理係だよね、よろしく」

 初対面らしく控えめなその挨拶は、しかし俺の印象に「原田咲希」を刻み付けるには十分だった。

 自分の中で蠢く謎の衝動に上手く声が出ず、もごもごとなんとか返事する俺を見てクスリと笑った原田は、胸の前で小さく手を振って教室へと戻っていった。

 特に何があったわけではない。ただそれだけの、一分にも満たない、たった数十秒の会話で、俺は明確に原田咲希を意識し始めたのだ。


 ――俺、チョロくね?


***


 何のことはない。ここで彼女の姿を見つける前から、ばっちりしっかりはっきりちゃっかり意識していたのだ。まあ今朝なんとなく気になりだして、帰り道にその姿を見たのだからこういう反応になるのも仕方ないだろう。そう自分に言い聞かせる。俺は気持ち悪くなんかない……、俺は気持ち悪くなんかない……。

 不毛な自己暗示を続けているうちに、大きな交差点に差し掛かった。この交差点で、下校する生徒たちは三方向に分かれることになる。俺は直進。果たして彼女はどちらに進むのだろうか。


 ここで声をかけるべきか……? いや、いきなり距離を詰めても気持ち悪がられるのがオチだろう。ここはおとなしく様子を見て、徐々に距離を詰めていくのだ得策だ。なんだかどのみち気持ち悪い気がする。

 うだうだ考えていると、気づけば横断歩道まではあと十メートルそこそこ。俺たちは今左側の歩道を歩いている。彼女はまだ目立った動きを見せない。目の前の歩行者用信号が点滅し始めた。だが彼女は焦るそぶりを見せない。――あ、若干左に寄った。そのままコーナーに差し掛かった彼女は、そのまま左折していった。






 ――――めちゃくちゃ人違いだった……。声かけなくてよかったぁ……。

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