君は大罪人だ

@YEM

君は大罪人だ

この世界は、普通だ。

至って普通な、地球の、アジアの、日本という国である。

そこで私は、普通の中学生として生活している。

そんな私の家の自室に、今普通じゃない者が訪れていた。


赤い髪に赤い瞳。

明らかに外国人といった容姿の男。

私が知らない男が、今私の部屋に佇んでいる。


「あ、あなたは、誰?」


私がそう問うと、彼は何でもないかのように、


「僕は、吸血鬼だよ」


彼の返答を聞くや否や、私は後ろへ飛び退いた。

その足は、震えていた。

あの、生き血を吸い、人を殺す魔物が今目の前にいる……ん?

ちょっと待て。

私は何を騙されているのだろう。

吸血鬼なんていうのは架空の存在。

つまり、こいつのハッタリということだ。

きっと、いきなりの侵入者に動揺していたのだろう。

だから私は言った。


「吸血鬼って、そんなのがいるわけないでしょ!嘘を吐くならもうちょっとマシなのにしなさいよ!」

「いやめっちゃヒビってたやん。と、いうか、信じないなら、証明してあげようか?」

「は?」


一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに理解した。

吸血鬼であることを証明するなんて、そんなの血を吸う以外ない訳で。

そう考え、行動した時には既に遅く、彼の手が私の肩をがしりと掴んでいた。

流石は吸血鬼を自称するだけあるというか、力が強い。

女の力では到底抜け出せない。

そして、彼は私に顔を近つけてくる。

彼が吸血鬼だなんて信じてない。

だけど、もし吸血の真似をするならば私の首にキスに近いことをするということだ。

見ず知らずの男にそんなことをされたい人間はいない。

だから私は抜け出そうと藻掻くが、奮闘虚しく彼の顔が首元にまでやってきて、そして……。


「いやまあ、流石にまだしないよ」


そう言って、彼は私の肩を離した。

瞬間私は彼から距離をとる。

だめだ。

この男は、どう考えてもヤバいやつだ。

大体人の家に侵入してる時点でヤバいやつなのだが、こいつのヤバさはそんな程度ではない。

気付けばまた、私の足は震えていた。

そんな私を安心させるように、優しい声音で彼は語りかけてした。


「僕はまだ君を襲ったりしないよ。仲間に責められるしね。なんで先に吸ってるんだって」

「まだ、てことは、いつか襲うってことなの?」

「まあ、そういうことになるね。君が僕らに協力してくれるのなら別かもしれないけどね」

「協……力?それに僕らって。複数人で一体何をするつもりなの?」


本当に吸血鬼なのか、それともただの痛い奴なのか。

それは分からないが、やはり、こいつは危険だ。

何をするのか、と私が訊ねると、彼は微笑を浮かべて言った。

そんな表情で言うような事とは思えない、そんな単語を口にする。


「君達と、同じことをする」

「同じこと?」


人間と一緒に暮らしていきたいということなのだろうか、と私が言うと、彼は首を横に振った。


「違うよ。君達人類が今までやってきたこと。簡単に言えば……人類を絶滅させる。いいや、少し違うな。君達から政権を奪う。この世界で跳梁跋扈ちょうりょうばっこし、あらゆる生物を殺し、もしくは責め苦を与える。そんな、極悪非道な人類を終わらせに、僕はやってきた。先発隊としてね。隊とは言ってるわりには、僕一人なんだけどね。他の皆は後からやってくるよ」


そんなことを、彼は淡々と述べた。


「私達がやってきたこと?そんなこと、した覚えは――!」

「じゃあ君は、普段何を食べる?」

「え?……お、お米?」

「……語弊があった。おかずは何を食べる?」

「……肉とか、魚」

「そうだろう、その時点で、君は生き物の命を奪っているんだよ」

「で、でもっ!私が殺したわけじゃ――」

「はぁ……。まさか、ここまで人類が愚かになっているとわね。確かに、君が仕留めた物ではないだろう。だけど、命を頂いていると、感謝して食べられないようじゃあ、もはや生きる価値がないってもんだよ。君が特別そう考えるのか、はたまた感謝できる人間の方が少数なのか。まあ、食べることに関してはそこまでとやかく言うつもりはない。生きるために生き物を殺して食べる。それは、食物連鎖として仕方のないことでもあるからね。それは人類だけじゃなく、たくさんの生物がしていることだ。特に野生動物なんて食うか食われるかが当然だしね。それに、僕らだって人間の血を吸って生きている。まあ、君達みたいに見境なく喰らったりはしないけどね。吸血鬼はとても高貴な生き物だからね。ちゃんと線引きはしているよ。さて、食べるために殺す、それはまあ仕方がない。だが、君達人類は更なる悪行を積み重ねてしまっている。それが何か、分かるかい君は?」

「……分からない」


 私は正直に答えた。

 更なる悪行なんて、いうなれば犯罪とか、あとは戦争とかしか浮かばない。


「そうか、罪の意識がないんだね人間は。まあ、これを罪だと考える人間は希少だろうしね。傲慢だから。君達が積み重ねる更なる悪行というのは、動物達を捕らえることだ」

「捕らえること?」

「そう、君はペットを飼ってるかい」

「……飼ってない、けど」

「ふぅん。そうか。でも、君の知り合いには飼っている人間がいるだろう?その時点で罪さ。それだけじゃあない。動物園、水族館、そういったところでも、動物達を檻に入れて見世物にしている。それで金を稼いでんだ。本当に、呆れて物も言えないよ。たしかに動物園にいれば天敵に襲われることはないだろうし、食事だって貰える。だけどそれって……刑務所と同じだからね。刑務所に居れば死刑囚でない限り殺されることはないし、食事だって貰える。見世物にされてないだけ、刑務所の方がマシなんじゃないのかな。君は、囚人が幸せだと思うかい?君がそれを肯定するのならばすればいいが、もし否定をするのならば、つまりはそういうことさ。人間は、動物達の幸せを奪っているってことさ。ペットだって同じ。どうして人間と動物の間に上下関係が生まれているのか、僕には理解できないよ。人身売買は禁止する癖に、動物の売買は認めるって、おかしいと思わないのかね人間は。どれだけ脳が衰えれば気付かないのだろうか。君は突然親と離れ離れにされ、連れていかれた場所の人間に服従させられるんだ。耐えられる?君は。僕だったら無理だなあ。だから吸血鬼はそんなことはしないんだよ。僕の世界じゃあ、皆が平等に、仲良く暮らしている。多少のいざこざはあっても、それで上だの下だのはない。だからこそ、こうゆう世界を見ると腹が立つんだろうね。だけど、これはまだまだなんだ。もっとも酷い悪行というのが、殺処分だよ」

「殺処分って、犬や猫の?」

「代表的なのはそうかな。でも最近じゃあ他にもあるよね。まあまずは犬猫の話からしようか。飼い主に捨てられた犬猫達が保健所に送られて、そこで殺処分される。そもそも何で飼われてるのかというところに僕はツッコみたいが、取り敢えずそれは置いておこう。捨てられたんだったら、本来のように野良にすればいいじゃないか。だけどそれをしない。狂犬病予防法だったかな?野良犬を積極的に『保護』するとか綺麗事を言ってるけど、ハッキリ言って『捕縛』でしかないよね。人間は捨てられたら殺されるかい?保護される日数に制限があるかい?人間は、自分達以外の命を軽く見過ぎている。自分達が一番だと、驕り高ぶっている。そんなだから、人間は何時までたっても人間、下等生物なんだよ。いやもう、生物失格と言ってもいいかもしれないよ。もう一つはニュースとかでも見るんじゃないの?鳥インフルエンザとか、豚熱とかだね。それに感染しただけで殺されるんだよ。そんなの、人間にも適用したら一瞬で消えて逝きそうだよね。インフルエンザに感染しただけで殺される。他の鳥に感染しないためとは言うけど、自分達には甘いよね。病気になって殺された人がいるか?犯罪ともされずに、殺された人がいるかい?昔は知らないが、少なくとも今はない筈だ。本当に、動物達の命をぞんざいに扱い過ぎだよ。いつから人間はこんなにも偉くなったんだい?」


 私は何も返すことができなかった。

 だって、その通りだから。

 彼は、何一つとして間違ったことは言っていない。

 的確に、人間の悪いところを指摘していく。

 具体的な例まで出して。

 だけど、やっぱり私は人間。

 人間の味方をして当然だ。


「これだけ他種族に残酷非道なことをしてるのに、同種族とすらも仲良くやれない。殺人、窃盗、いじめ。前者二つは生きるために必要だったという場合もあるだろう。だが、最後の一つはもう論外だと思うよ。他種族のみならず、自らの同族まで傷付けるんだから。まったくおかしな理由でね。とまあ、これだけ言ったが、君はどう思う?」

「…………」

「無視かい?酷いなぁ。まあいいや、君にこれだけ話せて良かったよ。いきなり襲うのは好きじゃないからね」

「え?どういうこと?」

「鈍いねぇ。これはそう……吸血鬼から君達人類への、宣戦布告だよ。一方的な殺戮になる気しかしないけどね。なに、君とこうして出会えたにも何かの縁だ。君を襲うのは最後にしてあげる。最後に、僕の手で君を葬る。君がこちらに隷属するなら助かるかもね。それじゃあ、僕は仲間が来るまでこの世界を観光しようと思う。不満しか溜まらない気がするけどね」


 そう言って、その吸血鬼は窓から飛び去った。

 飛んでいることから察するに、彼は本当に、正真正銘の吸血鬼、なのだろう。

 私は夜空を見上げながら、そんなことを考えた。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



翌日、私は学校の友達に昨夜のことを言おうか迷っていた。

家に吸血鬼が来て宣戦布告された、なんて言ったら可哀想な人を見る目を向けられるに決まってる。

私だって信じたくない。

けど、彼が飛ぶ姿を見たら信じざるを得ない。

私は友達が大事だ。

だから絶対に助けたいと思うが、私がどうこうしたところで意味はないのだろう。

吸血鬼と戦って勝てるものなのだろうか。

特に日本なんて核兵器はないし、戦えそうなのは精々自衛隊くらいじゃなかろうか。

圧倒的な身体能力を持つ吸血鬼にどれほど通用するのか。

それは分からないが、きっと、勝てないのではないだろうか。

そんなことを自分の席で考えていると、不意に肩に手を置かれた。


「ねぇ」


声のした方を向くと、そこには私の友達の一人がいた。

 持久走が苦手な友達だ。


「おはよう!」

「あ、うん。おはよ」


私は、たとたどしい声で挨拶する。

すると彼女は、私に訝しげな視線を向け、


「どしたの?何かあったの?」

「……何でもない。ちょっと昨日夜更かししちゃって、眠いの」

「夜更かしって、何時に寝たの?」

「……二時くらい」

「お、遅!大丈夫なの一日?」

「まあ何とかやるよ」


嘘だ。

昨日寝たのは十一時。

世間的に早いのか遅いのかは知らないが、私的にはいつも通りの時間に寝た。

眠くだってない。

あんなことがあった後だというのに、すんなりと寝れてしまったのだ。

我ながら呆れてしまう。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



一限目は国語。

物語文の読み取りの授業だった。

題材は戦争。

彼がこの話を聞いたなら、きっと戦争について文句ばかり言うのだろう。

この話の授業は今回が初めてではないが、なんとなく、これまでよりも戦争をして欲しくないと思ってしまった。


二限目は理科。

遺伝に関する授業だ。

彼がこの授業を受けたなら、きっと動物達を研究するために生んだ犠牲について怒るだろう。

私も、これを知るためにどうやったのか。

動物達を殺したりしたのか。

そんなことが、気になってしまった。


三限目は社会。

四限目は家庭科と続き、給食の時間だ。

今週は私達の班が給食当番なので、エプロンや三角巾を着けて配膳をする。

私の担当は、よりにもよっておかずだった。

今日のおかずは焼き魚。

魚なのである。

でも、彼は生きるためならしょうがないと言っていた。

なら、大丈夫だよね。

私は、何故か震える手でトングを持ち、魚を掴む。

しかし、手に力が入らず落としてしまう。

幸い元の入れ物の中に落ちただけなので何も問題はなかったが、これでは配膳ができない。

私は魚が苦手で、いつも残している。

つまり、私はこの魚を無駄に殺してしまったということになるのだろうか。

彼の言葉が頭から離れない。

何故私はこんなにも心が揺れているのだろう。

今までそんなこと、考えたことなかったというのに。

配膳を何とか終えた。

そして、人生で初めての給食完食を果たしたのだった。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



五限、六限の授業を終え、家への帰路を辿っている時のことだった。


「ワンワン!」

「こら!やめなさい!」


犬の散歩をしている女性の声が聞こえてきた。

飼い犬か。

動物を飼うことについても彼は言っていた。


『人身売買は禁止する癖に、動物の売買は認めるって、おかしいと思わないのかね』

『君は突然親と離れ離れにされ、連れていかれた場所の人間に服従させられるんだ。耐えられる?君は』


そんな彼の言葉が脳裏にぎる。

だが、よくよく考えれば、そんな奴隷のような扱いではない筈だ。

と、私が考えたその刹那、


「奴隷と比較すること自体、間違ってると思うぞ?」


!?

声がした方を見るとそこには、赤い髪に赤い瞳の人型男性が立っていた。

人型ではあるが、この容姿は覚えている。

昨夜の彼の仲間である、吸血鬼なのだろう。


「な、何でここに!?」

「逆に、来ちゃだめなのか?というか、俺様を知って……ああ、なるほど。察するに、あいつが言ってた人の子ってとこか?」

「……!?」


もう、彼の仲間が来たということなのか。

と、なれば……。


「いいや。まだ始まっていないさ」

「えっ……」

「まだ数日間は猶予がある。まあ、猶予があるっていっても、死ぬのが少し遅くなるだけだけどな」

「それは、当てずっぽうなの?」


彼は、私の心を見透かしているように、考えていることに返答してくる。

私の心が、読まれているのかと思うとゾクリとする。


「俺様はな、ちょいと読心術に興味があるんだよ。だから心が読めるんだよな。吸血鬼相手だと隙がないからあまり読めねぇが、お前達人間は隙が多すぎる。それもその筈、今まで自分達は狩る側だった。自分達より優れた生物などいないと、そう思ってやまなかった。だからこそ、俺様からすりゃ筒抜けなんだよ。傲慢にも程があるよな」

「……何をしに来たの?」

「ん?ああ、あいつの言ってた人間がどんななのか気になってな、ちょいと見に来たわけだが、弱そうだな」

「別に普通だと思うんだけど?」


 そんな失礼なことを言ってくる彼に、そう返答していると、


「なあ人間、お前は俺ら吸血鬼のこと、他の奴らに言ったのか?」

「言ってないよ。変な目で見られるから」

「ふっ。中二病だって言われるだろうな。ま、そんな風に馬鹿にされたって、どうせすぐ皆死ぬんだ。別に、いいんじゃねぇのか」

「……ねぇ、何とか思い直してくれない!?私達の大半は、そんな悪いことは――」

「ああ!?」


 突然、彼が声を荒げた。

 それは、私を脅すような声音で、私は口を開けたまま固まってしまった。


「悪いことをしてないぃ?ざけんじゃねぇぞ!お前らの悪行の基準がおかしいんだ!殺人?窃盗?んなもん弱肉強食ってことでいいだろうが!それを取り締まるんだったら、他の動物の場合も取り締まれよ!中途半端に弱肉強食唱えてんじゃねぇぞ!人権だのなんのって、自分らの権利ばかり唱えやがって、他の生物はどうでもいいってか!おめぇらがやってることはな、生粋の我田引水なんだよ!自分達人類が豊かなら他の犠牲をいとわない、私利私欲しりしよくに塗れた愚民共が!心の方が貧しすぎると気付かんのか!ったく!腹が立つな!こうなったらてめぇで――」


 彼が怒り狂ったまま私の方に近づいてきた、その時だった。


「横取りは困るんだけどなぁ」

「ああん?って!?何でお前が!?」

「その子に用があったから、かな。君は短気なんだから、たしかに腹が立つのは分かるけど、もうちょっと落ち着こうよ。直に暴れまわれるんだから、一人相手に怒り狂ってる場合じゃないよ」

「うっ……確かにそうだな。へっ、分かってんじゃねぇかお前」

「別に、僕はそんなに血の気が多いわけじゃないんだけどなぁ。君は行く場所がある筈だろ。目立つようなことをしないでくれ」

「別に、バレたってその場で消しちまえばいいだろ」

「そういう問題じゃなくてねぇ。まあいい。少なくとも、僕の獲物を獲らないでくれよ」

「へいへい。お前さんの女ね。なかなかいい趣味してんじゃねぇか」

「それはどういう意味だよ」


 そう言って、私に襲い掛かろうとした吸血鬼はどこかへ飛び去って行った。

 そうして私と、昨夜現れた吸血鬼の二人(?)が取り残された。


「怖い思いをさせたかな?あいつはかなり短気だからねぇ。でも、悪かった、とは言わないよ。君達が悪なのは僕らが一番理解している。因果応報、当然の報いだよ」

「それは……あの人(?)にも言ったんだけど、考え直してくれないかな。それだけで殺すのは、あんまりだと思うの!」


 私は、さっきの吸血鬼に言ったことを、彼にも言ってみた。

 さっきの方ならまた怒り出したんだろうが、目の前の彼は少なくとも温厚な方だ。だからこそ私は、彼に縋るように言ったのだが、


「それだけって、大問題だと思うけど?君は、見ず知らずの死刑囚を助けようと思うかい?少なくとも、確実に冤罪じゃないんだからいいでしょ。君達は、その命を以ってして断罪するべきだよ。死ぬだけじゃ償いきれない程の罪が、君達にはあると思うけど、死ぬよりも生き地獄の方が君はお好み?僕らだってそんな残酷なことはあまりしたくない。だからこそ、死なせてあげようとしてるんだよ。人間なんて、百害あって一利なし。百害どころじゃないけどさ。ていうか、さっきあいつにそんなことを言って、痛い目にあいそうになってたじゃん。なんでまた僕に言ったの?」


 たしかに、私は何故そんな馬鹿なことをしているのだろう。

 さっき怖い思いをしたばかりだというのに。

 私は心のどこかで彼を信じてしまっているのだろうか。

 それとも、あんなことを言いながらも、実はもう生きることを諦めてしまっているのだろうか。

 どちらであったとしても、私が縋れる存在は目の前の彼しかいないわけで、


「あなたって、なんだか優しそうだよね」

「ん?それは僕が弱そうって言ってるの?」

「い、いや。そうじゃなくて――」

「それとも、おだてる作戦に出たのかな?」

「別に、そういう訳じゃあないよ。本当に、何でか分かんないけどさ。あなたがさっき助けてくれて、少し惚れたのかも」

「色仕掛けにも屈しないよ。それに、僕は助けたわけじゃない。あくまで、僕の獲物を失わないためにしたことだから」

「それでもだよ。きっと、あなたには届かないんだろうけどね」


 私はそんな、有りのままの気持ちを彼に伝えた。

 初恋の相手が吸血鬼だなんて、笑えてしまう。

 

「な、何か居辛いなぁ。取り敢えず、用件だけ伝えるよ」

「用件?」

「そう。明日、僕らはテレビをジャックして地球中の人間に宣戦布告をする。明日の午後六時頃のニュースをね。いやでも海外のテレビ局を乗っ取るから日本じゃ見れないね。まあどうせそんなことが起これば日本でもニュースになるだろう。それじゃあ、感謝を伝えたい人がいるのなら早めにしておくといいよ。君が住んでるから、日本は最後に襲うけどね。君だけの特権さ。誰も、ニュースの内容を信じないだろうからね」

「そうだね」


 私はもう、諦めてしまったらしい。

 帰ったら、お母さんやお父さんにありがとうと伝えよう。

 いつ会えなくなるか、分からないのだから。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 次の日の夜七時頃。

 彼が予告した通り、六時頃にアメリカのテレビ局が乗っ取られたようだ。

 そしてその一時間後、日本ではそのニュースばかりだった。 

 ニュースの内容はこうだった。


『愚かなる人類共。よく聴け。まず、今から私が言う事を信じるかどうかは自由だ。だが、全てが事実である。今からでも遅くはない。この世界に別れを告げるがいい。私利私欲に塗れ、他の生き物の犠牲を厭わないお前たち人類は、数日後に全滅する。そう、我々吸血鬼によって滅ぼされるのだ。どうする?どうする?どうするぅ?因みに言っておくが、迎撃しようなんて考えるんじゃないぞ。お前たち人類の技術力で敵う相手ではないからな。……明日、この国の民は全て消えることになる!』


 アメリカでの放送だったため、言語は英語だったが、下の日本語訳で意味は理解することが出来た。

 私が、既に言われたことだ。 

 きっと、ほとんど誰も信じない。

 たとえ信じたとしてもごく僅かだろう。

 この後どうなるのか。

 それは、私にも分からない。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 それから約二十四時間後。

 アメリカのみならず、北アメリカ大陸から人類が一人残らず消えた。

 


 次の日は南アメリカ大陸。

 その次の日はオーストラリア大陸と周りの島々のオセアニア州。

 更にその次はアフリカ大陸が。

 そしてユーラシア大陸の左側であるヨーロッパ。

 そして遂に、日本以外の場所から人類が消えた。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 吸血鬼達は、北アメリカから始めて時計回りに殺戮していった。

 信じざるを得なくなった他国は様々な努力をした。

 船や航空を止めたところで、空を飛べる彼らにとっては無意味だった。

 戦闘機で応戦した国もあったが、ずば抜けた身体能力を持つ彼らにはこれも無意味だった。

 そして、蹂躙されていった。

 他国に逃げても見つかり、じっと息を潜めても見つかる。

 そんな吸血鬼から逃げきることは、不可能だった。

 そして、日本に上陸した吸血鬼達は、まず港町から襲撃し壊滅させる。

 そして、そして、そして……最後に残った私の町でも殺戮が始まった。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 逃げる、逃げる、逃げる。

 逃げる意味なんてない。

 私が殺されるのは最後。

 そして最後になればもう、逃げることなんてできない。

 だけど、逃げる。

 唯一生き残った友人の手を引いて共に。


「み~つけた」


 空中から何かが降り立つ。

 案の定、吸血鬼。

 

「っ……!」


 どうしようもできないこの状況で、私が歯軋はぎしりしていると、


「逃げて……」


 隣から、そんな声が聞こえてくる。

 それは、今にも消え失せそうな声で、それでいてどこか温かい声で、


「どうして……!?」

「簡単だよ。もう、だめ。私が体力ないの、知ってるでしょ。もう逃げられないから、せめて、あなただけでも……!」

「何で、どうしてそんなこと……。ちょっ!?」


 気付けば、私の手からは彼女の手が離れていた。

そうして彼女は吸血鬼の前で大きく手を広げ、


「来なさい。もう、抵抗しないから、だから、この子だけは殺さないで」

「そんな……!?」


 私は驚いた。

 彼女のその気持ちに。

 どうしてそこまでして私を逃がそうとするのかが全く分からない。

 私が呆然と突っ立っていると、背中が思い切り押された。


「っ!?とっと!」


 何とか踏み止まって後ろを振り向くと、


『早く行って。逃げて』


 声は聞こえなかった。 

 だけど、口の動きで理解した私はその場を離れた。

 彼女の覚悟は本物だ。

 だったら、私がここで突っ立って、彼女の死を無駄にはしたくない。

 どうせ死ぬなんて割り切らず、最後の最後まで逃げて見せる!

 そうして辿り着いた。

 彼の下に。


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「よく来たね」


 私を迎え入れる、たった一つの声がする。


「だって、私はあなたの獲物なんでしょ」

「っ!?……諦めたのかい?」

「諦めた、か。どうだろ。諦めたのかもしれないし、違うのかもしれない。私にも“私”が理解できないよ。だけど、これだけは理解できる。私は……」


 そこまで言って口を噤む。

 これは、彼に言うべき言葉ではないのだろう。

 だから私は首を横に振り、


「やっぱり、なんでもない」

「それめっちゃ気になるやつなんだけど」

「ふふ。あなたって、優しいよね」

「え僕なんかしたっけ?」

「ううん。忘れて。人間の言う戯言だから」


 そう言って、私は自嘲気味に笑った。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 彼と一緒に世界の惨状を見て回った。

 どこも悲惨な光景だった。

 そして、日本に戻ってくる。

 彼女と別れたあの場所に。

 そこには、一人の少女の亡骸が横たわっていて……



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



「どうして……」


 私は呟く。


「どうして、どうして……」


 私は呻く。


「どうして、どうして、どうして……」


 私は嘆く。


「どうしてどうしてどうして……!」


 私は叫ぶ。

 泣き叫ぶ。

 狂ったように。

 狂ったように。

 少女の亡骸を抱えて、そのままずっと。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 前を見る。

 右を見る。

 左を見る。

 呆然とする。

 理解する。

 絶望する。

 後ろを振り向く。

 悲しむ。

 怒る。

 泣く。

 叫ぶ。

 当たる。

 叩く。

 殴る。

 首筋に痛みが走る。

 力が抜ける。

 顔を上げる。

 彼の瞳を見据えて、

 笑う。




■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 彼女の首から口を離し、その亡骸を横たえる。

 これで、この世界の人類は全滅した。

 僕の手で、最の一人を殺した。 

 最期の一人が、消えた。

 彼女は、最期なにを言おうとしてたんだろう。

 それを吐かせればよかったなと、今更後悔している。

 彼女は、どんな人生を歩んでいたのだろうな……。



■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 もしも、この世界の話を見ている誰かがいるのなら。

 もしも、この物語の結末を知っている人間がいるならば。

 一度、胸に手を当てて考えてほしい。

 記憶を、想起させてほしい。

 君の犯した罪の数々。

 どれだけ償っても、その罪が消えることはない。 

 晴れることはない。

 たとえ死んだとしてもだ。

 だからこそ、考えてほしい。

 すでに染み込んだその罪に、更なる罪を重ねないためにも。

 きっと、『僕らが来なかったら』なんて世界があるだろう。

 だが、次も来ないとは限らない。

 次は君達の世界が滅ぶかもしれない。

 そんな未来を歩みたくないのならば、考えてほしい。

 何度でも言う、考えてほしい。

 君だけじゃあない。

 君の知り合いも、それ以外も、皆、皆、皆。

 考えてほしい。

 その罪を、ないモノと考えないでほしい。


 『君は大罪人だ』


 それを自覚してほしい。

 ただ生きてるだけじゃあ、本当にただの大罪人さ。

 だからこそ考えてほしい。

 その罪を、己の罪を、君の罪を……。

 知って、知って、ってほしい。

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