青に迎陽
@kohaku1223
プロローグ
幸せの数を数えていた。
空いた脇腹からひらひらと、黄色い花弁と一緒にそれらが溢れて消えてしまわないように、手のひらで抑えて、軋む身体を引きずって、ただひたすら一歩を積み重ねる。
息を一つ吐くだけで、肺に熱した鏝を押し付けられたように酷く痛み、吐いた酸素を全て取り戻せるほど肺胞は広がってはくれない。
半ば引きずるように前へと進めていた足が、こつり、と何かに躓いて、よろめいた身体がそのまま倒れる。すると、アスファルトの硬さが衝撃となって伝わってくると同時に、柔らかな花弁と艶やかな香りが辺りへ舞った。ひらり、ひらり、と僅かにピンク味を帯びた赤と、どこか甘酸っぱい香りのそれは、おそらく、サザンカだ。けれども、辺りにそれらしい木はなく、それどころか(今は半壊している建物ばかりで土も剥き出しになっている所もあるのだけれども)、元はと言えばここは住宅街のど真ん中だった。だからこそ、何に躓いたのか、などわざわざ確認せずとも容易に察することができた。
それでも、一種の使命感のように振り返る。
サザンカの花弁溜まりが、赤く広がっている。そこから首の無い女生徒の身体が静かに横たわって、まるで献花されたように。赤を基調にした制服から金烏組の生徒だったのだと分かったが、それでも覚えのない制服に一際深く息をはく。彼女には申し訳ないけれど、もし、そこに横たわっていたのが知っている誰かだったとしたら、きっと、もう前には進めなかったはずだ。
そう、この土地に選ばれた人間からは花が咲く。
「(雨古は、逃げ切れた、かな……)」
いや、そうでなくては、困る。そのために、単身、神化し“やつし”となった仲間たちから逃げ回っていたのだから、それくらいの成果はあって良いはずだ。
入らない腕に力を込めて上体を起こし、また一歩前に進む。すると、喉の奥から上がってきた熱が噛み締めた口の端から、黄色い花弁となってまた一片落ちた。
大丈夫。この一片は、向日葵は、幸せその物ではない。まだ、歩ける。
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