幼馴染みと私の正しくない関係

羽田宇佐

第1話

 赤い液体を飲む夢を見て、目が覚めた。


 苺かアセロラ。

 トマトジュースだったかもしれない。


 週の始まり。

 月曜日というだけで憂鬱なのに夢見が悪い。


 高校生活はそう悪いものではないが、今日は学校に行きたくない。でも、学校には会いたい人もいる。


 私は眠い目をこすりながらキッチンへ向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぐ。嫌な予感がしてグラス二杯分の水を胃に流し込んでから、朝ご飯を食べる。すぐに部屋に戻って制服を着る。身なりを整えて、自分を鏡に映す。


 顔色は悪くない。

 大丈夫。

 そこまで調子は悪くないし、喉も渇いていない。


「いってきます」


 家族に声をかけて家を出る。

 太陽が眩しい。

 夏はまだ先なのに目眩がしそうになる。

 天気が良すぎるのは良くない。太陽が体調に影響することはないけれど、今はあまり嬉しくない。


八千花やちかちゃん、おはよう」


 はあ、とため息をついたところで、隣の家から出てきた幼馴染みに声をかけられて、私はもう一度ため息をついた。


「おはよう」


 菜穂なほの顔を見ないようにして、挨拶を返す。


「お、は、よ、う!」


 私の態度が気に入らなかったのか、菜穂が強引に視界に入ってくる。そして、当然のように私の腕に自分の腕を絡ませた。

 菜穂が近すぎて、甘い香りがする。

 ごくん、と喉が鳴る。


「菜穂、声が大きい。聞こえてる。あと、暑苦しい」


 私は絡め取られた腕を取り戻して、一歩先を歩く。

 朝、家を出るときは大丈夫だった。

 喉が渇いていたけれど、我慢できた。


 ――渇いている?


 違う、渇いてなんかいない。

 私は歩く速度を上げる。


「八千花ちゃん、なんか調子悪い?」


 ほんの少し後ろから声が聞こえてくる。


「悪くないけど、良くもない。普通」

「本当は悪いんじゃないの?」

「悪くない」


 菜穂が私の隣までやってきて耳元で囁く。


「だって、ほしいって言わないじゃん」


 果物に近い香りが強く漂う。

 いい匂いで、喉がまたごくんとなる。


「なにを?」


 私は噛みつきたくなるような香りから逃げるように、大きく一歩踏み出した。


「八千花ちゃんに必要なもの。私はいつでもいいから」


 軽やかな声で菜穂が言う。

 私に必要なものはない。

 あってもそれはどうしてもなければいけないものではなく、困りはするけれどなくても生きていけるものだ。だから、菜穂に頼るようなことはない。


「八千花ちゃん。今日って一緒に帰れる?」


 菜穂が私の腕を引っ張って、にこりと笑った。


「ごめん、予定あるから」

「そっか。残念」


 眉根が寄せられ、菜穂の眉間に皺が刻まれる。

 けれど、彼女はすぐに口角を上げて笑顔を作った。そして、昨日食べたケーキがいかに美味しかったか、母親がいかに面白いことをしたかを語りだす。

 私は彼女に相づちを打ちながら足を一歩、また一歩と進めていく。


 学校はそれほど遠くない。

 でも、今日はやけに遠く感じる。

 私は小さく息を吐いて、気分が悪くなるくらい青い空を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る