ショートショート『神様が見ているから』

川住河住

ショートショート『神様が見ているから』

 うちの両親は宗教にハマっている。

 とはいえ、父親も母親もいたって普通の人だ。

 まじめに働いてお金を稼いでくれるし、休みの日には遊びにも連れて行ってくれる。

 効果のよくわからない水を買ったり、奇妙な銅像を売りつけたりなんかしない。

 それでも、うちの両親は宗教にハマっている。

 深夜になると真っ暗な部屋でお祈りをしているからだ。なにもないところに向かって手を合わせているその姿は、不気味で異様な光景としか言いようがない。


 物心ついた頃に両親から言われたことがある。

「おかしは好きなだけ食べていい。でもチョコレートだけは絶対にダメだぞ」

「チョコレートは絶対に食べないでね。お友達の家でもちゃんと断りなさい」

 言葉よりも二人の必死な表情が印象的だった。

 私は何度もうなずいた。まだ幼かった妹も口を半開きにして聞いていた。

 私も妹も小さい頃から虫歯は一つもないし、食物アレルギーも持っていない。

 それなのに、チョコレートだけ食べてはいけないと厳しく言われるのはなぜだろう。

 気になった私は小学生の頃に一度だけ尋ねてみたことがある。

「どうしてチョコレートを食べたらいけないの?」

 さっきまで笑っていた両親が急に無表情になってポツリと言葉をもらした。

「神様が見ているから」

 大きくなったら家を出ようと決めたのはこの時だ。


 高校卒業を機に私は家を出るための準備をする。

 入学予定の大学はここからでも通える距離だが、家賃の安い学生寮に住むことを条件に一人暮らしを許してもらえた。まだ中学生の妹を残すのは申し訳ないと思ったけれど、彼女は両親が宗教にハマっていることについてなんとも思っていないようだった。

 最後の夕飯は妹が作ってくれることになった。食卓にはすでにカレーライスが4人分並んでいるが、両親の姿はない。どうやら今日もまたお祈りをしているらしい。

 仕方ないので私と妹は先に食べることにした。カレーは甘いもの好きな妹らしい甘口だった。辛党の私には物足りないけれど、しばらく家族と離れるから思い出の味として食べよう。

「あのね、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」

「なに? 告白でもするつもり?」

 私がからかうと妹は真剣な表情で答える。

「ずっと黙ってたけど、言えなかったことがあるんだ」

 まさか本当に愛の告白? 

 それはダメ。私たちは血の繋がった姉妹なんだから。

「あたし、我慢できなくてチョコレートを食べちゃったの」

 告白というのは、どうやら罪の告白だったらしい。

 妹は涙を流して震える声で話し続ける。

「今までずっと我慢してたんだけど……一口だけって思ったら手が止まらなくて……」

「そんなことで泣かないでいいのに。お父さんとお母さんには黙っておいてあげるから」

「ごめんねお姉ちゃん……こんなことになると思わなくて……」

「謝らなくていいから。ほら、せっかく作ったんだから食べよう。ね?」

「ごめんなさい……神様……ごめんなさい……チョコレートを食べて……」

「ちょっともうやめてよ。あんたまで宗教にハマったみたいじゃない」

 しかし妹は私の言葉に一切耳を貸さず、涙を流しながら手を合わせ続ける。

 その姿は、真っ暗な部屋でお祈りをしている両親と重なって見えた。

 ふと父と母の分のカレーライスが視界に入る。脇に置かれたスプーンにはカレーが付いている。どうやら両親は私たちより先に食べていたらしい。食事の途中でお祈りをするために出て行ってしまったんだろうか。今までは深夜にお祈りをしていたのに珍しい。

 首をかしげながらカレーライスをスプーンですくって食べると口の中が甘さでいっぱいになる。しかも今までに味わったことのない甘さだ。 

 その瞬間、私はカレーライスの隠し味と両親が言っていた言葉の意味に気がついた。

 私はスプーンをテーブルに置いて手を合わせる。

 食後のあいさつのためではない。

 自らの過ちを告白し、目の前にいる神様に許しを乞うために。

 チョコレートを食べてはいけなかったんだ。

 なぜなら、ずっと前からすぐそばで……。


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ショートショート『神様が見ているから』 川住河住 @lalala-lucy

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