第21話 獣だったあの時の少女。
この森に来た時のことは今も覚えている。
王都の召喚の間、そこで突然七色のステンドグラスが黒くなり、黒くてドロリとしたものが這い出てきたんだ。そして色々あった結果、俺は引き摺り込まれることになって、この森にいて、黒い獣に喰われたんだ。
「くっ、くっ、く……あの時は、思わぬ収穫だった……。わたしも全て覚えている……」
目の前にいる少女が、うっとりしたように笑っている。
この少女が、あの時の獣だという。
あの獣は黒かったけど、この少女はどことなく灰色だ。
それでも、魔力は同じものを感じる。
そして、あの時の獣はセレスさんと倒したはずだ。
それなのに、今、こうして姿を変えてそいつが現れた。
「くっ、くっ、く……。こっちが本当の姿なのだ。お前に倒されたから、こっちに戻ることができたのだ。それに関しては、感謝してやる。そしてお返しをくれてやる!」
「……ッ」
直後、ガキンッ、と、衝撃が走った。
牙があった。すぐ目の前に。
一瞬で俺のそばに移動していた少女。俺はその牙を武器で防ぐ。すると、少女は離れることなく、そのまま俺の体にしがみついてきた。
「くっ、くっ、く……っ。この前よりはいい動きだ。そして、お前の魔力も実にいいものだ」
「く……!」
引き剥がせない……!
がっしりと絡みつく少女の小さな手足。引き離そうとするも、引き剥がせない。
真っ黒い瞳が俺のことを射抜いている。
なにより、その時、魔力に違和感を覚えた。
「くそ……っ、魔力が……吸収されてる」
「くっ、くっ、く……。このまま全て取り込みたいのだ。お前は、わたしが人の姿だから、攻撃をためらっている。そこはまだまだ甘いのだ」
少女はよだれを垂らしながら笑っていた
でも、くそ……。やりにくい。
人間の姿をしていることもそうだ。
そして俺に触れている部分から、魔力を吸い取られている。
さっきも息を吸い込んで魔力を吸収していたことといい、この少女は呪いの魔力を吸い込めるのかもしれない。
と、ここで。
「ん、魔物が」
『グアアアアアア!!』
突如、一体の魔物が、森の地面から這い出てきた。
ミミズのような巨大な魔物だ。
ブニブニとした真っ黒なその魔物が、こちらへと狙いを定めている。
「くっ、くっ、く……。見てみろ、哀れな魔物がいる。ちょっと待ってるのだ」
少女はそう言うと……しがみついていた俺の体を離した。
そして地面に降り立つと、大きく息を吸い込んで、一気にブレスを吐き出した。
「ぼるけーの!!!」
直後、ごぉぉぉ……と、鼓膜が破れそうなほどの爆音が鳴り響いた。
魔物は塵も残らず消滅し、周囲一帯がドロリとした呪いの魔力に汚染された。
「この森で狼藉を働くとは、無礼なやつなのだ。わたしに勝てるやつはいないのだ」
「……でも、セレスさんは勝っていた」
「ううう、うっさいのだ! それを言ったら、だめなのだ!」
パッとこっちを見て、向き直る少女。
俺も体勢を整える。
「いい度胸なのだ。逃げないのは、褒めてやるのだ。それにその顔……何かわたしに聞きたいことがあるのだ?」
「この森から出る方法を知りたい」
「ほお……。それなら、わたしが知っているのだ。この森にいる魔物を倒せばいいのだ」
「……魔物」
「ああ、魔物だ。それも普通の魔物ではない。この森の呪いの原因の魔物だ。わたしに勝ったら、その居場所を教えてあげないこともないのだ!」
直後、少女が地面を蹴り、鋭い爪を俺に振り下ろしてきた。
「く……」
俺はそれを受け止める。
そして、尻尾、爪、牙で、とめどなく繰り出される攻撃を、全て防いだ。
そうすると、少女は息を吸い込んで、周囲の魔力を飲み込んでいた。
「ぼるけーの!!」
それを、一気に噴射。
森が揺れるほどのブレス。
「!」
俺は逃げることもなく、手を前に出し、その魔力を正面から受け止める。
そしてーーここだ。
「ロスト・リバース」
「……なっ!? ぐ、ぐわああああああああああぁぁ!」
少女の叫び声。
ブレスが跳ね返り、少女自身の身に振りかかったのだ。
やったことは、呪いを跳ね返しただけのこと。
この森の魔力は、俺の呪いの魔力と反発しているから、それは彼女のブレスに対しても同じだと思ったのだ。
もちろん、こっちも無傷で跳ね返せるというわけではない。少女のブレスの威力は想像以上のもので、少なからず俺もダメージを受けている。
「ううっ……。想像以上に、やるではないか」
手の甲で口元を拭きながら、立ち上がる少女。
その体はうっすらと、透明になっていた。
「……力を使いすぎたのだ。このままだと、また消えてしまう。でも、だからこそ、最後に……、ぼるけーのッッッ!!」
先ほどよりも強いブレスを、放出。
直後、先ほどと同じように、俺も両手で受け止めて、それを跳ね返した。
ーーここだ。
「ロスト・リバース」
「ぐっ、ぐわああああああああぁぁぁ!」
少女が自分の魔力を浴びて、地面にへたりこむ。
「か、完敗なのだ……。……やっぱりまだ早かったようなのだ。この脆弱な魔力では、勝てっこないのだ……」
そして、ふっ……と。
少女の姿が消えた。黒い魔力の残滓になって。
ーー『今日はここまでなのだ。いずれまたお前のところには現れるのだ。だからその時まで、お前も死んだらだめなのだ』ーー
風が吹く。
どんよりとしたその風が、俺の髪を揺らす。
その頃には少女の姿は完全に消えていて、最後にこんな言葉を残していった。
ーー『森から出たいのなら、魔物を探すのだ。この森に呪いを撒き散らしている魔物がいるのだ。そいつが、あっちにいるから倒せばいいのだ。呪いの魔力を吸収するやつだから、過ぎた力は破滅をもたらすのだ』ーー
ガサガサと、不気味に森が揺れて、そこまでの道が示される。
その頃には、少女の気配も完全に消えていた。
* * * * *
その後、俺は一応その魔物の確認だけをすることにして、今日はもう家に帰ることにした。
あれならこっちから手を出さない限り、動く気配はないだろう……というような魔物だったから、とりあえず一旦セレスさんと相談だ。
そして家に帰り着くと、セレスさんが出迎えてくれて……。
「おかえりなさい、シバサキくんっ。……って、ボロボロ……!? 一体、何があったんですか!?」
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