呪いの加護を受けたら、懺悔の儀式が始まった。~ごめんなさい!と祟りを恐れたみんなが謝ってくるけど、それは全部偶然でたまたまだ!~

カミキリ虫

第1話 異世界にクラスで転移した。


 教室に入ると、俺の席に花瓶が置かれていた。


 机の上に置かれてあるその花瓶には、腐った花が生けられていた。


 その側には四人組の男女が固まって座っている。

 男が2人、女が2人。

 その四人組が、登校してきた俺のことを嘲笑うかのような目で見ていた。


 これは、そんな朝の出来事。


 伏し目がちに、俺は自分の席へと向かおうとする。

 すると……その時だった。足に引っ掛かりを覚えた。


「……ぐッ」


「おっと、すまねえ、足が動いちまったわ」


 バランスを崩し、教室の床に手をつく俺。頭上から男の声が降りかかってきた。


「ぷっ、ちょっと、ひっどーい」


「マジウケる」


「だろ?」


 二人の女子が、手を叩きながら笑う。その様子に男は、機嫌を良くしていた。


「おい、やめてやれよ。こいつの服が汚れるじゃないか」


 残る一人が立ち上がる気配があった。

 この中のボス的な存在だ。


「はあ、まったく……こうなったらしょうがないな。俺が綺麗にしてやる。ほらよ」


「……ッ」


 直後、俺の頭上から水が降りかかってくる。


 泥水だった。


 俺の机に置いてあった花瓶の中の水が、泥水だったようだ。


 それが、びちゃびちゃと、びちゃびちゃと、俺の頭を濡らしていく。


 粘り気のある泥が、床に這いつくばっている俺の頭に。そして髪を伝って、教室の床を黒く、ドス黒く汚していた。


「これはおまけだ」


 ファサリと、俺の頭の上に感触が。

 腐った花だ。花瓶に生けられていた、元がどんな花だったかも分からない花。それが俺の頭に供えられたのだ。


「じゃあ、汚ねえから、ちゃんと綺麗にしとけよ。柴裂くん」


「…………」


 最後。

 トドメとばかりに、花瓶本体が俺の頭へと落とされた。


 頭部に衝撃を感じる。


 花瓶が床にボトリと落ちて、ヒビが入る。


 そのヒビから、中に残っていた泥が、滲み出るように漏れていた。


「ギャハハハハハハ! ダッセーの」


「まじ、ありえない」


「普通にやりすぎじゃない……?」


「これぐらいでいいんだよ。ほら、行こうぜ」


 その後、四人組は眉を顰めて笑いながら、いなくなり。

 俺は雑巾で、床の掃除を始めるのだった。



 * * * * * *



 最初からこんな感じだった。


 面白そうだから、誰かを無視したり、授業中に消しゴムのカスを標的に投げて笑う、という流れができたのだ。


 そしてクラスの何人かが標的にされ始めた。あの四人がそんな遊びを始めたのだ。

 そして、元々友達もいなかった俺が、普通に高校二年生として過ごしていたら、俺の番になり、俺が標的になった。俺の態度が気に障ったとのことで、全てが俺に向けられるようになった。


 その結果が、今朝のこの出来事だ。

 花瓶は昨日も置かれていた。


 だから、もう慣れたものではある。



「洗うか……」


 校舎の外の、端の場所。

 そこの洗い場で、制服のシャツを脱いだ俺は、水道の蛇口を捻り、丸洗いをする。


 顔や髪についた泥も洗い落とし、匂いと汚れが落ちるまで、指に力を入れて洗った。


「あ、あの、柴裂くん……」


 そして、ある程度洗い終わった時だった。


「……七宮さん」


 声をかけられた。近くに一人の女子生徒が佇んでいた。


 長く、艶やかで、背中まで伸びている綺麗な髪。

 肌は白く、全体的にすらっとした制服姿。


 七宮さんだ。

 同じクラスの七宮さん。

 どこか焦ったように息を荒げていて、その額には汗が浮かんでいる。


「あの、これ、ハンカチ……」


 新品のハンカチが差し出される。


「……いい。自分のがあるから」


 俺は一瞥だけすると、そのハンカチを突っぱねた。


「いいから、つ、使ってっ」


「あ、ちょっ……」


 ぐいっと、ハンカチを押し込むように渡されて、七宮さんは俺の手を握ってハンカチを渡してきた。


 七宮さんとの距離が近くなる。俺は焦りながら周りを見回す。

 ここには俺たち以外には誰もいない。

 七宮さんもそれは分かっていたのだろう。分かっていながら、念のためといった様子で、俺の手をそっと引きながら、近くの物陰へと場所を変えた。


「ここなら、大丈夫……だよ?」


「……。……ごめん。ありがとう」


 俺は申し訳ない気持ちになりながら、謝った。


「ううん……私の方こそごめんね」


 七宮さんも申し訳ないと言った顔をしながら、謝っていた。


 別に……七宮さんが悪いわけじゃない。

 それでも、彼女がなんのことについて謝ったのかは、なんとなく分かる。


 だけど、さっきの朝の教室、七宮さんはいなかった。

 いつもギリギリで登校してくるから、七宮さんが朝の教室にいる時の方が珍しい。

 そんな七宮さんはこうして気づいてしまったようだった。何かあるたび、七宮さんは気づいて、色々気にかけてくれる。


 でも……。


「……七宮さん、もう、こういうのは……」


「わ、分かってる。今日だけ。今日だけ……だから。……柴裂くんは私のことを心配してくれてるんだよね。私がこうしてここにいたら、巻き込まれるのを心配してくれてるんだよね。ううん、私だけじゃなくて、クラスの他の子まで巻き込まれないように、してくれてるんだよね」


「あ、いや……」


「分かってる……。分かってて……甘えてる……だから……」


 日光に遮られている日陰の中で、七宮さんは俯いていた。その顔は教室で見る顔とは、全然違う顔だった。


 しかし……本人からそれを言われてしまえば……微妙な気持ちになる。

 でも、そういう心配もないわけじゃない。こうして七宮さんがここにいることが、不安だとも思う。


 もし、七宮さんがこうして俺に、ハンカチを持ってきてくれたところを、あの四人が知ったとしたら。

 今度は七宮さんに、泥水が被せられてしまうかもしれない。その可能性がないとは言えない。


 それでも……七宮さんに対してなら、それは可能性も限りなく低いとも思う。

 もし、七宮さんが泥水を被せられたりしたのなら……流石のあの教室のクラスメイトたちも、黙ってはいないと思う。反発するはずだ。


 七宮さんというのは、そういう子だ。

 悲しいけど、俺だったから、こうなっているだけで。

 それについても、今のところはまだ大丈夫だ。


「七宮さんありがとう。でも、もう、大丈夫だから……その」


「……うん。私、先に行くね……。ごめんね……」


 七宮さんはそれだけ言って、周りを見回すと俯いたままこの場を去った。


 俺はその姿を見送り、自分で持ってきていたハンカチで髪を拭くと、彼女から受け取ったハンカチをとりあえずバッグにしまう。


 そして少し時間をずらして、教室に戻ることにした。


 教室に戻ると、七宮さんがいて。

 自分の席に座っている七宮さんの周りには、数人のクラスメイトが集まっていて、彼女に話しかけたりしていた。


 男女問わず、慕われる性格。

 それが七宮さんだ。彼女の周りだけ、淀んだ教室の空気が澄んでいるのが見なくても分かった。


 このどこか歪な教室の中で、唯一の心の拠り所が、彼女の周りにあるのだ。



 そして。

 それは、そんな朝のホームルームの際に起こったことだった。


「な、なにこれ!? 教室が光ってーー」


 突如、床に浮かび上がったのは魔法陣のようなもの。

 それが、光を放ち、教室がその光に包まれてーー。


 そして次の瞬間。



「ようこそ、異世界の者たちよ。この度は、英雄召喚の儀に答えてくれて感謝至す」



「「「!」」」


 教室の景色が変わり、俺たちは異世界へと転移していたのだった。



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