愚か者の結末(6)

(人間? オレが?)

 ローグの胸に迷いが生まれる。

(強い者しか生き延びれない、あの隔離された環境で? 研がれた刃物みたいになったオレたちが人間? そこから這いだしたリトルベアのほうが強い?)


 認めたくない。そうやって絞りこまれたハイパーボーグは人を超越する戦士になるはずだ。そのための計画だったはずなのだ。

 それなのにディノは一つ上のステージにいる。試験棟からさえドロップアウトした男がだ。そんなことは認められない。


(いや、違う。こいつはあの枠さえ解脱したから強者なんじゃねえか。なにも怖れず、解き放たれた存在だからこそ同類を俯瞰してやがる。でも、普通の人間から見たらたしかに狂戦士以外の何者でもねえ)


 逃げだして死の恐怖から救われたやつなど戦闘能力だけの怪物と化していると誤解していた。実は精神的にも凌駕していると気付かされてしまう。


「おま……え……」

「覗きこんだね? その深淵の先になにがあるかも気付いた?」

「ひ……」

 怯える彼にくすくす笑いが忍びよる。

「それが死さ」

「やめろ!」


 滅茶苦茶にスリングアームを振ってフレネティに打ちつける。しかし、金翼の残光だけが踊り、先のブレードは空を掻くのみ。

 気付くと夜色のアームドスキンは真横に移動している。絞られたビームスクイーズショットが空間を薙いでアームを全て斬りとばした。


「危ないー!」

「手遅れ」


 エムの面攻撃一斉ビームもフレネティを貫けず間合いに入りこまれて蹴り飛ばされる。フェイズフォーは真後ろ。魅入られたローグは反転するのが限界で、四連装砲を向ける。


「動けよ」

 トリガーにかかった指が重い。恐怖で身体が思うように動かなくなっていた。


 連装砲が焼かれ誘爆する。オーディクルがロールして流されてしまう。意志を振りしぼって姿勢を立てなおしたときにはリトルベアは目の前。左手のブレードが脇腹から斜め上にと突き入れられた。


「がっ!」

「これが愚か者の末路さ」


 シートを吊っている緩衝アームが斬り裂かれて放りだされる。操縦系から切り離された彼はなにもできない。突き放したフレネティが砲口をこちらに向ける。


「ソフィの復讐か?」

「いや、節理だろうね」


 ローグは痛みを感じる暇もなく蒸発した。


   ◇      ◇      ◇


「ローグ? ローグぅー!」

 エム機が爆炎に手を伸ばす。

「ああああー!」


 炎をつかんでも男の命は戻らない。厳然とした死がそこにある。


(憐れだね。依存の対象を失えばもうなにもできないかな?)

 ディノは手控えして傍観している。


「あう! はっ、はっ、はっ!」

 過呼吸のような呼吸音。

「リートールーベーアぁー!」


 ゆっくりとこちらを向くオーディクル。烈火のような殺気を放っている。


「殺す!」

 金切り声の宣言。

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」


 意志に反応してかスリングアームが異常なうごめき方をする。まるでフレネティに絡みつこうとする生物の触手のような印象で。

 発されたビームを避けると、その軌道をなぞるように次々と狙撃される。そこへ連装砲の連射も混じり最大限の火力を発揮した。応射してもリフレクタで弾くだけで突き進んでくる。


(へぇ)

 先ほどまでとは別人だ。今のエムは彼の領域に入りこもうとしている。


「死っねぇー!」

「それは聞いてあげられないね」


 追ってきた連射が止む。砲身過熱リミッタが働いたのだろう。するとすべての先端がブレードに変わった。さらに接近してきて振るわれる。

 ディノは機体を逃がせるスペースを確保するだけにブレードを使って逸らす。時折り散る紫電を見てもエムは気にせず押してくる。


(一時的な熱狂にしてもよくやるね。素質はあったんだろうけどローグの存在が歯止めになってたみたいだ)


 強めに弾いて間合いをかせぐ。両肩のスクイーズショットを踊らせ、ビームランチャーでも連射を送りこむ。しかし、彼女はすべてのアームの先端を機体の前に集中させると六角形の巨大なリフレクタを形成して防いだ。


「戦士としてはかなりマシになった。ぼくのところまでもう一歩だよ」

「踏み越えるー! 超えてやるー! ローグの仇ぃー!」


(元々オレンジだった命の灯りが真っ赤になってる)

 エムは濁りが無いほうだった。

(ソフィに拾われていたらもっと純粋に生きられただろうに。ローグみたいなのが相棒じゃお互いに欠けてるところを舐めあうだけで終わりさ)


 サリがいた幸運は誇れる。彼女が今のディノの基礎を作ってくれた。褒められたものじゃない感情でも、ひと筋に打ちこめる純粋さは与えられたもの。


「残念だけどその一歩が大きい。それがぼくと君の差」

「もう同じとこにいるー!」


(そう感じているのは君だけだよ、エム。死の恐怖を抑えこんだだけじゃここには来れない)


 彼女はアームの先端を振るってビームを撒く。動けなくしたつもりのところを狙った突きは宙を裂いて終わる。そのときにはもう一歩踏み込んだフレネティが胴を裂いてすり抜けていた。


「あ……」

 吐息をこぼす。

「ローグ、ローグぅ、助けてよー。エム、死んじゃうよー。ローグぅ」

「逝きなよ。ちゃんと迎えてくれるさ」

「ローグー!」


 真っ赤な命は閃光の中に混じって消える。その魂の行き先は彼も知らない。すべきことを成し遂げたあとになら知ることになるかもしれないが。


 ディノはエム機の残照を冷たい瞳で眺めていた。

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