第7話 IC

翌朝、俺とアルレットは病院前で待ち合わせをした。

アルレットは元気よく「おはようございます!」と言ってきた。元気なやつだ。

ちなみにだが、俺は結局どこにも宿を取らず、近くの自然公園で野宿した。

昨日は夜空を見上げながら眠りについた方が寝付きがいいと思ったからだ。

単に宿を取るのが面倒だったというのもある。


俺とアルレットは院内の受付に声をかけて、旦那さんの面会に来たと伝えた。

「失礼ですがどういったご関係ですか?」と聞かれ、昨日搬送した時に関わった者と答えたら、複雑な表情をされた。

面会で親族以外の人間が来ることは少ないからな。


俺とアルレットは病室に案内され、旦那さんのベッドの前に立った。

奥さんや少年たちはいないようだ。

カーテンが開き、旦那さんは俺とアルレットに頭を下げた。

「あぁ、もしかして昨日私を助けてくれた方ですか?本当に助かりました、ありがとうございます!」

旦那さんは何度も頭をぺこぺこと下げてきた。

点滴がされており、その腕は白く細い。

顔も痩せ細っており、健康とは言えない様子だった。

「横に椅子を置いても?」

「あぁどうぞどうぞ」

俺とアルレットはパイプ椅子を広げて旦那さんの隣に座る。

旦那さんは明るく振る舞っていたが、どこか無理をしていた。

辛そうにしてくれていた方がむしろ安心してしまうレベルだった。

明るく取り繕っている姿が痛々しい。

「あれからドクターとは話をしたんですか?」

「あぁ・・・・・・えぇ、しましたしました」

「・・・・・・何かあったんですか?」

「えぇ・・・・・・その、ちゃんとした治療を受けた方がいい、と」

あの小太りの医者が念押し気味に旦那さんに言っている姿が容易に想像できた。

「ちゃんとした治療を受けていないんですか?」

アルレットが旦那さんにそう聞く。


俺もアルレットも旦那さんの事は昨晩カルテを読んだので事情は知っていたが、ここはわざと知らないフリをした。

旦那さんの口から出てくる事情とカルテに書かれた事情がズレている場合もある。

旦那さんは俺とアルレットを交互に見てはうつむいていた。

事情を話すべきかどうか迷っているのだろう。

「こちらの方は放浪医さんです。患者さんを治療しながら旅をしています。話してもらえれば何か力になれるかもしれませんよ」

ナイスフォローだ、と俺は心の中で思った。

ただ、正規の医者ではない。

「モグリだけどな」と俺は付け加えた。


旦那さんはそれを聞いて少し安心したのか、「聞いてくれますか」と俺たちに聞いてきた。

俺とアルレットはうなずいた。

旦那さんは「私はガンなんです」とポツリポツリ話し始めた。


「学校を出てからすぐに私は印刷工場で働き始めました。妻とは学校の同級生でその頃から付き合っていて、働き始めてからすぐに結婚をしました。昔も今も収入は少なくて貧しい毎日ですが、とても幸せでした。子供も兄弟が生まれ、元気に育っています。わんぱくすぎるのがたまに困りどころですけどね。妻は心配性なのでガンのことも伏せています」

「ガンであることがわかったのは?」

「30歳の時です。身体が突然気だるさで言うことをきかなくなったのです。仕事にならないので、昼間に切り上げてこの病院で診てもらいました。そこでガンだとわかりました。複数箇所にガンがあると知ってショックでしたよ。ガンがいつごろにできていたのか正確にはわかりませんが、数年前からできていたのだろうと言われました」

旦那さんがため息をつく。

「それで治療は受けたんですか?」

俺が聞くが、旦那さんは首を横に振った。

「その日は点滴だけしてもらって仕事に戻りました。ガンの治療って高額でしょう?貧しい家なので即決で治療をお願いすることはできませんでした」

ここまでは小太りの医者やカルテに書かれている通りだった。

「それから合間をぬってガンの事や治療法の事を色々と調べました。そして現実に打ちのめされました。ガンの治療薬を投与するのと子供の学費がほとんど一緒ぐらいでした。それを何ヶ月も何年も投与すると知り、ガンという病気の恐ろしさを知りました」

ガンはまずガンそのものを取り除くために手術をする。

そして、再発しないようにガン専用の薬を投与する。

薬の投与期間は人によって変わるが、大抵は数年かかることが多い。

「体調が良くないと思うたびに、ここに来ては点滴だけをお願いしました。医者からは来る度に治療のことを考えたかどうか迫られました。ですが、私には家庭がある。ガンの治療費が子供の学費にもなる。まるで治療費と学費のどちらを取るか天秤にかけられている感じでした」

旦那さんが俺の方を向く。少し睨み気味だった。

「そして医者はいい加減治療を受けろと言ってきたこともありました。天秤に置かれている学費を捨てろと言われている気分でした。そりゃあ医者にとってガン治療はいい儲けでしょうから」

アルレットがその言葉にムッときたのか、少し身を乗り出したが、俺が手でそれを制した。

「ドクターはあなたのことを心配して言ったと思いますよ」

「いいや、彼らは何も私の事をわかってはいない。金持ちが貧しい家の事を理解してくれるはずがない。カモにしか見てないんです」

被害妄想が出ていると思ったが、俺は何も言わなかった。

さっき俺を睨んできたのも俺が同業者だからだろう。


ドクターが治療のことを迫っているのは、早く決断しないと命が危ういからだ。

もちろん、病院の儲けになるからと迫る奴もいるが、そういうやつはもっと強引に迫ったりする。犯罪スレスレを狙ったりもする。

「私のお金なのだからどうするかは私が決めます。私は近いうちに死ぬでしょうが、それでいいと思っています。私のお金は私の家庭のために使う。この意志は変わりません」

旦那さんの意志はよくわかった。

多分、どれだけ説得しても意志は曲げないだろう。

もっとも、説得する時間ももう少ないが。

「事情はわかりました。俺から一つ聞いてもいいですか?」

「なんです?」

「このことは誰かに話したりしたんですか?例えば家族とか職場の同僚とかに」

「いいえ」

即答だった。

「私も妻も両親とは不仲でして、駆け落ちの結婚だったんです。そのため血縁で頼れる人がいません。職場とか友人にも心配させてはいけないと話していません。一度も」

なるほど、頑固者だ。

一人で抱え込んで潰れてしまう性格。

きっと頼れる人が身近にいなかったんだろうな。

「放浪医さん。もし私を治療するつもりでしたら、私はお断りします。モグリということは法外な治療費を請求してくるんでしょう?私は延命など望んでいません。ガンになったことは不運だったと運命を受け入れる覚悟です」

アルレットは椅子から立ち上がろうとしたが、それも手で制した。

落ち着け、お前が感情的になってどうする。

「お気持ちはよくわかりました。では、少し話を変えましょう」

俺は両手を組んで旦那さんを見る。


「亡くなる前にやりたいこととかはありますか?ガンがなければできることで」

「え?」


旦那さんは呆気に取られた顔をした。

質問の意味がわからないといったところだろう。

しかし、俺が一番聞き出したいことはこれだった。

「えっと、私の話を聞いていましたか?私はガンの治療など望んでいない!」

「もちろん、聞きました。お気持ちも理解したつもりです。今、俺が知りたいのは、あなたにとって本当に必要な治療とは何か、ということです」

旦那さんがぽかんと口を開けている。


「病院であればガンを根治する治療をするか否かを患者に選ばせます。ですが、治療と一言でいってもいろんな捉え方がある。決してガンを取り除くことだけが治療ではありません。患者が一番に望むことをかなえてあげることも治療です。なので、俺は聞いているんですよ。最良の治療法は何であるかを決めるために」

もう一押しだ、と思い俺は付け加える。


「最良の治療法は病院の医者にはできないが、放浪医の俺にはできるかもしれません」

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