第84話 初めて見た男女の痴情のもつれ
ホピ・メサの街から南西の方角にある大河。
そこの船乗り場に一隻の木造船が停泊していた。
船乗り場の周りには集落があり、旅人の姿もちらほらと確認できる。
ベンジャミン村よりもずっと落ち着いた場所で、河の向こう側をずっと眺めていると、生まれてからこれまでの苦労そのものが洗われるような気がした。
河の流れに合わせるように、白雲もまた天を流れる。
海とはまた違う広大な空間を物語のように演出しながらも、その在り方はまさしく大自然が作り出す偉業の現れであった。
この河の先に王都があるのだが、そこから先にはなにがあるのか。
偉大なる大河は、どこから来て、どこへ行くのか。
まだ認識の幼いセトには難しい。
この認識の外の領域には無限に世界が広がっているのではないかと、想像を膨らませることしかできなかった。
「河の近くだとやっぱり風も少し違うな」
「川風ですね。河辺ですからそれだけ空気中の水分量も違います。ウレイン・ドナーグの街なんかもそうだったでしょう」
「確かにな。なぁ、船の出港まであとどれくらいだ?」
「あと2時間ですねぇ。大分余裕があるので、見て回りますか?」
「あぁ、河のほうをもうちょっとだけ見てみたい」
「興味津々ですねセトは。じゃあ、あそこの浜辺がオープン状態だったはずですので、一緒に行きましょう!」
「おぉ、あそこに行けるのか!」
「……水着になりましょうか?」
「ブッ! え、ほ、ホントに……」
「きゃー、きっと見知らぬ男たちに言い寄られちゃう~」
「……ッ! や、やっぱりいい! そのままでいい! い、行こう!!」
セトは顔を赤らめながらサティスの手を引いて、浜辺まで向かう。
サティスは久々にセトをからかえたので、満足そうな笑みを浮かべつつも、セトが見せたヤキモチめいた感情にサティスは心に温かいモノを感じた。
今は彼に手を引かれるまま、浜辺へと向かう。
セトの引く力は強かったが、手を握る力は優しかった。
浜辺に着いてもセトは顔を赤らめたままで、風で火照った感覚を冷まそうと必死にウロウロとしている。
「もー、セトったら冗談が通じないんだから」
「いきなりあんなこと言わないでくれよ。ビックリしちまう」
「よかったら今晩、水着で添い寝してあげましょうか?」
「う゛ッ!?」
「冗談ですよ。セトもまだまだですねぇ~」
「うぐ……卑怯だぞサティス」
「あ、じゃあこういうのやめたほうがいいですか?」
「え、あ、いや……」
「やってほしいんだ。スケベ」
「やめてくれ……」
ここへ来てのサティスの言葉に頭をクラクラさせるセト。
しかしこれ以上の誘惑はセトの脳みそをショートさせる恐れがあると判断し、サティスは空気を変えて飲み物を買ってくることに。
「あそこにドリンクがありますので買ってきます。ここで待っててくださいね」
「あぁわかった」
セトは浜辺で三角座りをしながらぼんやりと、目の前の雄大な流れを見つめる。
こうしていると先ほどの興奮が冷めていくような気がした。
頭が冷えてきたと思えてきたそのとき、セトの視界に入るようにカップルらしき男女が現れる。
だが、様子がおかしい。
「ちょっと待ってよ! なんで別れるって言うの!?」
「悪いけど、これ以上お前の都合に振り回されるのはごめんなんだ。こうして付き合ってるのに恋人らしいこともしたこともない。そればかりかお前の"魔剣探し"って奴に散々コキ使われて、いつも罵倒ばかり。もううんざりなんだよ!」
(魔剣探し? ……ん、あの女の人。間違いない……魔剣適正を感じる)
セトは演劇を見るように静かにそのやり取りを聞いていた。
男女の痴情のもつれというのを初めてみたため、興味は尽きない。
しかし、しばらくしてセトはあることに気付く。
今にも泣きそうな表情の女性の顔に
(あの人、どこかで見たことが……確かベンジャミン村で……)
そう思いながら見ていたときだった。
ふたりはその場で破局し、女性は悔し涙を目に溜めている。
腰まで届く銀色の長い髪で、黒いハットに黒いジャケットのようなものを羽織った女性だ。
悪魔のようなデザインをしたビキニアーマーに腰には黒いパレオを巻いており、身体つきは美しく胸はサティスより大きいながらも、ボディバランスが良い。
サティスと対比しながら密かな感想を抱いたとき、突然女性がセトのほうを睨みつけるように振り向いた。
「……────なに見てんだおいコラァアッ!」
「うわ、ヤベッ!!」
セトは動こうとしたが、浜辺に足を取られたため、一歩出遅れた。
女性の動きは凄まじく、すぐにセトを捕まえた。
「うわ、やめろなにするんだ!」
「このガキ、ちょっと来い! こっち来いオラァア!」
「は、放せってば!!」
女性のとんでもない馬力に、セトの抵抗虚しく、人気のない物陰へと連れられた。
そこでセトはまるでとんでもない『技』を目にする。
一瞬にして背中を壁につけられ、抵抗する間もなく彼女の右手が顔の横、そして右膝がセトの股に入れられた。
まさしく────。
(これが噂に聞いた、……────"壁ドン")
女性の怒気に満ちた表情とは裏腹に漂う良い香りに思わずセトは息を吞んだ。
「アンタさぁ、さっきのやり取りジロジロ見てたでしょ? あん?」
「あの、ごめん、なさい。目の前で言い争ってたから」
「言い訳してんじゃねぇよ。よくも私のあんな姿見たなボケ。恥かかせやがって……責任とんなさいよ」
「せ、責任? いや、俺になんの責任が」
「黙りゃッ!!」
会話が通じなさそうな状況にセトは困惑する。
女性は興奮状態で、良いカモを見つけたと言わんばかりに舌なめずりを行った。
「あー、傷付いたわー。私の心にすんごい傷を付かされたわーアンタに」
「いや、どっちかっていうとあの男の人」
「口答えしてんじゃねぇよあぁん?」
「どうすりゃいいんだよ」
「とりあえずさぁ、アンタ保護者とかいんでしょ? そいつに賠償払わせるわ。"この子に変なことされましたー"って。あーあー、保護者の人どう思うかしらねぇ?」
「ん? ……────あ、いや、多分もう大丈夫だと思うけど」
「ハッタリかましてんじゃないわよ。ガキのくせに……」
「いや、ハッタリじゃ……」
セトの視線が女性の背後を向いている。
彼女はゆっくりと振り向くと。
「なにをなさっているのでしょうか?」
そこには明らかに大量の殺意を眼光に蓄えたサティスがドリンクを持って立っていた。
微笑んではいるが、瞼から覗く瞳はまさに怒りと血に飢えた猛獣のそれである。
「自分よりも小さな子供に恫喝及び恐喝。しかもやってもいないことをやったと言うなんて」
サティスから放たれるオーラに先ほどまでの勢いを失った女性。
そしてなにより、自分よりもずっと恵まれた身体つきをしていることに、嫉妬を抱く。
「う、うるさいわね! フン、コイツが私のことを見ていたから悪いのよ! ……あー、もういい。もういいわアンタ。まずはアンタからボコボコにしてやんよ!」
拳を鳴らし戦意を高める女性に対し、サティスは溜め息交じりに眼鏡を外す。
「見ておきなさいガキンチョ。アナタの大事な人がボコボコにされる姿をねぇ!!」
「あ~、それはやめたほうがいいと思うぞ?」
「うっさい黙れ。ひひひ、自分の運の悪さを恨みなさいな」
「いや、だからやめたほうが……」
「行くぞオラァアッ!!」
「だからやめ……────ッ!! ……あ~あ」
セトは真上に殴り飛ばされる女性を見ながら溜め息を漏らした。
そして、後に知ることとなる。
この女性は、ベンジャミン村で世話になったリョドー・アナコンデルと関連のある人物であるということを。
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