第8話 私が見つけたアナタの真実。
サティスとセトのとった宿はこの街の宿泊施設でも比較的大きな建物だった。
二階建てで、食堂は一階にある。
「運良く最後の一部屋が取れたんですよ。そしてここが食堂です」
「すごい、大人達が使ってる兵舎の食堂よりずっと綺麗だ……」
食堂にはすでに酔いつぶれた冒険者達や、食事をしながら商談をする者等で席のほとんどがうまっていた。
丁度端っこの目立たない場所を見つける。
椅子もテーブルも見たことのないデザインで造形されており、セトの心を一層揺るがせた。
これぞ自分が旅をして見たかった『まだ見ぬ世界の風景』だ。
「さぁ座りましょ。私もお腹へっちゃって」
「うん、どんなのが出るんだ?」
「それは来てのお楽しみ~」
こうして運ばれてきた料理は、肉を多めに使った郷土料理だった。
清潔な木皿に盛られ、今にも溢れ出そうな肉汁と上質の薫りにセトは目を奪われる。
その他色とりどりの野菜に、温かいスープ。
兵舎やパーティー同行時の頃では決してありつけない。
セトにとっては御馳走の山だ。
「気に入っていただけました?」
「こ、これ……く、食え……食えるのか?」
「はい、いっぱい食べてくださいね。今日のお礼ですよ」
「お礼?」
「助けてくれたじゃないですか。アナタが助けてくれたから今の私がいるんです」
「そうか、よし! じゃあ、いただく!」
そう言って彼はフォークを手に取り、ぎこちない動作で肉を突き刺し、口に頬張っていく。
口の中に広がる肉汁と風味に思わず脳がしびれるような感覚が起こった。
かつての食事とは違い、噛めば噛むほどに味わいが出てきて、中で何度も転がしたくなる。
「サティスすごいぞ! この肉、すごく柔らかい! 食ったことないぞこんなの!!」
「アハッ、ごはんのことになると本当に思った通りの反応しますね。慌てずゆっくり食べてください。料理は逃げたりしないんですから」
そう言って彼女もナイフとフォークを取り、上品な動作で肉を切り分けて口にする。
セトも真似しようとするが、そんなモノとまるで縁のなかった彼には高等技術並の難易度であった。
「……自分の食べやすいようにどうぞ? 私は好きでこうしてるんです。私に合わせる必要はありません」
「それって……テーブルマナーってヤツか? 偉い人がよくやる……」
「まぁそうですね。……へぇ~、そういうの知ってるんだ。ちょっと意外」
サティスは彼と敵対していたときもそうだが、こうして安寧の時間を過ごし始めてからも、彼にはずっと驚かされている。
彼の戦闘能力もそうだが、それ以上に気になるのが言葉や態度だ。
少年兵の実態は大抵が荒んだものだ。
満たされない環境下の中で戦いを強要される。
残虐で突発的で、教養のない即席の兵士、と。
しかし彼はそのイメージとはあまりにかけ離れている。
幼い頃から戦場という極限の緊張状態に長くいたというのに。
戦場では鬼となって容赦なく敵を倒すが、普段は大人びた口調で話す少年のように振る舞う。
言葉もハキハキと喋り、常に堂々とした態度。
それが目の前で食事を堪能しているセトだ。
「アナタって変わってますね」
「ん? なんか朝にも言われた気がするぞ」
「いや、なんていうかアナタって他の少年兵と違うなって思いまして。大人っぽいかと思ったらこんな風に子供らしいし。とても少年兵っていう立場にいたとは思えなくてですね」
「あぁ、そういうことか」
ナプキンで口元を強く拭くセト。
ミートボールをフォークで突っつくように皿の上で転がしながらそのことを話す。
「俺は他の少年兵よりも大人と絡むことが多かった。特殊な作戦に同行させてもらったこともある。そういうときに大人の言葉や態度を真似しながら自分でアレンジしていったんだ」
「……なんの為に?」
「なんだったかなぁ。……最初は、"自分も大人になれば今の苦しみも少しは和らぐんじゃないか"って理由だったと思う。もう忘れた。真似していってる内に、こういう性格が出来たってことかな?」
「真似しただけで精神まで大人に近づけるとは思えませんけど……、でもアナタを見てるとねぇ。これも魔剣適正がある影響でしょうかねぇ」
「さぁね。……俺達は兵士であって奴隷じゃない。そりゃ生活はきつかったけどさ、戦果を上げれば地位が貰えることもあるし、教育だって受けられることもある。……でも、それを狙ってた奴は大抵死んだ」
ミートボールにフォークを突き刺し、それを口の中へと入れる。
いくらか噛んだ所で飲み込み、コップに注がれた水を飲み干した。
「アナタは地位を欲さなかったのですか? アナタほどの活躍者が評価されないなんて」
「……大人の都合は俺にはわからない。俺達にとっては大人達が世界の法そのものだった。大人が評価しないのであれば、それは評価されるに値しない。……俺は、ずっと疑問だったけどな。こんなに頑張ってるのにって。だけど、下手に逆らって怒られたくも死にたくもなかったし……」
少年兵という閉じた世界で大人達を神としながら生きていく閉鎖的な環境。
その中で彼は生まれながらの感受性で、ここまで辿り着いたというのだろうか。
だとしたら、彼は生まれながらにデタラメだ。
いくら奴隷ではないからと言っても、誰もが虐げられるような環境下で、彼は独自に進化したのだ。
精神的にも、身体的にも。
それは突然変異に近い印象を受ける。
特定の環境下で、他の者とは違う特性を身に着けるのだ。
摩耗した心を、大人のような言動や態度等をすることで埋めようとしていた。
こうして彼は年齢には似合わない精神や表現法を手に入れたのだ。
だが勇者一行に捨てられたのは流石にショックだったらしい。
一気に居場所を失うことで、彼は諦観の念を手に入れてしまったようだ。
「でもさ、俺は皆が羨ましい」
「え?」
「俺は大人達の真似をしていく内に、戦ったりしていく内に、どれが本当の自分かっていうのがわからなくなった。……だからこの街の人達のように、サティスのように心の底から笑ったり、怒ったり出来る奴が……すごく羨ましいんだ」
彼は穏やかに答えた。
微笑んでいた、それも年相応の明るさで。
これを見て、ひとつわかったことがある。
彼がサティスに旅の同行を勧めたときに見せたあの輝き、そして食事を目の前にしたときや、今彼女に向けているこの子供らしい表情。
これ等は、彼の輝かしくも美しい感情、即ち『摩耗した心に残された彼自身』であると。
それだけわかれば十分だ、彼の中には兵士の感情だけではない人間らしい素敵な一面もあるのだ。
ただ他人には分かりにくかっただけで……。
「……アハハ、悪い。なんか暗い話しちゃったな」
「いいえ、いいんですよ。アナタのこと、少しわかった気がするから」
「そうか? 大して面白くなかったろ?」
「……アナタが素敵な男の子だってことくらい、かな?」
「……急に、ほ、褒めないでくれ」
顔を赤らめるセトをからかうように笑うサティス。
こうして2人は食事を終えて、部屋に戻ろうとしたが、ここでセトが彼女を止める。
「なぁ、少し歩かないか?」
「え、どうしたんです? 休まないんですか?」
「なんか、……アンタとゆっくり歩きたい」
「あら、それがレディをエスコートする殿方の口説き文句ですか? そういう所は真似しなかったみたいですねぇ~」
「ぬッ!? そ、そういうのは……知らないんだ、純粋に」
一々リアクションをとるセトをイタズラっぽく笑みながら、サティスは彼の横に並び手を繋ぐ。
「……いいですよ。夜の街を歩くのも、悪くはなさそうです。アナタとなら尚更、ね?」
「あ、あぁ!」
セトは嬉しそうに返事をして手を握り返す。
部屋へ帰るまでの間、彼等は夜の街をゆっくりと歩いた。
(なんだろうな……こんな気持ち初めてだ)
彼女と手を繋ぎ歩く道は、どんな道よりも心地よかった。
胸の内がドキドキする、だが不思議と悪くない。
セトが感じた初めての感覚だった。
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