第4話 目覚めた彼女はどこか綺麗で……思わずドキッとした

 元少年兵の朝は早い。

 朝はこの時間に起きるという兵士特有の生活リズムが、セトの意識をすぐに覚醒させた。


 最初訓練に遅れないように早く行かなくてはと思ったが、寝起きの頭で現実を思い出す。

 そうだ、自分にはもう帰る場所はないのだ。


「サティスはまだ寝てる……よし、これより偵察に入る」


 任務口調でぼそぼそと呟きながら、山小屋からゆっくりと出た。

 偵察とは言ったものの、実際はただの散歩だ。


 こうして早朝の森の空気を吸ってみるのもいい。

 いつもは訓練で森に入ることがあっても、こうした落ち着きあることは出来なかった。


「ん、あれは果物か。よし、美味そうだ」


 木の上に生る果実をよじ登って取りに行くことは、彼の身体能力を考えれば造作もない。

 ましらのような速さでよじ登り、甘美な香りを放つ実を5個ほど取った。


 掌ほどある大きさの実を見て、満足げに微笑む。

 まさかパーティーを追い出されてからここまで恵みを授かるとは思ってもみなかった。

 彼は果物を袋に詰め、散歩から帰る。

 

「今日の朝食は豪勢にこの果物を2つ食べてだな……ん?」


 山小屋の直前の所で、彼は音を立てぬよう突如としてその場に伏せ、匍匐前進ほふくぜんしんを始める。

 草陰から山小屋を見るとサティスが外に出て、まだ虚ろな瞳で佇んでいた。


 早朝の森の空気に肌を湿らせながら、ぼんやりと立つ姿は、普段敵としての彼女とは思えない美しさがあった。

 静かに佇むサティスの姿に、思わずドキリとした。


 彼女のコンバットスーツや眼鏡は、一晩寝て回復した魔力で直したのかすっかりと元通り。

 傷やあざも消えており、髪の毛はまえと同じように後ろに綺麗に束ねてある。


 しかしただでさえ露出度の高い衣装の為、この雰囲気と合わさって別の妖艶さを放っている。

 敵対していたときとはまた違う、彼女の女性としての美しさ。


(起きたのか……。でも一体どうしたんだ? あんな所にじっとして)


 なぜ彼女が出てきたのかもわからず、そのまま伏せて見ていた。

 外の風景をじっと見つめるサティスと、それを草陰で伏せながら見ているセト。


 奇妙な構図が出来る中数分が経過。

 彼女は唐突に溜め息を漏らすと、なんとこちらに向けて手をかざした。


「なッ、うわぁ!!」


 草陰に隠れていたセトが彼女の操る魔力で、いとも簡単に持ち上げられてしまった。

 そして放り投げられるように彼女の足元へと。


「……女性を陰からジロジロ見るなんて感心しませんね」


「うぐぐ、なぜわかった?」


「舐めないで下さい。これでも元幹部ですので」


 呆れたように言い放つと、彼女は彼が持つ袋を見る。

 中からは果実が転げ落ち、そのうちの1つがサティスの足元に。


「これ……もしかして私に?」


「え、アンタも食うのか? ……偶然見つけたんだ。朝食には丁度いいと思って」


 土を払いながら立ち上がる。

 サティスの表情が少しだけだが明るく感じ取れた。

 果物を拾い上げまじまじと見つめる彼女の瞳に、若干輝きが戻っている。


「……アンタ、果物好きなのか?」


「えぇ、肉なんかよりもずっとね」


「魔物は肉を食うとばかり思ってた。そうか、なら1個アンタにやる」


 今度はサティスが驚いたような表情になる。

 

「くれるんですか……?」


「あぁ、まだ4つある。……なにか変か?」


「いえ、なぜ私を助けただけでなく……こんな施しを? 敵同士、ですよね?」


「言っただろ。俺はもうパーティーメンバーじゃない。国に帰ることが出来ても恥さらしとしてきっと殺される。もう……帰る場所も国もないんだ。もう誰が敵で誰が味方だのは関係ない」


「……私を拷問にかけて国への帰り方を聞き出し、幹部だった私をアナタの国王に引き渡せば……少なくとも極刑は免れるのでは?」


 彼女の言う通りかもしれない。

 サティスを捕えて王国へ引き渡せば、もしかしたら……。


「……いや、もう、いい」


「ボーヤ……帰る場所がなくなったのに、どうしてそこまで冷静なの?」


「自分でもわからない。戦場で孤立しながら戦ったこともあるから、かな?」


 セト自身、この達観した感情の謎は解けない。

 勇者は国王から絶対的な信頼を得ている。

 そんな彼からパーティーを追い出されるということは、国王の期待を裏切るということ。


 ただ戦うことしか出来ないセトでは、どうしようも出来ない大人達の『王政』という権能がある。

 魔剣と権能では、特性は違えどその効力の差は明白だ。


「パーティーメンバーから外された時点で俺は国辱って奴になるんだろうさ。そう思うと……なんか、な」


 セトの言葉にサティスは絶句する。

 おおよそ12歳の子供が語っていい内容ではない。


 今彼がいる状況は大人はおろか並の精神では耐えられない極地にいる。

 そんな彼の背に飛来しているのは恐らく"諦観"の念。


 自覚こそしていないが、少年兵という地獄の人生で、心が摩耗(まもう)している。

 

「……そう。私と、同じですね」


「そういや……そう、かな」


 またしても気まずい雰囲気が流れようとした直後。

 セトとサティスは近くに複数の魔物の気配を感じた。


 油断した、敵の接近を許してしまった。

 すぐ近くまで来ている。


「魔物、か……!? ん、サティス?」


 ふと彼女の方を見ると、セトにとっては更に驚くべきことが起きていた。

 

「ぁ……ぁあ……ッ!」


 果物を落とし、ワナワナと震えながら立ち竦んでいた。

 自分の身体を抱きしめるようにして腕を回し、寒さに凍えるようにして身を縮こまらせている。


 瞳は小さく収縮し、ガタガタと揺れて視点がおぼつかない。

 まるで戦場にトラウマを抱く兵士のようだった。


 彼女の中であの一夜のことが脳内で何度も往復していた。

 魔王の幹部として、実力者のひとりとしての誇りやプライド全てを一気に砕ききったあの恐ろしい一夜を。


「ひッ! ひぃ……ッ!」


(く、動けないか)


 そうこうしている内に魔物達に囲まれる。

 図体は2人よりも大きく、大きなイノシシのような奴や、蜘蛛のような凶悪な見た目の奴もいた。

 総勢3体、サティスの様子を見ると戦えそうにはない。


「おぉ、これはこれは……ククク、サティス様ではございませぬか」


「本当だ、処刑直前で逃げ出した恥知らず! ……それと、このガキは確か勇者一行の中にいた……」


 サティスに侮蔑と嘲笑を向ける魔物達。

 彼等の姿を見て俯くようにして震えている。


「人間の気配と、なにやら覚えのある気配があるから来てみたら……ククク、これは好都合! 貴様等をここで喰らってやろうぞ!」


 魔物達が一気に下卑た笑いを張り上げた。


「喰らう前にもう一度……サティス様よぉ。アンタをいじめてぇなぁ? 魔王軍紅一点のアンタを嬲るのは最高だったぜ? お陰で女というモノを嬲るのが好きになりそうだ。グヒャヒャヒャヒャッ!!」


 下劣な笑い声が更に彼女を居竦ませた。

 魔王軍幹部であれだけの威勢を放っていた存在が、嘘のようだ。


 トラウマと現実に板挟みになり、恐怖して動けなくなったサティスを横に、セトは彼奴等を睨みつけたまま動かなかった。


 口を一文字にし、ずっと喋り倒す魔物達の身体をじっと見ている。

 

「クハハ! 小僧めが! 我々に恐れをなしだんまりを決め込んでおるぞ! ホレ小僧、そこの女に助けを求めて見よ。もう戦えぬ臆病者であるがなぁ!!」


 またも大笑いをする魔物達を前に、セトは退きも進みもしなかった。

 なにも喋らず、ただじっと彼奴等を睨みつけている。


「……フン、カカシのように突っ立っているだけか。もうよい、その女と共に死ね!!」


 魔物達が攻撃態勢に入る。

 サティスが思わず悲鳴を上げる中、セトがようやく口を開いた。


 それはこの状況には似つかわしくない穏やかな口調だった。




「大丈夫だ」


 この一言がサティスの中に響いた。

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