第9話 微笑む髑髏の指輪

 ――〝You talkin' to me?〟

 「俺に話しかけてるのか?」


 問いかける、

 姿鏡の前に立つダグラス・ステイヤー。

 黒い革ジャンに黒ジーンズ、肩と膝を武装した。

 黒いバンダナを頭に巻き、鼻と口も覆った。

 黒くデカい拳銃44マグナムを携え、割って左手薬指にはめた指輪にキスをする。

 黒いブーツはベルザから譲り受けた幸運のアイテム。

 裏通りのアパートを出て白い石畳を踏みしめる。



「カーペ・ディエム、その日を摘んで――」

 それしか知らないクリスティーンの書いた歌を口ずさみながら暗い吹雪の中を行く。

 寒さなど感じない。



 やがてたどり着くマフィン精機工場の扉の前。

 心で叫びながらダグラスはそこを蹴破った。


『この熱情! 俺の魂は燃えている!』



 日付が変わる深夜、従業員たちは逃げ惑い、非常警報が鳴り響いた。

 屈強の警備員たちとギャレンの配下が襲ってくる。

 一人、対およそ三十人。

 硝煙と血の臭いが充満する。

 やがて撃ち合いに限界が近づいた時、一人が機関銃を抱えて侵入してきた。


 ダグラスは叫んだ。

 それが誰なのかヘルメットにゴーグル姿でもダグラスにはわかった。

「ブライアン、お前!」

 火花と砂煙を上げ、ブライアンが半泣きで突き進んできた。

 警備員たちを撃ち倒してゆく。

「俺たちは運命共同体だろダグラス!」

 そして工場の窓を蹴破って現れるもう一人。

 飛翔するように男たちに飛びかかり、ガラスの破片散り散りに敵をなぎ倒したのはハリーだ。

 同じように覆面をしてショットガンを振りかざした。

「ハリー!」

「ダグラス。お前はいつもカッコ良すぎる」 

 三人は構え、声を轟かせた。

「うおお! レギュレーターーズッ!!」



 ハリーは警報はガセだ誤報だと署の動きを止めた。

 工場のぐるりをソサエティの人間が包囲した。

 場内では三対およそ十五を押し切った。

 スラムの荒廃を思い出した。

 キニーの悪夢を追い払った。

 証を求めて練り歩くよう前に進んだ。

 生きてゆく術はこれしかないよう撃ちまくった。



 銀色コート姿の大柄な用心棒二人との格闘が待っていた。

 撃たれても向かってくる一人がブライアンを捕らえ、首を絞め吊り上げる。

 常軌を逸した力に驚愕し、血煙と薬莢に足を滑らせながらもダグラスがそのこめかみに弾丸を撃ち込んだ。

 ハリーはもう一人と揉み合いながら吹き抜けの三階から飛び降りた。

 真っ逆さまにベルトコンベアに叩きつけられる用心棒。

 投げ出された瞬間、ハリーは宙吊りのクレーンを手繰り寄せ、しがみついた。

 駆けつけるダグラスを襲う用心棒をブライアンがライフルでとどめを刺した。



 傷だらけのダグラスたちはやがてギャレンのいる事務所まで踏み入った。

 排気ダクトから逃げようとするギャレンのズボンを鷲掴み、引きずり出す。


 ダグラスはギャレンの額に銃を突きつけ、吐かせた。

 名簿は人身売買のもので、買い手はナピスの幹部の名。

 引っかかっる髑髏の指輪はマインド・コントロールのためだとギャレンは鼻水を垂らし泣き叫びながら白状した。

 指輪の中に実は認証コードなどなく、それは特殊なマイクロ波を発し、人の脳を操るのだという。


 シェリルの指から外せたのは慰めの奇蹟。

 あてやかな愛撫の神秘。

 自分にはめるために指輪をチェーンカッターで割ったことでダグラスは洗脳されなかった。



 ダグラスはギャレンからロレンツォ・マフィンの居場所を訊き出し、その爪先に弾丸を撃ち込んだ。

 マクロスキーがトイレに逃げ潜んでいるのをハリーが見つけた。

 ダグラスが詰め寄り、解せない話を確かめた。


「マクロスキー。お前が言った〝戦士〟って、何なんだ?」

「な、ナピスの血清さ……あの用心棒のような、腕力を……俺はそれで力を得る……つもりだった」

 その胸ぐらを鷲掴み、じっと睨んでパシリと平手打ちをかました。

 そして喚くマクロスキーにダグラスは言った。

「くだらねえ。もう妬んだり、姑息なマネすんな。もっと自分を大事にしろ」

「……ご、ごめん……」

「授かりもんじゃねえか。お前も、俺も」



 ……後はロレンツォただ一人。

 ベルザへ連絡をとり、ダグラスは彼が取り引きで向かったとされる北部のノーザンへ急行した。



 ****



 一九四五年、エルドランド北部ノーザン。

 吹き荒ぶ雪が獣のように襲いかかった。

 ダグラスは汽車に乗り、窓から外を見つめた。

 こんな凍てつく恐ろしい夜に彼は拾われた。

 そんなことを思い出しながら目的の車両に踏み込んだ。



 乗客に紛れたベルザが非常ブレーキのレバーを引き、緊急停車させた。

 なだれ込む乗客たちの中にはロレンツォ・マフィンがいた。

 絶叫と停電の瞬間に彼は心臓を撃たれた。

 床を這い出る黒革ジャンのダグラスはベルザから預かった拳銃を懐に仕舞い、列車から鉄橋下の海へ飛び込んだ。

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