『⑤王野翔の実家』

 8月16日(月)20:00〜


 夜空に綺麗な花火が1発打ち上がった。

 花火大会の始まりの合図だ。

  

「始まりましたね!」

「だな」


 その合図を皮切りに次々と夜空に花火が打ち上がっていった。

 色とりどりの色彩が夜のキャンバスを埋め尽くしていく。

 

「やっぱり花火はテンションが上がるな」

「そうですね。手持ち花火もいいですけど、打ち上げ花火もいいですね!」

「そうだな」


 俺はそっと姫香の手を握った。

 姫香は少し驚いていたが、すぐに微笑んで俺の手を握り返してきた。

 2人夜空を見上げる。 

 この時間が永遠に続けばいいのに。

 そう思うほど、夜空に咲く花火と姫香の横顔は綺麗だった。

 しかし、この時間は永遠には続かない。

 1時間の花火大会の時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 気がつけば帰る人達の喧騒が辺りに響いていた。


「綺麗でしたね」

「もう少し見たかったな」

「また、見にきましょう!」

「そうだな」

「約束です!」


 そう言って、姫香は右手の小指を差し出してきた。

 その小指に俺は自分の右手の小指を結んだ。


「約束だ」

「はいっ!来年も、その先もずっと一緒に見ましょう!」


 姫香と手を繋いで家まで歩いて帰った。


「そういえば、この浴衣どうですか?お母様に貸してもらったんですけど・・・・・・」


 姫香は思い出したかのように聞いてきた。

 当たり前に着こなし過ぎてて、俺も感想を言うのを忘れていた。

 姫香が今着ているのは、昔お母さんが若い頃に着ていた浴衣だ。

 

「似合いすぎて、姫香ための浴衣かと思った」

「それは、大袈裟では?」

「いや、ほんとに。やっぱり、姫香は何着ても似合うな」

「ありがとうございます」


 姫香が少し照れ臭そうに笑った。

 

「翔君の浴衣姿も見たかったのですが・・・・・・」

「実は浴衣持ってないんだよ」

「え、そうなのですか!?」

「うん。持ってたら着たんだけどな」

「それは、買いに行くしかないじゃないですか!明日、買いに行きましょう」

「姫香が選んでくれるのか?」

「もちろんです!」

「じゃあ、お願いしようかな」

「任せてください!」


 浴衣を買いに行く約束を交わしたところで家に到着した。

 

「ただいま」

「帰りました〜」


 玄関で靴を脱いでると、バタバタと足音をさせて二階からお母さんが降りてきた。


「おかえり〜!2人とも!」


 そう言って、お母さんは俺たち2人を抱きしめた。


「楽しかった?」

「はい!楽しかったです。花火とても綺麗でした!」

「よかったよかった!」

「また、酔ってるな?」

「そ、そんなことないわよ・・・・・・」


 露骨に目を逸らすお母さん。

 まぁ、頬が赤いから酔ってるのは明らかなんだけどな。

 

「まぁ、今日くらいはいいか。花火大会だしな」

「そ、そうよ!今日は花火大会なんだから酔ってもいいでしょ!?」

「酔ってるの認めたな」

「あっ!」


 お母さんは、しまった、という顔をしたがもう遅い。

 まぁ、これ以上は追求はしないけどな。

 

「と、とにかく楽しかったみたいでよかったわ!」


 お母さんは俺の肩をバシバシと叩くとリビングに向かった。


「俺たちも行くか」

「・・・・・・はい」

「どうした?」

「いえ、その、まだ慣れなくて・・・・・・」

「あぁ、お母さんか」

「はい」

「まぁ、そのうち慣れるって」

「ですね。これからずっと顔を合わせることになるんですもんね」

「うん。だから、申し訳ないけど、少しずつ慣れていってくれ」


 俺は苦笑いを浮かべ靴を脱いだ。

 

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