6月12日(土) 13:00〜

「あの、王野さん、やっぱり何かありましたか?」

「いや、何もないよ」

「絶対に嘘です。じゃなきゃ、こんなにぎこちなくなることはありません」

 

 鋭いな……。

 氷室さんが顔をグイッと近づけきた。氷室さんの小さな唇が近くにある。

 すべては唯香さんのせいだ。あの人があんなことを言わなければ、俺はこんなにも意識することはなかっただろう。

 俺は氷室さんから顔を逸らした。


「何も言ってくれないのですね」

「氷室さんも隠してることあるだろ」

「もしかして、あのこと聞いたんですか……」


 俺は静かに頷いた。

 氷室さんが、はぁ、と息を飲むのが分かった。


「そう、ですか。隠すつもりはなかったんです。その、恥ずかしくて……それに、言いたくなかったんです」

「そっか」

「隠しててごめんなさい」

「いや、いいよ。氷室さんに言えない理由もあるみたいだし」

「本当にごめんなさい」

  

 悲しそうな声で何度も謝ってくる氷室さん。

 さすがに申し訳なってくる。

 気持ちを整えるために大きく深呼吸をした。

 そして、氷室さんの方を向く。

 深紅の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「俺の方こそごめん。その、少し嫉妬してた」


 そう言葉に出して、しっくりした。

 そうか。俺は嫉妬をしていたのか……。


「嫉妬、ですか?」

「うん。嫉妬。なんだろうね。この気持ち……。ほら、せっかくの可愛くメイクしてもらってるのに、泣いたら台無しになるよ」

「メイクはどうでもいいんです。また、直してもらえばいだけですから」

「そっか」

「ところで、王野さんの嫉妬の原因って、き、キスですよね?」

「え……あ、うん」

「そうですか……」

 

 そこで何かを考えるそぶりを見せる氷室さん。

 いつの間にか涙は乾いたようだ。目頭にはうっすらと黒い線が入っていた。


「その、王野さんは、私が、キス、したら嫌ですか?」

「……嫌、なんだろうな」


 こんな気持ちになるってことは、おそらくそうなんだろう。


「じゃあ、私この役やめます!」

「はっ!?な、なに言ってんだ!?」

「だって、王野さん嫌なんでしょう?だったら、私も嫌です」


 そういって氷室さんは頬を膨らませた。


「それに、私がこの映画に出る理由は今ではもうなくなりましたから」

「え?」

「いえ、何でもありません。とにかく、私はやめます」

「それはダメだよ。姫香ちゃん~」

「え!?」


 いつやってきたのだろうか、俺たちの後ろに監督が立っていた。

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