うちの天然メイド遠坂さんは、ドジで可愛い俺のセンパイ

明石龍之介

第1話 うちのメイドさん

 深瀬純也ふかせじゅんやには悩みがある。


 最近、我が家にやってきたメイドについてだ。


 なんで、どうしてメイドが家に? というところはまぁおいおい説明するとして。

 そのメイドさんが……まぁひどい天然なのだ。


「遠坂さん、宅配きたからお願いします」

「はい、かしこまりました」


 見た感じは普通。

 対応も丁寧で非常によろしい。

 

 だけど。

「戻りました」

「あれ、荷物は?」

「知らない人だったので追い返しましたけど?」

「いやいや宅配の人なんてみんな知らないよ!?」


 とまぁこんな感じ。

 慌ててトラックの前に飛び出して荷物を受け取ったところから今日もスタートする。


「はぁ……遠坂さん、ちゃんと仕事してもらわないと困りますって」

「す、すみません……遠坂は不器用なもので」


 不器用の使い方も怪しいけど。


 遠坂瞳とおさかひとみさんは、俺のために雇われたメイドさん。

 海外転勤の多い両親はこの春、そろってアメリカへ行ってしまったので俺は一人で日本に残ることに。

 それは別に俺の意思だからいいんだけど、おせっかいな両親が俺の為に使用人を雇ったと電話してきた翌日に彼女は俺の家にきた。


「私、なんでもしますから……バシバシ仕事を振ってくださいね」


 グッと両の拳を握りながら微笑む彼女。

 やる気は十分。

 愛嬌も十二分。


 でも。


「お食事の前にお風呂を沸かしておりますのでごゆっくりしてください」

「ありがとう遠坂さん」


 そう言って風呂場で服を脱いで蓋を開けるとお湯が張られていない。

 

「栓が抜けてましたよ遠坂さん」

「す、すみません……」

「ところで焦げ臭くないですか?」

「あっ!火をかけっぱなしでした失礼します!」


 テンプレなドジっ子ミスを毎日のように連発するのである。


 じゃあどうしてクビにしないの? というのは、まぁ、いいところもあるわけで。


「あの……お口直しにデザートを作りました」

「ゼリーですか?おいしそう」

「では、あーんしてください」

「いや、恥ずかしいから」

「あーん、してください」

「……あーん。ん、うまいよこれ」

「よかったぁ。遠坂は幸せものです」


 この人は褒めるとすぐに赤面する。

 しかもその時のほんのり崩れる笑顔が超超かわいいのだ。


 遠坂瞳さんは。そう、何を隠そう超がつくほど可愛い。

 メイドさんなんてキリッとした美人系のイメージだったが、遠坂さんは小柄でふわっとしたショートボブの目がクリッとした美少女。

 あんまりの可愛さに、彼女が来た日にゃ初めて親に心から感謝したものだ。


 だからクビにできない。いや、したくない。

 本当はさせなくてもいいのに、俺の趣味で家ではメイド服を着させているのだけど、もちろん天然な彼女は「仕事着まで支給いただきありがとうございます」といって逆に感謝されてしまった。


「じゃあ今日は寝ます。遠坂さんもゆっくりしてくださいね」

「はい、私は掃除と明日の準備をしてから休みます。ごゆっくりと」


 こんな不思議な共同生活だけど、五日目が終わる今日になりようやく少し慣れてきた。


 ……でも、相変わらず寝るのが怖い。

 夜のイベントは、今後も慣れるなんてことはないのかもしれない。

  

 それは初日から起こった。

 彼女が初めて家に来た当日、遠坂さんに寝室を案内して彼女は眠ったはずだった。

 しかし、しかしだ。なぜか夜中に目を覚ますと彼女が俺の隣で寝ているではないか。


 びっくりして飛び起きた後、彼女を起こすとむにゃむにゃ言いながら戻っていった。

 ドキドキして寝つけずにいると、二時間くらいしてまた彼女が部屋に。

 しかしよく見ると眠っていた。


 つまりだ、もはや夢遊病といっていいほどに寝相が悪いようで。

 しかも決まって俺のところに、吸い込まれるようにやってくるので問題だ。

 うちの作りは障子扉や襖など、和式なため鍵もなくこればかりはどうしようもない。


 ほら、今日もそろそろ……


「むにゃむにゃ……あ、ご主人しゃまの匂いがしゅる……わーい」


 ドサッと。俺の隣に飛び込んできてそのままグーグー。

 しっかしまぁその寝顔が発狂レベルで可愛い。


 一緒に眠れば解決するのかもしれないが、それでは俺の理性がもたないのでこうなった後、俺はリビングへ行く。

 そしてソファで眠っているところに彼女がやってきて、今度は俺がリビングから部屋に。

 そんなこんなを数往復。だから最近は寝不足がひどいのである。



「おはようございます」


 朝は遠坂さんが起こしてくれる。

 ひどい眠気を残したまま目覚めると、満点の笑顔がそこにある。


「昨日はよく眠れましたか?」

「う、うんまぁ……」

「それはよかったです。朝食、もうできてますので」


 彼女には夜に徘徊している自覚はないそうで。

 初日のことだって、リビングで寝ていた俺に向かって「ベッドの寝心地が悪かったですか?」とか言いながら首をひねっていたほど。


 さらに最後には自分の部屋にきちんと帰っていく。まるでルンバのように正確に。


「いただきます。うん、おいしいです」

「よかったぁ。いつもお褒めのお言葉をありがとうございます」


 ポッと赤くなり、にこっと。

 ああ、この笑顔だけで飯三杯は軽い。


「明日は高校の入学式ですね」

「うん、そういえば遠坂さんっていくつなんですか?結構歳近いですよね」

「ふふっ、秘密です」


 なぜどや顔?まぁ女性に年齢聞くのは失礼な話か。


「でも、どうしてメイドを?知らない男と二人とか嫌じゃないですか?」

「私も不安でしたけど、ご主人様はすごく優しくて良い方でしたので。だから……」

「だから?」

「だから……私はご主人様のことが、その……」

「ん?」


 なんだろう、今ものすごいシチュエーションに急転換した気が。

 待て、このままメイドさんから愛の告白とか受けちゃうやつ? いやいや、親父からも一応念押しのように「手は出すなよ」とか言われてるし、そういうのって仕事上もまずいんじゃないかなぁ……


「あの、遠坂、さん?」

「す、すみません! 私……洗濯物干してきますね!」

「あっ」


 逃げられてしまった。

 ……まぁ、どうせ告白なんてものは俺の思い違いなんだろうけど、しかしビビったなぁ。


 ……あ、物干しざおが折れる音がした。

 ……ベランダの床、今絶対抜けたよな?


 洗濯物を取り込みに行ったはずの遠坂さんはまるで暴漢と闘ってきたかのようにボロボロになりながら、折れた物干しざおを杖にして、やがて戻ってきた。


「すみません、折ってしまいました……」

「い、いいですよ古かったし。それより大丈夫ですか?」

「はい、なんとか。あっ、宅配便ですね」


 玄関のチャイムの音に反応し、颯爽と彼女が向かう。

 そして


「お届け物です。深瀬様でよろしかったですか?」

「私は遠坂ですけど」

「あ、あれ? ええと、でもここは深瀬様のご自宅では……」

「私はです。深瀬になる予定は……は、はしたない帰ってください!」

「待って待って!」


 なぜか赤面する彼女に追い返されそうになる宅配員を呼び止めて昨日頼んだ本を受け取ったところで春休み最後の一日はスタートする。


 今日は買い物だ。

 彼女の為に足りない日用品を買うためなので彼女も同伴する。


 だからもちろん不安しかないわけで……。

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