番外編2、和菓子の作成
今日の俺は領地ではなく王都の屋敷にいる。なぜならミシュリーヌ様に急かされに急かされたからだ。
『レオン! 絶対今日中に和菓子を作るのよ!』
そう、色々と忙しくて和菓子開発を後回しにし続けていたら、ついにミシュリーヌ様が爆発した。
「分かっています。ヨアンには下準備をお願いしてますし、今日中に色々と完成しますよ。今日はあんこを使ったものをたくさん作る予定です」
『ふふっ、ふふふっ、どら焼きね!』
「あとは大福、団子も作ると思います。そうだ、ヨアンが既にあんこは作ってくれてると思うので、それだけなら神界で食べられるんじゃないですか?」
ふと疑問に思って首を傾げると、いかにもミシュリーヌ様らしい返答が聞こえてきた。
『そんなのもうたくさん食べたわ』
「……ですよね。ミシュリーヌ様ならそうですよね」
聞いた俺が間違いだった。
そんな話をしながら自室からヨアン専用の厨房に向かって、一緒に来てくれているロジェがドアをノックした。するとすぐに中から声が聞こえてくる。
「どうぞ〜」
「ヨアン、お邪魔するよ」
「レオン様、お待ちしておりました」
「良い匂いだね。あんこはできてる?」
「はい。レシピ通りに作ってみたのですが、こちらで良いのでしょうか?」
ヨアンが差し出してくれたお皿には、粒あんとこし餡がそれぞれ載っていた。スプーンで掬って口に運ぶと、独特の甘い美味しさが口の中に広がる。
「おお〜、凄く美味しい」
「本当ですか? 良かったです。砂糖の量が難しくて」
「そうだね……もう少し増やしても良いかもしれない。でもあんこを使うお菓子によるかな。たとえばどら焼きは皮が甘いからこのままでも良いと思う。でも団子とかに載せるならもう少し甘くても良いかな……」
『もっと甘いのも作って欲しいわ!』
悩んでいたら、ミシュリーヌ様からの願望が頭の中に響いてきた。
「ヨアン、ミシュリーヌ様がもっと甘いのも欲しいって。もう少し甘さを足したやつも作ってあげてくれる?」
「かしこまりました」
俺の言葉にヨアンは苦笑しつつ頷き、まだ鍋に入っているあんこに砂糖を足した。
「じゃあ、さっそくあんこのお菓子を使っていこうか」
「はい!」
それからの俺たちはミシュリーヌ様の要望に応えつつ、たくさんの和菓子を作り上げていった。ヨアンはさすがの手際で、どれも日本で食べた記憶がある和菓子と遜色ない美味しさだ。
「このどら焼き美味しい……」
「私としてはもう少し美味しくできる気がするのですが。これって、生クリームを入れたらどうでしょうか」
「おおっ、生クリームどら焼きだね。そういうのもあるよ」
さすがヨアン、すぐそこに辿り着くなんてセンスがあるな。
「ロジェはどう?」
「とても美味しいです。この皮が特に好みですね」
「分かる。皮だけで食べたくなるよね」
マリーたちにも持ち帰ったら絶対に喜ぶな。後はマルティーヌにも食べさせてあげたい。マルティーヌ、このあと暇な時間あるかな。
「ヨアン、いくつかマルティーヌと家族用に持ち帰っても良い?」
「もちろん構いません……が、できる限りよくできているやつを選んでも良いでしょうか?」
「ははっ、それはもちろん」
ヨアンは真剣な表情でたくさんの和菓子を選び、家族用とマルティーヌ用にそれぞれ盛り付けてくれた。
「こちらをお持ちください」
「ありがとう。じゃあヨアン、そろそろ俺は行くね。今日は急に時間を取ってもらってありがとう」
「いえ、いつでもお申し付けください。本日作った菓子の数々は、より美味しくなるように改良しておきます」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
そうしてヨアン専門の厨房を出た俺は、私室で汚れた服を着替えてから、王宮の執務室に向けてロジェとローランと共に転移をした。
「レオン、来たのか? 今日は仕事の日ではないはずだが」
執務机で仕事をしていたアレクシス様が、突然現れた俺に視線を向けてくれる。もう他の文官たちは完全に慣れていて、驚くこともせずにそのまま仕事を続行中だ。
「突然すみません。仕事ではなくて、マルティーヌに用事があって。本日は暇があるでしょうか」
「確か……特別な予定はなかったはずだ。マルティーヌのメイドにレオンの来訪を知らせようか?」
「お願いします」
「分かった。では従者が戻ってくるまでこちらで待っていると良い」
アレクシス様はそう言うと、お茶の用意を頼んで自分もソファーに腰掛けた。
「今日も何か美味しいスイーツでも完成したのか?」
何気なく発したのだろうアレクシス様の言葉に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。そう言われるほど、マルティーヌにスイーツを持って来てるのか。
「アレクシス様も召し上がりますか?」
「良いのか? マルティーヌのだろう?」
「たくさん持ってきているので、マルティーヌに太ってしまうと怒られる可能性が……」
「はははっ、それはいけないな。では私もいただこう」
「ぜひ食べてください」
それからアレクシス様にどら焼きと大福、団子を食べてもらっていると、リシャール様が書類を持って戻ってきたので、三人でお茶会を続行した。
すると数分後にマルティーヌのメイドさんが執務室にやってきて、マルティーヌが中庭の東屋で待っていることを教えてくれる。
「ありがとう。ではアレクシス様、リシャール様、俺は行きます」
「ああ、これは私たちでいただくな」
「はい。全部食べちゃってください」
「この和菓子というのはとても美味しい。ぜひ今度買わせてくれ」
「ヨアンに言っておきますね。凄く喜ぶと思います」
二人に見送られてメイドさんの案内で東屋に向かうと、そこにはとても可愛らしく着飾ったマルティーヌが待ってくれていた。
やっぱりマルティーヌ、凄く可愛いな……何度見ても思わず見惚れてしまう。
「レオン、いらっしゃい。会いに来てくれて嬉しいわ」
「いつも突然でごめん」
「良いのよ。気にしないで」
席に着くとすぐにメイドさんがお茶を淹れてくれて、東屋の近くには誰もいなくなった。俺たちが二人だけでお茶会をする時には、マルティーヌがいつも人払いをしてくれるのだ。
今日は和菓子の話をしたかったし、とてもありがたい。
「今日は新たなスイーツを持ってきたんだ。和菓子だよ」
「それって……レオンの記憶にある国のお菓子よね?」
「そう。覚えてくれてたんだ」
「もちろんよ。ずっと食べてみたかったの。嬉しいわ」
どら焼き、大福、団子の順にテーブルに出すと、マルティーヌは瞳を輝かせて三つの和菓子を順に見つめた。
「この茶色いものはチョコレートではないの? 少し色が違うけれど」
「うん。それはあんこっていうものなんだ。今日のは全てあんこの和菓子だよ。俺が一番好きなのはどら焼きかな」
「このパンみたいなものね。これは……ナイフとフォークで食べれば良いのかしら」
「本当は平民向けのクレープみたいに手掴みなんだけど、抵抗があればナイフとフォークでも良いよ。これからシュガニスで出す時には、ナイフとフォークで食べやすいようにするだろうから」
その言葉にマルティーヌは少しだけ悩んでから、恐る恐るどら焼きを素手で掴んだ。
「ここでしか出来ないから、手掴みで食べてみるわ」
「確かに二人だけの時しかできないね」
「ええ……では、食べてみるわね」
指先だけで恐々とどら焼きを持つマルティーヌはゆっくりと口元に運ぶと、パクッと小さくどら焼きにかぶりついた。しかしまだあんこに辿り着かなかったらしい。首を傾げてもう一度口に入れる。
「んっ!」
まだ口にどら焼きが入っている状態で、マルティーヌは瞳を見開いて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「これ、美味しい」
「そう言ってもらえて良かった」
「なんだか落ち着く味ね。ホッとするわ」
マルティーヌにそう言ってもらえるのが嬉しくて、口端が緩んでしまう。どら焼きを食べてホッとするのって日本人だけじゃないんだな……確かにケーキとかに比べたら、素朴な味だ。
「皮だけでも結構いけるんだ」
「確かに最初に皮だけを食べたけれど、美味しかったわ」
「だよね。あっ、三つとも全部を食べなくて良いよ。量が多いから」
「ありがとう。では次はこちらを食べてみるわね」
それからの俺たちは美味しい和菓子を堪能しながら、最近の大公領の様子について話に花を咲かせた。
マルティーヌとの時間は本当にあっという間で、とても楽しくて幸せだった。早くマルティーヌと、ずっと一緒にいたいな。
〜あとがき〜
番外編まで読みにきてくださっている皆様、本当にありがとうございます!
今回は本編の方であまり書けなかった和菓子について書いてみました。私の中で和菓子にハマりそうなのは、リシャール様とロニーです。もしかしたらいずれ、和菓子友達になっているかもしれません笑
番外編はこんな速度でゆるりと更新していきますので、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
蒼井美紗
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます