第479話 帰国
次の日の朝。捕虜に水と食料を配って回ってから、俺とファブリスはアレクシス様の執務室に転移をした。王都から魔物の森よりも距離が近いので、魔力を二割ほど残して転移に成功する。
「レオン! 待っていたぞ。どうだった? 怪我などはしていないか?」
アレクシス様がすぐ心配そうに駆け寄って来てくれて、俺はその様子を見て心が温かくなった。こうして本心で心配してくれてるのが分かると嬉しいな。
「怪我などはないので大丈夫です。ファブリスも無事です」
「そうか……良かった」
部屋の中を見回すと、リシャール様やその他の上層部の人間、さらには騎士や文官も数人いて、執務室内はかなりの密度だ。
「たくさんの方が集まってくださったのですね」
「ああ、その方が今後の動きがスムーズだと思ったのだ。もしレオンが人払いをと言うならばそうするが……」
「いえ、大丈夫です。皆さんに聞いていただけるとありがたいです」
「分かった。ではレオンはこちらへ」
俺はいつものソファーを勧められて、その周りを集まっている皆が囲んだ。ファブリスは大欠伸をしながら部屋の隅だ。
「では、エリディトラス王国で何があったのか聞いても良いだろうか?」
「はい」
それから俺がエリディトラス王国に転移をしたところから全てを話すと、執務室に集まる皆の表情は厳しいものになった。
「上層部はそんな状態なのか……」
「はい。まさに狂信者といったような感じです」
「しかし騎士や強化された者には、自ら進んでではなく人質を取られてという者もいるんだな」
「そうですね……私の体感では半分以上は止むを得ずといった雰囲気でした。正確なところは分かりませんが、エーデン教は上層部ほど信仰が厚くて、平民はそれほどではないと思います。特に魔素の結晶による研究で犠牲者が出始めてからは、エーデン教、そして王家への不信感は広がっていったのではないでしょうか」
エリディトラス王国の人たちと触れ合った感想を伝えると、アレクシス様は真剣な表情でペンを走らせた。
「それで、上層部やレオンに対して危害を加えようとした者は皆捕えたのだな」
「はい。なので王宮はほぼ空でして、早急に国をまとめ上げる代わりの人や組織がなければ、あの地域はかなり荒れると思います。現時点で平民の生活はとても良いとは言えないもののようですから……」
「分かった。そこは我が国が引き受けよう。ここからは私に任せてくれ」
アレクシス様の頼もしい言葉に、俺は心からの感謝を込めて頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
武力で制圧するのは簡単だけど、その後で半ば乗っ取った形の他国を上手く立て直すのは相当に大変だろう。それを引き受けてくれるアレクシス様には本当に感謝だ。
俺もできる限り協力しよう。
「エリディトラス王国には転移で行けるのだろうか」
「はい。私が転移で連れて行きます。一日おきになりますが」
「それはもちろん構わない。では先発隊をレオンの転移で移動させ、それ以外は他国への牽制や喧伝のため、馬や馬車での移動としよう。周辺国への周知も必要だろうからな」
「かしこまりました。転移が必要な場合はいつでも言ってください」
「ありがとう」
それからアレクシス様たちは忙しく仕事を始めたので、俺は邪魔にならないようにと執務室を後にした。俺の仕事はここまでだ。
「ミシュリーヌ様、魔素の結晶に関しては俺たちでなんとかしましょう。とりあえず世界中に散らばる神域に神託をお願いします」
ファブリスに乗って屋敷に戻りながらミシュリーヌ様に声を掛けると、ミシュリーヌ様からはすぐに返答が来た。
『分かったわ。魔素の結晶を私に供えて欲しいって伝えれば良いの?』
「そうですね……」
回収するのが一番良いと思ってたけど、魔素の結晶っていくら回収しても新たに生まれるし、回収し切れるわけがないよな。
そうなると、世界中で使用に関する規則を設けたほうが良いのかもしれない。
「とりあえず、魔素の結晶は生活を豊かにするミシュリーヌ様からの贈り物だから、悪意あることに使ったら神罰が下るとでも言ってもらえますか? それでしばらくは、魔素の結晶を悪事に利用しようと考える人はいなくなると思うんです」
『確かにそのぐらいにしておいた方が良いかもしれないわね。神様らしく神託しておくわ!』
「よろしくお願いします。それで後から……魔法具を他国にも広められるようになったら、魔素の結晶の使い方も同時に広めます」
魔法具の燃料として使えば世界中の魔素の結晶が消費されることになるし、その方が良いだろう。一番の問題は攻撃魔法具が強い力を持つことだけど、それは国同士で使わないというふうに取り決めてもらうしかない。
その辺は今悩んでも仕方ないし、これから臨機応変に、アレクシス様と相談しつつやろう。
『そうね。じゃあ近いうちにやらないといけないのは神託ぐらいかしら』
「はい。よろしくお願いします」
ミシュリーヌ様との会話が終わったところでちょうど屋敷に到着し、エントランスに向かうとマルティーヌが出迎えにきてくれた。
「レオン、無事で良かったわ」
「マルティーヌ、ただいま」
自分の家に帰るとマルティーヌがいるという状況に、俺の頬は緩みきってしまう。いずれはこれが当たり前になるんだよな……幸せすぎる。
「怪我などはしていない?」
「うん、大丈夫。エリディトラス王国もこれからは良い方向に向かっていくと思うよ。あっ、でもエリディトラス領とかになるのかな。ラースラシア王国で統治することになるから」
「そうなのね。それならば安心だわ」
マルティーヌはアレクシス様のことを信頼しているのか、安心したように頬を緩めた。
「レオンはこれからもエリディトラス王国に関わるの?」
「うーん、どうなるだろう。少しは手助けすると思うけど、基本的には国としてアレクシス様やリシャール様が動いてくれるかな。俺は使徒としての力が必要な時だけになるかも」
「それならば大公領の開発に集中できるわね」
俺はマルティーヌのその言葉を聞いて、自分でも驚くほどに心が浮き立った。やっぱり悪意に対峙してるより、幸せな未来のために仕事をしてる方が楽しいよな。
「まだまだやりたいことはたくさんあるから、良い領地になるように頑張るよ」
「応援しているわ。私もまた訪れて良いかしら」
「もちろん! その時はまた変装する?」
「ふふっ、しようかしら。別人になりきるのは楽しかったわ」
俺とマルティーヌは楽しく談笑しながら屋敷に入り、そのままお茶会室で美味しいスイーツとお茶を堪能しながら話を続けた。
マルティーヌとする未来の話は、とても楽しかった。
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