第471話 救出
「早く走れっ!」
バチンッという鋭い鞭の音と共に俺たちに向かってファイヤーボールが放たれたけど、ファブリスは楽々攻撃を避けて相手に近づいていく。
「くそっ、もう気付かれたのか……!」
「マルティーヌを解放しろ! 大人しく従えば命までは取らない!」
声が届く距離になったので相手に呼びかけると、相手は悩んだのか少しだけ黙り込んだけど……次に発した言葉は魔法名だった。
「ファイヤーウォール! おい、早く走れ!」
「ウォーター」
俺は相手の攻撃を水魔法で相殺し、ファブリスのふわふわな毛を掴んで体を固定しているバリアを解除した。そして片足を立てる体勢になり……
「ファブリス、行ってくる」
マルティーヌが閉じ込められている籠の上に転移をした。動いてるものへの転移は初めてだったけど、無事に成功して籠の上で体勢を整える。
「なっ……っ、おい! あいつを振り払え!」
敵の男は俺が一瞬にして上に乗ってきたことで混乱しているのか、鞭を必死に叩きながら獣に無茶な命令を下している。
俺はとりあえずその男は無視して、マルティーヌの救出に専念することにした。
籠を固定してる紐は……これとこれだな。バリアを小型ナイフの形にして紐を切ると、籠が一瞬のうちに傾き……しかし地面に落ちる前にまた転移を発動して、俺は籠と共に近くの地面に着地をした。
「マルティーヌ、すぐ助けるからちょっと待ってて!」
安心してもらえるように声を掛けてから、バリアの剣で籠の鍵を壊して扉を開ける。そして中にいるマルティーヌを引き出すと……マルティーヌは大粒の涙を溢れさせていた。
俺はその表情を見て泣きそうになり、目元を拭ってからマルティーヌを縛る布や紐を解いていく。
「ケホッ、……ッゴホゴホッ」
口に巻かれた布を外したところで、マルティーヌは激しく咳き込んで苦しそうな呼吸をした。
「マルティーヌ、大丈夫? 助けに来るのが遅れて本当にごめん。辛いところはある?」
「の、喉が……乾いて、水を」
「水ね、分かった」
マルティーヌの背中を抱えてコップに入った水を口元に運ぶと、ゆっくりとそれを飲み干してほぅと息を吐く。
「ありがとう。楽になったわ」
「他に辛いところはある? 今はあんまり魔力がなくて回復は少ししかできないんだけど……」
「大丈夫。特に乱暴をされたりはしてないの。ただあの木箱の中が埃っぽくて、口を縛られていた布のせいで口が閉じられなくて、喉がやられてしまって」
俺はマルティーヌのその言葉を聞いて、犯人たちに強い怒りがまた湧いた。そしてそれと同時に、無事に助け出せて本当に良かったと安堵の気持ちも胸に広がる。
「マルティーヌ……」
力なく微笑むマルティーヌを見ていたら堪らない気持ちになり、俺はマルティーヌを強く抱きしめた。
「レオン……本当に、本当にありがとう。助けてくれるって信じてたけれど、怖かったわ」
そう言って俺の肩に顔を埋めてきたマルティーヌの頭を、ゆっくりと撫でて少しでも傷が癒えるようにと強く願った。
「もう大丈夫だよ。ミシュリーヌ様が犯人を特定してくれてるし、すぐに首謀者まで判明するはず。だからもう怖い思いをすることはないし、また攫われるなんてことも絶対にない」
俺のその言葉にマルティーヌは無言なまま頷き、少し体の力を抜いた。
それから数分そのままでいると、マルティーヌは少し落ち着いたようで体を起こしていつも通りの笑みを浮かべた。
「もう大丈夫よ」
「本当に? 無理してない?」
「ええ、私にはレオンがいるって思ったら落ち着けるわ。それにミシュリーヌ様が味方だなんて最強だもの。ファブリス様も助けに来てくださったし」
マルティーヌが視線を向けた先では、敵を倒したファブリスが地面に寝そべって大欠伸をしている。近くに積み重なっている人間や獣は息があるのかないのか……聞きたいような、聞きたくないような。
「マルティーヌ、歩ける? ファブリスのところに行こうと思うんだけど。無理そうならここにバリアを張ってソファーを出すよ」
「歩けるわ。一緒に行きましょう」
そう言ったマルティーヌは無理をしてる様子はなさそうで、俺は安心してマルティーヌの手を取った。手を繋いでファブリスの下に向かうと、ファブリスはこちらに視線を向けてゆっくりと口を開いた。
『主、二匹の獣とそれに乗る人間は逃げたから逃したぞ。三匹の獣と三人の人間は我に向かってきたので殺した』
「……そっか、ありがと」
こいつらはどうするかな……とりあえず王都に獣の死骸はたくさんあるし、人間も捕らえられている。わざわざ王都まで運ぶ必要はないか……
「ファブリス、この人たちはこのまま埋めるから手伝ってくれる? 俺が穴を掘るからその中に入れて欲しい」
『分かった』
土魔法を使って深めの穴を掘ると、ファブリスは獣や人間を咥えて穴の中に落としていく。
『これで最後だ』
「ありがと」
最後にもう一度土魔法を使って、穴を埋めたら終了だ。
「よしっ、じゃあ帰ろうか」
暗い雰囲気を切り替えるように意図的に明るい声を出すと、隣にいるマルティーヌが優しい笑みを浮かべてくれた。
「皆は心配しているかしら」
「それはもう、この世の終わりってほどに心配してたよ。早く帰って安心させてあげよう」
「ええ、そうね」
「転移は使えないから、ファブリスに乗って帰ることになるんだけどごめんね。その格好を人目に晒すのは……避けた方が良いかな。服を着替えるか、上からローブみたいなものを被る?」
籠の中で寝ていたことで服や髪が汚れていたのでそう聞くと、マルティーヌは自分の姿を見下ろしてからすぐに頷いた。
「ローブを借りても良いかしら」
「了解。えっと……これで良い?」
フード付きのやつを取り出すと、マルティーヌは受け取って羽織り、満足そうに頷いてくれた。
「じゃあ帰ろう。ファブリス、また王宮までよろしくね」
『任せておけ』
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