第464話 次の約束と再会
口の中でとろけるマグロとほのかな甘みがある米と、レモンの爽やかさと適度な塩味と、そんな美味しい寿司を味わったところで、俺はリュシアンとナセルさんに視線を向けた。
「どうかな、これは寿司って言うんだけど苦手じゃない? ナセルさんもどうですか?」
「……私はとても好きです。生で食べるのがこんなに美味しいとは、驚いています」
そう言って幸せそうな笑みを浮かべたナセルさんに、俺はほっと安堵の息を吐く。
「そう言ってもらえて良かったです」
「普段は食べることができないのが残念ですね……」
「もし食べたければ、リュシアンを通して俺を呼んでください。転移で簡単に来れるのでいつでも来ますよ。俺も寿司を食べたいですし」
「かしこまりました。ありがとうございます」
ナセルさんはにこやかな笑みを浮かべてお礼を口にしたけど……これは遠慮して俺を呼ぶなんてしないだろうな。リュシアンに会いに来た時は、ついでにここにも寄ることにしよう。
ナセルさんとの話に一段落がついてリュシアンに視線を向けると、リュシアンは微妙そうな表情で寿司を見つめ僅かに首を傾げていた。
「リュシアンは好きじゃなかった?」
「うーん、いや、そういうことじゃない。……ただ焼いた魚よりも美味しいかと言われると、すぐには頷けないなと思っていたんだ。例えばこのマグロがステーキだったとしても、十分に美味しいと思うぞ?」
そう言われると、その意見も一理あるんだよな。
でも寿司は生だからこその美味しさがあると思う。なめらかな食感とか繊細な甘さとか、口の中で溶けるような感覚とか。
「もちろん火を通しても美味しいんだけど、生でも食べられると美味しさが二通りになるって感じかな。この形はどう思う? 一口サイズの米の上に魚が載ってて、塩とレモンで味付けされてるのは。生は一般に広げられないけど、火を通した魚や卵焼きとか、ホタテを焼いたものとか、あとは肉とか。色々と載せても美味しいと思うんだ」
俺のその言葉を受けてリュシアンは頭の中に肉寿司や玉子寿司を思い浮かべたのか、美味しそうだなと笑みを浮かべた。
「色んな種類が少しずつ食べられるのは楽しくて良いな。私は多種類の肉が様々な味付けをされていたら嬉しい」
「肉寿司盛り合わせみたいな感じか。絶対に美味しいやつだ」
生の魚を使った寿司は難しいけど、火を通した海産物と肉や玉子、あとは野菜とかの寿司はありだな。それならこの国にも寿司屋を作れるかもしれない。
「食堂でメニューにすることを考えてみるよ」
それからも俺たちは寿司を味わって焼きシャケを味わって、さらにはマグロのステーキまで追加で作って、少し食べ過ぎたところで食事を終えた。
やっぱり海産物は美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまう。
「ナセルさん、今日はお時間をいただいて本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ貴重なものを食べさせていただいて感謝しております。またいつでもいらしてください」
「はい。近いうちに来ますね」
俺とリュシアンはナセルさんに挨拶をして厨房を後にし、トニーさんにも挨拶をして転移でタウンゼント公爵領の領主邸に戻った。
食事だけじゃなくて海産市場に出かけたり話し込んだりもしていたからか、もう日が沈み始める時間だ。
「うぅ〜ん、楽しかった」
「私も久しぶりに凄く楽しかったぞ。あの生で食べる寿司の美味しさはいまいち理解できなかったが」
「美味しいと思うんだけどね。でも確かに人を選ぶとは思う。マグロステーキの方が万人受けする……あっ、あれってアルベール様?」
転移で戻った応接室の窓から庭で遊ぶ子供が見えた。木剣を持って、縦横無尽に振り回しながら楽しそうに遊んでいる。
「本当だ。私がいないから一人で遊んでるんだな」
「かなり大きくなったね」
「……そうか? まだ小さいと思っていたが」
「前に会った時と比べたらかなり大きくなったよ。頭一つ分ぐらい? もっとかな」
あっ、こっちに気付いたみたいだ。こっちにというよりも、リュシアンにだな。ぱぁっと花が咲くように顔を輝かせたアルベール様は、俺たちがいる部屋に向かって一目散に駆けてくる。
「アルベール様! そちらには段差がありますので走らず向かわれてください……!」
従者の男性が慌てて追いかけている。このぐらいの歳の子に付くと大変だろうな。
「窓を開けてくれ」
「かしこまりました」
リュシアンの言葉を受けて従者が部屋の窓を開くと……そこからアルベール様の小さな指先だけが見えた。窓の位置が高くて顔が出せないみたいだ。
「兄上! 帰ってきたのですか!」
「ああ、先ほど帰った。アルベール、中に入るならエントランスからだぞ」
「入っていいのですか!?」
「構わない。ただ客人がいるから着替えてからな」
「分かりました。エントランスに行きます!」
窓から身を乗り出してアルベール様を覗き込んだリュシアンの言葉を受けて、アルベール様はまた走り出したらしい。トトトトッという可愛らしい足音が聞こえてくる。
「アルベールを呼んでも良かったか?」
「もちろん。久しぶりに会えて嬉しいよ。アルベール様って俺のことは知ってるの?」
「レオンのことは話してるから知ってるぞ。それに貴族の仕組みも……多分少しは理解している」
リュシアンは自信が無さそうな表情だ。アルベール様ってまだ五歳とか六歳だろうから、いくら教育を受けているとはいえ貴族の仕組みを完全に理解するのは難しいのだろう。
「普通にリュシアンの友達って感じでいれば良いかな」
「そうだな。ただ使徒様のことは色々と知っているから、それは教えてあげてくれ。多分凄く喜ぶ」
「……そうなの?」
「ああ、あいつは使徒様の話を聞くのが好きだからな。憧れらしいぞ」
なんかそれ、ちょっと恥ずかしいな……でも喜んでもらえるなら恥ずかしさは押し殺そう。
それから数分待っていると部屋のドアがノックされ、開いたドアからは瞳を輝かせたアルベール様が入ってきた。
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