第463話 米と海産物
とりあえずマグロの赤身っぽいところと脂が乗ってそうなところ、それからシャケの素人判断で一番美味しそうな部位。
あっ、ブリとかタイも前に手に入れたやつがそのままアイテムボックスに入ってたみたいだ。これもお寿司にしたら最高だし捌いてもらおう。
「このぐらいかな」
「凄いですね……この時期にこれほど新鮮なブリやタイがあるなんて、信じられません」
「アイテムボックスがあるからね。じゃあナセルさん、これを全部一口サイズに切ってもらいたいんだけど……一口サイズと言っても四角じゃなくて、薄い長方形って感じかな」
俺のその説明では二人に全く伝わっていなかったので、俺は近くにあったマグロを引き寄せて実践してみることにした。上手く切れるかな……
……うん、めちゃくちゃ下手。でも辛うじてどんな大きさに切ってもらいたいかは伝わっただろう。
「それほど小さく切るのですね。それを焼くのですか?」
「ううん。これを生のまま握った……というよりも丸めた米って言えば伝わるかな。それに載せて塩とレモンで食べるんだ」
「な、生で食べるのか!?」
俺の言葉に衝撃を受けたのかリュシアンは瞳を見開いて叫び、俺の顔と魚を交互に見つめた。
「うん。ただこれは俺が魔法を使うことで安全に食べられるだけだから、他に広められる食べ方じゃないけどね。二人も抵抗がなければちょっと食べてみて、美味しいから」
「……確かにレオンなら大丈夫だな。わ、分かった。私は食べてみるぞ!」
リュシアンは死地にでも赴くかのような真剣な表情で拳を握った。
「ははっ、そんなに気合を入れなくても大丈夫だよ。ナセルさんも嫌じゃなければ少し味見をしてみてください」
「か、かしこまりました」
「とりあえず、作っちゃいましょうか」
それからナセルさんが魚を捌いて切ってくれている間に、俺は米の準備をした。米を炊いて少し冷まして握りやすいようにする。本当は酢飯が良いんだろうけど、この世界にはまだ米酢がないので酢を混ぜるのはやめておいた。この国に元々ある酢は癖が強いから。
「これが米か」
「あれ、リュシアンって食べたことないんだっけ」
「ああ、話に聞いたことがあるだけだ」
「マジか」
初めて食べる米が寿司っていうのはちょっと微妙かもしれないな……普通に焼きシャケも作って白米と食べてもらおうかな。
「ナセルさん、シャケは三切れだけ大きめに切ってもらえますか? 普通に焼いて食べる用に」
「かしこまりました」
それからもナセルさんのおかげで手際良く調理は進み、約一時間で調理台の上にはツヤツヤとした美味しそうな寿司がたくさんと、ほかほかの白米、さらには塩を振って焼いたシャケが並んだ。
俺はアイテムボックスからコンパクトなテーブルと椅子を取り出して、厨房の中に簡易の食事スペースを作る。
「まずは米と焼きシャケから食べようか。海産物は米との相性が抜群なんだ。こうしてシャケを一口分だけ米に載せて一緒に口に運べば……うん、めっちゃ美味い」
俺の笑顔を見てリュシアンが恐る恐るシャケと米に手を伸ばし、ナセルさんもリュシアンの後に二つを一緒に口へと運んだ。
すると二人の表情はだんだんと驚きに染まっていき、無言で二口目に手が伸ばされた。これは気に入ってもらえたかな。
「……驚いたぞ。米とはこんなに美味しいのだな。パンよりも米の方が何倍も焼いたシャケに合う」
「これは、驚きました」
米はかなりの高評価みたいで、二人とも艶々と輝く米を凝視している。
「特に焼きシャケとか、魚を焼いたものにはパンよりも米の方が合うんだよね」
「レオン……米はこれから普及するんだよな?」
「うん。大公領の特産品とする予定だから」
「それなら、これからは海産物がより売れるな。確実にそうなる」
確かに……そうかもしれない。この国で海産物が流行りきらないのは、パンとあんまり相性が良くないっていうのもあるのだ。米と一緒に食べてもらえば、海産物のおいしさをより理解してもらえるだろう。
「米を広めるために食堂をやってるんだけど、そこで海産物も扱おうかな」
「それ良いな! レオン、タウンゼント公爵領から食材を仕入れるのを勧めよう」
リュシアンがニヤッと楽しそうな笑みを浮かべながら言ったその言葉に、俺は苦笑しつつ頷いた。
「了解。まだ大公領で海産物を安定供給できるのは先だし、この街から仕入れさせてもらうよ。信頼できる商会を教えてくれる?」
「もちろんだ」
そうして軽い雰囲気の会話でかなり大きな今後の取り引きを決定したところで、俺たちは次に寿司を食べてみることにした。
最後にもう一度だけ魔法を使って食べても大丈夫か確かめてから、マグロの赤身寿司をスプーンに載せる。
塩とレモン汁を少しだけかけて口に運ぶと……その美味しさに、懐かしさに、思わず涙がこぼれそうになった。
やっぱり寿司って、日本を感じるな。素人が作った寿司なんてクオリティはかなり低いんだろうけど、この世界に来てから初めて食べる寿司は感動の美味しさだ。
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