第460話 初めての海

「楽しかったぞ」


 リュシアンの口調を真似ることにしたマルティーヌが礼拝堂を出てそう口にしたのを聞いて、俺は微笑ましさに頬が緩んでしまう。


「良かった。じゃあ次は海に行くので良い?」

「もちろん!」


 今回の大公領訪問で、マルティーヌが一番楽しみにしていたのが海を見ることなのだ。ステファンに海に行くという話をしたら、凄く羨ましがられたと言っていた。


「馬車だと少し時間がかかるから転移で良い? まだ道も綺麗に整備できてないんだ。ファブリスは屋敷で寝てるっていうし」

「構わないけど、レオンの魔力は大丈夫……なのか?」

「うん。海は近いし問題ないよ」

「じゃあ、頼む」

「了解」


 俺はマルティーヌ達に近くに寄ってもらい、さっそく転移を発動した。転移先は、海が一望できる小さな岩山の上だ。


「うわぁ……凄い」


 目の前に突然広がった光景に、マルティーヌは瞳を煌めかせた。大きく息を吸い込むと、海風を全身で感じるように何歩か前に出る。


「不思議な香りがするわね」

「海の香りだよ」

「あっ、口調……は誰もいないから気にしなくて良いわね」

「うん。ここでは自由にして」


 マルティーヌはゆっくり頷くと、俺から海に視線を戻した。今日の海は荒れてるということもなく、雄大で穏やかだ。海をぼーっと見てると心が落ち着くよなぁ。


「海とは、とても素敵な場所なのね」

「怖さもあるけど、やっぱり魅力を感じるよね」


 ロジェたちにも視線を向けると、ロジェはさすがに海を何度も見ていて慣れたのか表情は変えていなかったけど、じっと水平線を見つめていた。ローランは瞳を煌めかせている。


「皆で海を眺めながらお昼にする? 風もそんなに強くないし」

「それ良いわね。そろそろお腹が空くなと思っていたの」

「じゃあ少し場所を移動しようか。この岩場はさすがに椅子を置くのも難しいし」

「そうね」


 転移で砂浜に移動した俺たちは、砂浜に布を敷いてお昼ご飯を食べることになった。やっぱり海といったらこのスタイルだよね。


 食べるものは何にしようかな。俺のイメージでは海って焼きそばとかフランクフルトなんだけど、どちらもないからここでもすぐ準備できるものにイメージを広げて……やっぱり串焼きかな。

 あとは唐揚げとかフライドポテトとか。この二つは紙コップに入ってるイメージだ。いや、それってお祭りの屋台だっけ。


 まあ、こういうのは雰囲気重視だからなんでも良いか。とりあえず串焼きを一人二本ずつ出して、唐揚げは皆でつまむ感じで大皿で。フライドポテトは木製のコップにそれぞれ入れてみた。そしてトマトソースとマヨネーズを自由につけられるように置いておく。


 あとは焼きそばの代わりにチャーハンだ。うん、豪華で良い感じ。こういう食事が並んでるのを見ると落ち着くんだよね。日本人が全員大好きなやつって感じで。


「ふふっ、レオンの好きなものばかりね」


 並べられたメニューを見てマルティーヌが楽しそうにそう言った。マルティーヌには好きな食べ物の話なんて何度もしてるから、こういうことはすぐにバレてしまう。


 それに唐揚げやフライドポテトは日本のものに近づけようと料理人たちと試行錯誤したから、マルティーヌにも何度も味見をしてもらったのだ。


「俺が選ぶとそうなっちゃうんだよね。マルティーヌは何か食べたいものがある? ロジェたちも」

「そうね。食後のデザートは食べたいわ」

「それはもちろん出すよ」

「私たちもご一緒してよろしいのでしょうか?」


 ロジェのその言葉にすぐ頷くと、ロジェは少しだけ悩んでからまた口を開いた。


「では、餃子を少しいただけたら嬉しいです」

「了解!」


 俺はロジェが食べたいものを言ってくれたことが嬉しくて、食い気味に反応してすぐに餃子を出した。餃子に合うだろう各種調味料もだ。


「ありがとうございます」

「ローランとメイドさんは大丈夫?」

「私は大丈夫です!」

「私もこれだけあるならば十分でございます」


 そうして皆の要望も聞いたところで、綺麗な海を見ながら食事を開始した。少しだけ風が強くなってきたので、バリアで風を防いで快適な食事だ。


「やっぱり唐揚げ、最高に美味しい」

「外側のパリッとした食感と中のジューシーさが良いわよね」

「チャーハンも最高です。これを食べてからパンよりも米の方が美味しいと思いました」


 パンよりもコメ派が増えてくれると嬉しいよな。パンも美味しいことはもちろんなんだけど、この世界ではまだ米の認知度が低いから一人でも多く米派を増やさないと。


「こういうレオンの好物ばかりがメニューの食堂があっても良いかもしれないわね」

「それ良いのかな? 来る人いる?」

「使徒様の好物が食べられるなんて……! って感じで、礼拝堂に参拝に来た人達が訪れそうだけれど」


 確かにそう言われると……ありかも。ミシュリーヌ様への信仰心を持ってくれてる人は、俺に対しても尊敬の心を持ってくれるもんな。

 俺の好物が喜ばれるっていうのは、本人的にはちょっと微妙だけど……まあ、喜んでもらえるなら良いか。


「作る方向で考えてみるよ。他にもこういうものがあったら良いんじゃないかとか、意見があったらなんでも言ってね」

「分かったわ。王宮に帰ってじっくり考えるわね」

「ありがとう。心強いよ」


 それからも俺達は楽しくご飯を食べて、午後は海をゆっくりと楽しんだ。

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