第458話 領地を案内

 ファブリスは領地の大公邸前に止まってくれていたようで、目の前に未だ建設途中の大きな屋敷があった。作業中の建築士たちはファブリスにも完全に慣れたようで、軽く俺たちに頭を下げるとすぐ作業に戻っていく。


「ファブリス、ありがとう。じゃあ皆バリアを解除するから降りてくれる?」


 寝そべったファブリスからまず飛び降りたのはロジェとローランで、二人はすぐに他の人たちが降りやすいように台を設置してくれた。


「マルティ……じゃなかった、クレンは転移で降りる?」

「ううん、大丈夫。……飛び降りた方が王女だってことを隠せるでしょ?」


 マルティーヌは小声で後半の言葉を付け足すと、楽しそうな笑みを浮かべて足を揃えた。そして身軽にファブリスから降りて着地をする。


「おおっ、凄い」

「わ……お、俺も鍛えてるから」


 めちゃくちゃ言い慣れてない感じが伝わってくるなぁ。俺はマルティーヌの少し恥ずかしそうな男言葉に、ちょっといたずら心が湧いた。今日はいつも以上に話しかけようかな。


「レオン様、おかえりなさいませ」

「アルノル、ティエリ、今戻ったよ。今日は客人がいるんだけど事前に伝えてなくてごめん。急遽来ることになったんだ。俺の友達でクレン。案内とかもてなしは俺の方でするから気にしなくて良いよ」

「かしこまりました。クレン様、ようこそお越しくださいました」

「ああ、出迎えありがとう。み、短い間だがよろしく頼む」

「もちろんでございます。何かご要望がありましたら、私たちでも他の使用人でも遠慮なくお申し付けください」


 アルノルは完璧な仕草で礼をして、顔に微笑を浮かべた。これはマルティーヌだって気付かれてるのか気付かれてないのか、どっちなんだろう。

 今回はロジェとローラン以外でマルティーヌが来ることを明かした人はいないから、アルノルたちもクレンが誰なのかを知らないはずなのだ。


「じゃあクレン、まずは大公邸を案内するよ。まだ完成には遠いけど結構できてるんだ」


 大公邸はとりあえず外観はほとんど完成している。中も一応部屋という形にはなっていて、今は壁の塗装をやっていたり床に絨毯を敷いていたり、そういう細かい部分の工事になっている。


 エントランスを通って中に入ると、そこはがらんとした広い空間だ。まだシャンデリアとか装飾は一切ないので、ちょっと物珍しい光景だよな。


「凄い……。こんな状態の屋敷を初めて見た、よ」

「あんまり見ることはないよね。ここから壁紙を貼ったりして豪華になっていくんだって」


 マルティーヌは瞳を輝かせて、建設途中の大公邸を右に左にと見回している。楽しそうで可愛いなぁ。今回はあんまり近づいたり手を取ったりできないのが辛い。


「クレン、次はこっち。食堂や厨房があるよ」

「右側が食堂なのね」

「うん。エントランスを左に行ったところには客室と応接室があるんだ。後はちょっとしたパーティーを開けるようなホールが二つも。でもその辺は本当に何もないから、今日見てもらうのはこっち側だけになるかな」

「ホールが二つもあるんだ」

「そう。公に使えるホールと、家族用みたいな小さいのが二つ。家族用の方はホールって呼ぶのはちょっと違うかな……お茶会室みたいな感じ」


 屋敷の一番端に位置しているその部屋は、ガラスの窓をかなり大きくして庭に咲く花を楽しめるようにする予定だ。普段の食事は食堂になるけど、たまにはそこで昼食とかを食べるのも良いかなと思っている。


「それは楽しみ……だね」

「そうなんだ」

 

 それから屋敷の中を一通り案内した後は、屋敷と同じく丘の上にある果樹園や温室……となる予定の場所を見て回り、馬車に乗り込んで丘を下った。

 

 馬車が止まったのは、高級店が立ち並ぶ予定の大通りだ。マリヴェル商会の建物がついこの間完成して、他の仮の建物にもいろんな商会やお店が入ったので、かなり賑やかになっている。


「ここが王都の中心街みたいな場所?」

「そう。この領地は観光地にする予定だから、これからは宿とかもたくさん建つかな」

「レオン様、またこちらに戻られたのですね!」

「そうなんだ。俺の友達のクレンだよ」


 建築士の若い男性たちが声をかけてくれたので、笑顔で答えてマルティーヌを紹介する。


「おおっ、レオン様のご友人なんて珍しいですね」


 この領地は少ない人数から始まったので、俺も街にいる皆とはかなり仲を深めることができている。こうして話しかけてもらえると嬉しいよなぁ。


「レオン様に対しても思いましたけど、貴族様は男性でも綺麗ですよね〜」

「そ、そうかな。ありがとう。クレンだ」


 マルティーヌは綺麗という言葉に正体がバレると少し緊張したのか、焦った様子で声を発した。低い声を出すようにしてるけど、やっぱり声も男とは違うもんな。


「クレン様、まだ慌ただしい感じですけど楽しんでいってください!」


 建築士の皆とそんな話をして、次に向かったのは礼拝堂だ。すでにこの街のシンボルのようになっていて、ここで働く皆は仕事終わりや仕事の休憩、朝の散歩でも礼拝堂に行ってお祈りをしている。


「王都にあるのと同じ、だな」

「ミシュリーヌ様に作ってもらったからね。お祈りしていく?」

「うん。せっかくだから」


 俺はマルティーヌの手を引くのを我慢して礼拝堂の中に入ると、中に俺たちしかいないことを確認して入り口のドアを閉めてもらった。

 これで中には俺とマルティーヌ、ロジェ、ローラン、マルティーヌのメイドさんの五人しかいない。少しだけマルティーヌも息抜きできるかな。

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