第437話 大公家の食堂開店

 今日はとてもめでたい日だ。何の日かというと……大公家の食堂が開店する日なのだ。つまり父さんと母さんの食堂が再開する日でもある。

 ついにこの日が来たかと、本当に感慨深い。二人から食堂の仕事を取り上げちゃったのは俺だから、また二人が働けるようになって良かった。


 俺は今、食堂の裏にある一室にいる。俺の他にいるのは父さんと母さん、ティノ、マリーだ。開店まで後一時間ほどで、お店では雇った従業員がテキパキと働いて準備をしてくれている。従業員とは何度か顔を合わせてるけど、ロニーとティノが選別してくれただけあって、とても良い人達ばかりだ。


「ついに開店ね。緊張するわ」

「ロアナさん、大丈夫です。ちゃんと準備をしてきたんですから」


 ティノはこの食堂にいる時だけ、父さんと母さんのことをさん付けで呼ぶという決まりにしているようだ。確かに様付けで呼んでたら、身分がバレバレだからね。


「ロアナ、頑張ろう」

「ええ、喜んでもらえるように頑張るわ。お客さんは来てくれたかしら」

「母さん、その心配はいらないよ。さっきお店の前に何人もお客さんが並んでるのを、確認したから」


 この食堂は大公家によるものだと宣伝しているので、大公家と少しでも縁を持ちたい人達がたくさん訪れているんだと思う。最初のきっかけは大公家だからという理由でも、お客さんを集められれば良い。

 そうして一度来て料理を食べてくれさえすれば、このお店にハマってくれるはずだから。美味しさは他の食堂と比べ物にならないからね。さらに新しい料理ばかりだから、珍しさでもお客さんが集まるだろうし。


「貴族様が来たりはするかしら」

「うーん、一応中心街の入り口寄りに位置してるから、貴族はあんまり来ないと思うんだけど……貴族家の使用人は確実に来るだろうし、商人もたくさん来ると思う。貴族も下位貴族は来るかな」


 でも貴族が来ても良いように接客を教え込んだし、大丈夫だろう。最低限の礼儀は弁えられているはずだ。


「じゃあロアナ、そろそろ厨房に入ろうか」

「そうね」


 それからしばらくは忙しく動き回り、ついに開店となった。開店と同時にお客さんが店内に入ってきて、すぐに席はいっぱいになる。


「いらっしゃいませ。こちらがメニューです。ご注文の品が決まりましたらお声がけください」

「分かりました。ありがとうございます」


 そんなやり取りがそこかしこから聞こえてくる。ちなみに俺はお店には出ず、厨房からカウンターを通してお店の様子を伺っている。マリーも一緒だ。


「すみません!」

「はい。お決まりですか?」

「この焼き餃子と水餃子、後はチャーハン? ってやつをもらえますか?」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 おおっ、さっそく餃子が頼まれている。さらにチャーハンもだ! 実はこの食堂の開店に合わせてお米も少しずつ広めようと思い、この食堂ではいくつかの米料理をメニューに加えているのだ。その中でも一番の自信作がチャーハンだ。

 チャーハンは塩胡椒の味付けでかなり美味しくなるので、醤油なしでも完成度が高くなっている。


「お待たせしました。焼き餃子と水餃子、さらにチャーハンです」


 料理を受け取った二人組の男性達は、まずチャーハンを食べるみたいだ。スプーンで恐る恐る掬って口に入れると……驚きに目を見開いた。


「何だこれ、美味っ!」


 思わず素が出たようで、そんな男性の声を聞いた周りのお客さんも、次々にチャーハンを頼んでいく。

 実はチャーハンには鶏がらスープが使われているのだ。鶏がらスープはティノと初めて会った時に、ティノが出してきた料理の中にあった一つだ。あの時は本当に驚いたんだよね……今となっては懐かしい。


 水餃子やスープなどにも鶏がらスープを使っているので、この食堂の料理は他の食堂とは一線を画しているはずだ。俺は何度も食べてるけど、マジで美味い。鶏がらスープは大公家の料理人達にも伝えられていて、たくさんのアレンジがされている。


 ただラーメンはいまだに作れてないんだよね……ラーメンは麺が難しすぎるのだ。ラーメンもどきならできるけど、微妙な味にしかならない。


「お兄ちゃん、見てるとお腹が空いてくるね」

「本当だね。もう少ししたら俺達も奥で食事にしようか」


 やっぱりチャーハンと焼き餃子かな。それとも丼ものを食べようか……やばい、お腹が鳴りそうだ。やっぱり中華料理って匂いが最高なんだよね。空腹を刺激する匂いが強く香ってくる。これは外を歩いてる人も思わず中に入ってしまうだろう。


「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「はい」

「カウンターでもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 そんなやり取りをして店内に入ってきた一人の男性に何気なく視線を向けると……その顔は、よく見知ったものだった。


「イアン君!」


 俺は驚いて思わず大きな声をあげてしまう。しかし店内はザワザワと騒がしかったので、皆の注目は浴びなかったようだ。ただイアン君には気づいてもらえた。


「お久しぶりです」


 イアン君はカウンターの中を覗き込む形で俺達と視線を合わせ、丁寧に、しかし不自然にはならないように挨拶をしてくれる。


「びっくりしたよ……イアン君が来てくれるなんて。そうだ、一緒にお昼を食べない? 俺達もこれからなんだ」

「……良いのでしょうか?」

「もちろん」


 イアン君は俺が大公になって家族が大公家の一員になったからか、今までと違って敬語で返事をしてくれる。今まで通りにして欲しいって気持ちもあるけど、それはさすがに難しいよね。困らせることは言わないようにしよう。


「じゃあイアン君、そっちにある扉から中に入ってきてくれる?」

「かしこまりました」

 

 そうして俺とマリーはイアン君を連れて、裏にあるリビングのような部屋に入った。イアン君はその部屋に入って他のお客さんから離れたところで、しっかりと跪いて頭を下げる。


「レオン様、マリー様、お久しぶりでございます」

「本当に久しぶりだよね。元気だった?」

「久しぶりに会えて嬉しい!」

「ありがとうございます。元気に過ごしておりました」

「イアン君、まずは座って」

「ありがとうございます。失礼いたします」


 俺とマリーが席に着いてからイアン君も席に座り、俺達は久しぶりに三人でゆっくりと話す機会を得た。

 イアン君とは、俺が使徒だと分かって家族がこの食堂から公爵家、大公家と居を移してから会ってないから……半年ぶりぐらいだ。

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