第428話 降誕祭前夜祭in神界 後編

 まずは何から食べるかな……シナモンのシュークリームにしよう。俺はスイーツの山からお目当てのものを手に取り、幻想的な光景に癒されながら口に運んだ。


 やっぱり美味いな……さすがヨアンだ。シュークリームの皮の焼き加減とカスタードの量、さらにシナモンの量まで完璧だ。甘さはしつこくないけど甘みが足りないこともなく、ちょうど良い塩梅が追求されている。


「うぅ〜ん、幸せ! 最高に美味しいわ!」


 ミシュリーヌ様は右手にクレープ、左手にシュークリームを持ち、幸せそうな表情で交互に口にしている。


「それはシナモンが掛かったやつですか?」

「そうよ! これは普通のと違ってまた美味しいわよね」

「もちろん普通のも美味しいですけど、シナモンが加わると別の美味しさになりますよね」

「ええ、しはわせのあしはわ」


 口にシュークリームを詰めて喋られても分かりませんよ……俺はとにかく食べることに夢中なミシュリーヌ様に苦笑しつつ、落ち着くまではしばらく放置することに決めてシェリフィー様の方に視線を向けた。


「あっ、それは新作のミルクレープですね」

「このミルクレープ、凄く美味しいわ。地球でもあまりお目にかかれないレベルよ」

「シェリフィー様にそう言っていただけて良かったです。それは今度の降誕祭で貴族向けに売り出す特別なミルクレープなんです」

「だからこんなに豪華なのね」


 シェリフィー様は切り分けたミルクレープをお皿に載せて、フォークで優雅に食べている。隣にはフルーツティーも置かれていて、ゆったりと楽しんでいるようだ。


 両手にスイーツのミシュリーヌ様とは大違いすぎて、同じ女神なのかと疑いたくなってくるな。


「降誕祭ってミシュリーヌを讃える日なんでしょう? ミシュリーヌはちゃんとやれるかしら」

「大丈夫だと思いますけど……今の様子を見てると不安になって来ますね」


 まあ、やる時はちゃんとやってくれるとは思うけど。ヴァロワ王国での神託だって完璧だったし。


「そうだ、ミシュリーヌ様に威厳の出し方を教えてくれたのはシェリフィー様なんですよね。本当にありがとうございます。おかげで助かりました」

「私は漫画を渡しただけなんだけど。ミシュリーヌがハマって五回も読んでたから、これは良いかもって思ったわ」

「最高でした。これからもよろしくお願いします」

「今度次の巻が出るみたいだから、また渡しておくわね」

「ありがとうございます」


 ミシュリーヌ様に聞こえないように小声でそんな会話をして、シェリフィー様と微笑みあった。シェリフィー様と話すのは落ち着くな……ミシュリーヌ様と話すと楽しいけど疲れることも多いから。


『主人、そこにあるショートケーキを取ってくれるか?』

「これ? はいどうぞ」


 ファブリスは寝そべった状態でスイーツに囲まれ、身動きが取れなくなってるようだ。でもそんなことは気にせず着実に空の皿を増やしているのが、まさにミシュリーヌ様の神獣って感じだ。


「ファブリスはあんまり苦いものが好きじゃないよね」

『うむ、我はコーヒーやチョコレートなどよりも生クリームが好きだ』

「じゃあこのミルクレープなんて最高だね」

『それは素晴らしいな。もう五皿食べたぞ』


 五皿……マジか。このデカいホールのミルクレープを五皿も食べるとか、さすがファブリス。俺には無理だ。

 神界は下界とは全く違う原理が働いているので理論的にはいくらでも食べ続けられるんだけど、そうは言っても甘いものを食べ続けていたら精神的に気持ち悪くなってくる。そうならないファブリスやミシュリーヌ様は異常だと思う。


「とりあえず、無理せずに食べなよ」

『まだまだ問題ない』

「そっか……」


 ファブリスがホールのショートケーキを食べ切って、六皿目のミルクレープに向かったところで、俺はファブリスから視線を逸らした。なんだか見てるだけで胸焼けがしそうだ。


「チョコレートは美味しいけど、あと一歩よね〜」


 一心不乱に食べ進めて少し落ち着いた様子のミシュリーヌ様が、チョコを摘みながらそう呟いた。スイーツに対しては盲目になるミシュリーヌ様がそう言うってことは、まだまだ改良すべきってことだろう。


「やっぱり甘さですか?」

「それもあるけど滑らかさと。あとはカカオの種類じゃないかしら?」


 確かにそれもあるか……ちょっと苦味というか、口に残る渋みというか、そういうのが強い品種なのだ。やっぱりより美味しいチョコを追い求めるには品種改良かな。

 まあそれはしばらく先にならないと無理だから、まずは生クリームを入れたり砂糖を入れたり、あとは製法を少しずつ変えたりして美味しく改良になると思うけど。


「もっと美味しいチョコレートがこの世界でも食べられるように頑張ります」

「楽しみにしてるわね。チョコレートケーキが食べたいわ!」

「分かります。ガトーショコラとかティラミスも良いですよね。チョコチップクッキーとか」

「最高じゃない! そうだ、あと和菓子も待ってるわよ」


 ああ……和菓子ね。ちょっと目を逸らしていた。米もあるし作ろうと思えば作れるものはたくさんあるだろう。でもヨアンも忙しいからな……とりあえず、もう少し落ち着いてから手を出そう。和菓子を売るのならシュガニスじゃなくて別のお店を作ったほうが良いだろうし。


「和菓子はもう少し待ってください」

「そうなの? まあ、仕方がないわね。他のスイーツがたくさんあるから我慢するわ」

「そうしてください。――そうだミシュリーヌ様、降誕祭当日のことなんですけど」


 俺は大事な話を忘れていたことに気づいて、改良が必要だと言いながらチョコレートを頬張るミシュリーヌ様に声を掛けた。


「何かしら」

「当日は神像を光らせたり神託をしたり、何かしら信仰心を高めるための行動をお願いします」

「やった方が良い……わよね?」

「絶対にやるべきです。当日は大勢の人が教会を訪れますから、定期的にお願いします。ただ神域なのは中心街の教会だけなんですよね?」

「そうよ。だから神像を光らせられるのもそこだけね」


 それが一番の問題なんだよね……本当は他の教会でもやってほしい。神力をかなり使えば他の場所にも神託はできるだろうけど……それはさすがに勿体ないよな。

 まあ仕方ないか。日頃から神像が光ったり神託を授かるのは中心街の教会だけなんだし、皆もその事実は認識しているだろう。

 

「とりあえず中心街の教会だけで良いので、忘れずにお願いします。いつもやってるのよりも豪華にしてください」

「分かったわ。私に任せておきなさい!」


 ミシュリーヌ様は拳を胸にあてて、自信ありげにそう宣言した。最近はミシュリーヌ様も成長してるし、やる気になってくれたのなら大丈夫かな。


 それからは難しい話は終わりにしてスイーツパーティーを楽しみ、東屋を埋め尽くしていたスイーツを皆で食べ終えたところでお開きとなった。久しぶりの神界だったけど、楽しかったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る