第425話 豪華なミルクレープとチョコレート

 マリーとお茶会をしてから数日後。俺はヨアンに呼ばれて、ヨアン専用の厨房を朝から訪れていた。

 俺の他にいるのはロジェとローラン、それからロニーだ。本当はルノーも来る予定だったけど、他にどうしても外せない仕事ができたようで今日はロニーだけだ。


「レオン様、朝早くからありがとうございます」

「大丈夫だよ、気にしないで。ミルクレープが出来上がったのは俺にとっても一大事だから」


 昨日の夜遅くに降誕祭用のミルクレープが出来上がったと、ヨアンから連絡が来たのだ。本当は昨日の夜に見せてもらいたかったけど、さすがにそれは非常識かと思って今日の朝になった。


「さっそくですが、こちらが完成したミルクレープです」


 おおっ、凄く豪華だ! 果物の切り方や飾り方まで計算されているのが分かる。どの方向から見ても隙がない。


「これは凄いね。このソースはいつものと違うの?」

「はい。いつもは柑橘系のソースをかけているのですが、今回のミルクレープは果物のトッピングが多いため、バランスを取るためにソースは甘めにしてあります」

「そうなんだ……本当に美味しそう」

「生クリームもいつもより甘めに作ってあります。さらに一番下の層はクレープではなくタルト生地にしてあり、タルト生地にカスタードクリームを薄く塗って、その上からクレープの層となっています」


 ヨアンはそう説明をすると、大きな包丁を取り出してミルクレープを綺麗に切り分けてくれた。切り分けることも計算されて果物は盛り付けられているようで、切ったとしてもその美しさが崩れることはない。


「どうぞ、お召し上がりください」


 本当に特別なミルクレープだ。俺はヨアンによって目の前に供されたミルクレープをしばらく見つめ、フォークを手に取って一口分に切り分けた。そしてタルトからクレープ、果物までを上手くフォークに乗せて口に運ぶ。


 ……凄い、本当に美味しい。いつものミルクレープだって美味しいことに違いはないんだけど、これはその上をいく。頻繁に食べるものではなく、まさに特別な日に食べるスイーツという感じだ。

 降誕祭用の特別なミルクレープとして、これ以上の仕上がりはないだろうな。さすがヨアン、本当に凄い。


「ヨアン、完璧だよ。美味しいのはもちろんだけど、降誕祭で売りに出す特別なミルクレープ、それにここまで応えてくれるものは他にないと思う。本当にありがとう」

「そう言っていただけて良かったです。ではこちらで完成としてよろしいでしょうか?」

「もちろん!」


 これはシュガニスがより有名になるきっかけとなるだろう。これを食べた人は誰もが感動して、絶対にまたシュガニスを訪れてくれると思う。


「ロニー、予約状況はどうなってるんだっけ」

「予約は一瞬で埋まったよ。高位・中位貴族はほとんど全ての家から予約が来てて、下位貴族は早い者勝ちで勝ち取ったいくつかの貴族家がかなり羨ましがられてるみたい」

「そんなに凄かったんだ」


 高位・中位貴族はほとんど全てってことは、今までシュガニスに興味がなかった貴族家も全てってことだ。それって凄いよね……それほど降誕祭が重視されてるってことだろう。

 ミシュリーヌ様、良かったですね。ミルクレープも完成したことだし、今夜あたりでミシュリーヌ様のところに行ってみるかな。


「受け渡しは当日の二日前からで、下位貴族からだったよね。二日間はヨアンもシュガニスに応援に行ってくれるんだっけ?」

「はい。頑張って作ろうと思います」

「ありがとう。降誕祭が終わるまでしばらく大変だと思うけど、よろしくね」


 これで降誕祭に関する準備は終わったかな。後は当日を楽しむだけだ。それからミシュリーヌ様に当日は何かをやってもらおう。神像を光らせるとか、神域に神託をするとか。その辺も今夜話し合いかな。


「レオン様、それからもう一つご報告があります」


 準備が間に合って良かったと安堵していたら、ヨアンが冷蔵庫からもう一つスイーツを取り出してきた。お皿に載せられたそのスイーツは……チョコレートだ!


「チョコができたの!?」

「なんとか形だけは。しかしまだまだ改良しなければなりません。とりあえず美味しいとは思うのですが……売りに出せるほどではないです」


 そう言って自信なさげにヨアンが置いたお皿には、とても綺麗な四角形のチョコレートがいくつも載せられていた。凄い、本当にチョコだよ。


「……食べても良い?」

「もちろんです。ご評価いただけたらと思います」


 恐る恐る手を伸ばしてチョコを一つ摘み上げると、かなり硬めのチョコだということが分かる。さっきまで冷やされていたからというのもあるだろう。


 匂いを嗅ぐと、日本で何度も嗅いできたチョコレートの香りそのものだ。口に入れて硬めのチョコをパキッと噛み砕くと……とても濃いチョコレートの苦味が口の中に広がった。


 ――感動だ。かなり濃くて苦いけど、チョコレートであることに変わりはない。凄く美味しい、この味わいを求めてたんだ。

 でも改良できる部分もまだたくさんある。とりあえずもう少し苦味は無くしたほうが万人受けするだろうし、口の中で溶けると少しだけざらつきを感じる。もっと滑らかにしたい。


「ヨアン、まずはチョコレートを作ってくれて本当にありがとう。俺が求めてた理想にかなり近いよ」

「本当ですか! 良かったです!」

「あと改良できるとしたら、滑らかさと苦味かな。ヨアンはこの苦味が一番だと思ったの?」


 俺がそう質問をすると、ヨアンはすぐに首を横に振った。そしてチョコレートを一つ口に運んで味を確かめるようにゆっくりと咀嚼してから、難しい表情で口を開く。


「やはりこれは苦い……と思います。しかしこの段階でかなりの砂糖を使用していますので、どこまで使っても良いのか悩みここで止めてしまいました。またチョコレートとは、この苦味が美味しいスイーツなのではないかと思いまして」

「確かにチョコは苦味も楽しむスイーツなんだけど、もっと甘くしても美味しいと思う。ただこれはこれで苦いのが好きな人や甘いのが苦手な人向けに売れるかな。でももっと甘いのが好きな人向けには、砂糖を……倍ぐらいにしたやつを作っても良いと思う」


 このチョコレートは日本だったら、高カカオチョコとかビターチョコとか、そういうパッケージで売られるやつだ。確かにそれも美味しいんだけど、俺はミルクチョコレートの方が好きだった。


「かしこまりました。ではもっと甘くしたものも作ってみます」

「ありがとう。よろしくね」

「後は滑らかさですね。こちらもより追求いたします」

「もっと美味しいチョコレートになることを楽しみにしてるよ」


 これでチョコが完成したらチョコレートケーキやチョコクッキー、クレープにもチョコが使えるし、全てのスイーツの種類がもっと増やせるようになる。

 想像するだけで幸せになるね……チョコレートケーキとか、大好きだったのだ。クッキーにチョコをかけるだけでかなり美味しくなるだろう。


「そうだヨアン、フルーツティーについて聞いた?」

「はい。とても美味しくて驚きました。あれに合うスイーツを考えれば良いのですよね」

「うん。でもそれは後回しで良いよ。どちらかといえばチョコを優先してほしい」

「かしこまりました」

「色々と頼んじゃって大変だと思うけど、無理はしないように気をつけてね」


 そうして最後にちゃんと休んでとヨアンに釘を刺し、ヨアンがしっかりと頷いたのを確認してから厨房を後にした。

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