第396話 久しぶりのミシュリーヌ様

「ミシュリーヌ様、聞こえますか?」


 他の人からは離れていたけど俺のその言葉が聞こえたのか、ヴァロワ王国側の人達全員に奇妙なものを見る目を向けられる。ミシュリーヌ様の声は皆に聞こえないから、いつも変な人扱いされるんだよね……嫌だけど陛下と次いつ話せるか分からないし、ここは少し我慢だ。


『はいはーい。どうしたの?』

「お久しぶりです。今大丈夫ですか?」

『もちろんよ。何かあったの? 確か今は……別の国に行ってるんだったわよね』

「そうなんです。そこで色々あって、その別の国がミシュリーヌ教を国教としてくれるかもしれないって話に……」

『え!? それ本当!?』


 うっ、うるさい、ミシュリーヌ様は声が大きすぎるんだよな。口を開かず静かにしてれば綺麗で神聖な雰囲気を纏った女神様なのに、こんな感じで落ち着きがないから残念女神様になっちゃうんだ。

 俺は心の中でそんな失礼なことを考えつつ、再度口を開いた。


「本当です。でもミシュリーヌ様って、ラースラシア王国以外にほとんどノータッチじゃないですか。だからその存在を信じられない人が大勢いるんです。そこでミシュリーヌ様に、一度神託でもしてもらうのはどうかなと思ったんですけど……神域外に神託できる神力はありますか?」

『そうね、今の神力なら三回ぐらいはできるかもしれないわ』


 おおっ、凄い。最近は俺とファブリス、さらにミシュリーヌ様も頑張ってるだけある。やっぱり神力が潤沢だと便利だ。


『でもレオンが今いる場所って……神域の近くよ? 教会の中で神託した方が神力が節約できて良いんじゃない?』

「え、そうなんですか!?」


 今度は俺が驚く番だ。神域とはミシュリーヌ様が遥か昔に神力で作った、壊れることも劣化することもない礼拝堂のこと。ラースラシア王国の王都中心街にある礼拝堂がその一つで、他にもいくつかあるって聞いてたけど、まさかこの近くにあるなんて……

 そこをヴァロワ王国のミシュリーヌ教、教会本部って感じにすれば良いじゃん。


『今いる場所から一キロも離れてないわよ』

「街の中ですか?」

『そうね、ちょっと待って。――ああ、ここよここ。街の外れね。うわぁ……しばらく見に来てなかったけど、中はかなり汚いわ。一言で言うとゴミ溜めね』


 神域がゴミ溜めって……なんでそんなことになったんだ。そんな状態ってことは教会としては使われてないのだろう。


『汚い格好をした大人と子供が住んでるみたい。周りもボロい家ばかりだし、貧民街とかスラム街ってやつじゃないかしら』

「なんで神域である教会がそんなところに……」


 もっと普通の場所にあるのなら教会として機能させやすかったのに……神域がそんな場所にあるのはまずいだろう。


「ミシュリーヌ様、教会の場所を変えることってできないんですか?」

『それは無理よ。下界に落とした時点でその場所に固定されるから』


 そうなると、街の方を変えるしかないな。できれば貧民街かスラム街か分からないけど、それを別の場所に移動させて、教会の周りは綺麗な通りにしたい。貴族や裕福な平民も訪れるのを嫌がらないような立地にしないとダメだろう。


「とりあえず、これからその場所に行ってみます。詳しい場所が分かりませんし、また声を掛けるかもしれないのでそのつもりでいて下さい。あとは神託を頼むと思うので、その準備もお願いします。……ちゃんと威厳のある言葉を考えておいてくださいね」


 最後の言葉は他の皆に聞こえないように小声にしたけど、ミシュリーヌ様にはしっかりと届いたようだ。少し嫌そうな声音ながらも了承してくれた。

 いくら神らしさがミシュリーヌ様基準だといっても、やっぱり最初の印象って大切だから。最初は畏れを感じるぐらいで、段々と親しみやすさを出した方が効果的なはずだ。


 俺はミシュリーヌ様との話を終えて皆のところに戻り、上手く事態を飲み込めずに変な表情を晒している陛下の顔を見上げた。


「陛下、お待たせいたしました」

「あ、ああ。今のは……ミシュリーヌ様と、会話をしていたのか?」

「そうです。私は使徒なので、どこでもミシュリーヌ様と自由に話をすることができます」

「……そうか、そうなのか」


 まだ混乱してるみたいだ。……この国は宗教がほとんど信仰されていなくて、神の存在も概念的なものとしか捉えられてないようだったから、そこで突然神と話せますって人が出てきたらこんな表情にもなるか……


 もし日本で突然神と話しますって言って、独り言を呟き始めた人がいたら……頭がおかしいのかと距離を置くかもしれない。いや、絶対に距離を置く。そして誰も本当に話をしてるなんて思わないだろう。


 客観的にみたら、俺ってかなりやばい人じゃん。今更気づいた……ま、まあでも、ラースラシア王国ではミシュリーヌ様の存在は周知されていて、さらに神託もあるんだから変な目では見られないよね。だ、大丈夫なはずだ。


 俺は内心でかなり動揺しつつも、深く考えないようにして話を進めることにした。こういうのは深掘りしない方が良いんだ。


「ミシュリーヌ様に確認したところ、王都の外れに神域である礼拝堂があるらしいです。神域の中ならば私以外でもミシュリーヌ様のお声を聞くことができますので、そちらに向かいませんか?」

「まさか……我が国にそのような場所があったのか?」

「はい。言いづらいのですが……、貧民街かスラム街のような場所にあるらしいです。ミシュリーヌ様が神力で作られた礼拝堂は劣化せず壊すこともできないのですが、そのような礼拝堂に心当たりはあるでしょうか?」


 俺のその言葉に陛下は難しい顔で考え込み、第一王子殿下とフェリシアーノ殿下も顎に手を当てて考え込む。パッと出てこないってことは、この国で全く重要視されてない場所なのだろう。


「申し訳ないが……、私は思い当たる建物がない。お前達はどうだ?」


 陛下のその問いかけに殿下達が揃って首を横に振り、文官達も同じ動作をしたところで皆の視線が俺に戻ってきた。


「ではミシュリーヌ様に案内をしてもらいましょう。今から向かうのでよろしいですか?」

「もちろんだ。……逆に私からお願いしたい。神域である礼拝堂への案内を頼む」

「かしこまりました」


 そうして急遽行き先が増えることになり、俺達はカカオの果肉を食べて少しだけ休んだ後で、早速礼拝堂へと向かった。


 ミシュリーヌ様の指示通りに馬車を進めてもらうと、どんどん街の雰囲気が荒んでいき、壊れた建物や薄汚れた人々が目に留まるようになる。


『レオン、三つ先の角を右よ』

「分かりました」


 ミシュリーヌ様からの言葉を御者さんに告げると、ついには馬車が入れない道路になってしまったようで、馬車は減速して停止した。


「フェリシアーノ殿下、いかがいたしますか?」


 俺とマルティーヌと同じ馬車に乗っている殿下に判断を委ねると、殿下は従者を陛下達の馬車に使いに行かせた。


「ここからは歩きになると思います。このような場所を王女殿下と大公様に歩いていただくのは、とても心苦しいのですが……」

「構いませんわ。別の国にある神域も見てみたいですから」

「私も問題ありません」


 貧民街に入ってから、フェリシアーノ殿下はずっと申し訳なさそうに体を小さくしている。確かに他国の人間に見せたい光景ではないだろうけど……どの国にもこういう場所が存在するのは仕方がないことだ。


 それから少し待っていると従者が戻ってきて、俺達は馬車から降りることになった。馬車から降りるとそれぞれの護衛がピッタリと主人に付き、さらにその周りを同行していた騎士達が囲う。かなりの警戒体制だ。

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