第277話 騒動の後始末

 俺は男がいなくなって自分が助かったという事実を認識すると、途端に安堵して体の力が抜けた。やばい、めちゃくちゃ怖かった。本当に死ぬかと思った。この世界に来て初めて命の危険を感じた。


 さっきまではがむしゃらで感じていなかった恐怖心が、後からどんどん増してくる。手も今更ながら震える。


「レオン様、お怪我はございませんか?」

「……うん、大丈夫。すぐに治せる程度だよ。ロジェは大丈夫?」

「レオン様がお守りくださったので大丈夫です。……レオン様、大変申し訳ございませんでした。私を守ることで御身を危険に晒してしまうなど、従者としても護衛としても万死に値します。是非処罰を」


 ロジェはそう言って俺の前に跪く。そんなこと気にしなくていいのに、それにロジェがいなかったら最初の時に俺は死んでたし。謝ることなんか一切ない。


「ロジェ、謝らないでよ。最初の攻撃から守ってくれて本当にありがとう。ロジェがいなかったら俺は死んでたよ」

「ですが、爆発から私を守った代わりにレオン様がお怪我を……」

「こんなの擦り傷ですぐに治るから大丈夫」


 俺はそう言ってすぐにヒールで怪我を治した。


「ほらね? ……俺はロジェにも死んでほしくないんだ。ロジェは自分が死んでも俺を助けるって言うだろうけど、そしてそれが当たり前だということもわかってるけど、俺はロジェにも死んでほしくないからロジェを助けるよ。だからロジェは、俺を助けたかったら危険な目に遭わないでよね」


 俺が少しだけ明るい口調でそう言うと、ロジェは不本意そうな表情を浮かべた。


「レオン様、大人しく守られてください」

「俺にそれは無理だよ」

「……では、私は自分の身を最大限守りつつ、レオン様をお守りしなければいけないのですね」

「そういうこと」

「……何よりも難しい命令です」

「ふふっ、俺に仕えるのが嫌になった?」


 俺がそう聞くと、ロジェはすぐに首を横に振った。そして少しだけ顔を緩める。


「いえ、よりやる気が出ました。これからはもっと鍛錬に励みます」

「俺も付き合うよ。もっと強くならないとあいつには勝てない」

「そうですね。よろしくお願いいたします」

「うん」


 そうして俺とロジェは笑い合った。するとその瞬間、部屋のドアが壊され部屋に兵士たちが入り込んでくる。部屋のドアは爆発で歪んでいて開かなくなっていたみたいだ。


「レオン様ご無事ですか!? なっ……」


 兵士たちは部屋の惨状を目の当たりにし言葉を失っている。うん、この部屋ぐちゃぐちゃだよね。家具やベッドなどは全て壊され、中に入っていたものもそこかしこに散らばっている。ガラスのショーケースもガラスの窓も割れてそこかしこに散らばってるし、焼け焦げた後も沢山ある。

 水魔法ですぐに消火したけど、ちょっと焦げちゃったみたいだ。


「俺は無事だから大丈夫。敵ももういないよ。逃げられちゃった」

「それならば良かったのですが……。レオン様が勝てない相手とは、どのような人物だったのでしょうか?」


 そう、そこが問題だよね。


「ロジェ、この国や他国にさっきの男みたいな特徴を持つ人っている?」

「いえ、私は存じ上げません」


 ロジェも知らないのか。そもそもあいつ、複数属性使ってたし明らかに普通の人間じゃなかったよね。もしかして俺とは別の使徒様がいるとか……?

 でももしそうなら、流石にミシュリーヌ様が教えてくれるはずだ。


「そうだ。さっきの男が話してた言葉、分かった?」

「はい。普通に聞き取ることができました」


 ということは、少なくともこの国の言葉を話すことはできるってことだ。でもこの世界とか言ってたのが気になるんだよね……

 とりあえずアレクシス様とリシャール様に報告かな。


「王宮の方はどうなってるか分かる?」


 俺が部屋に入ってきた兵士にそう聞くと、その中の一人が答えてくれた。


「はい、既に制圧されています。先程王宮からの使者が来まして、レオン様には王宮の陛下の執務室に向かってほしいとのことです」

「そっか。ありがとう」


 リシャール様も昨日から王宮に詰めてるし、まずは執務室に行ってこっちで起きたことも報告しようかな。疲れたけど早い方がいいだろう。


「ロジェ、俺は王宮に行ってくるよ。この部屋はとりあえずこのままにしておいて。さっきのやつは俺を狙ってるみたいだから大丈夫だと思うけど、もしまた現れたら絶対に逃げてね。倒そうなんて考えなくていいから。バリアの魔法具もいくつかおいていくからこれも使って」

「かしこまりました」

「それからカトリーヌ様達に報告もお願いしていい? とりあえず詳細は伏せて何があったのかだけ」

「はい。お伝えしておきます」

「ありがとう。じゃあ行ってくるね」



 そうして俺は、アレクシス様の執務室まで転移をした。するとそこには優雅にお茶を飲むアレクシス様とリシャール様がいた。こっちは特に問題なかったみたいだな。


「レオン……レオン!? どうしたんだ!?」


 俺が転移したことに気づいたアレクシス様が、かなり狼狽えた様子でそう叫んで俺のところに駆けてきた。リシャール様もその言葉に俺の方を向くと顔を青くする。


「レオン君、大丈夫なのか!?」


 俺は二人のその反応にやっと気づいた。服を着替えるのを忘れたことに。急いでたからそこまで考えが回ってなかった、爆発の影響で服は薄汚れてあちこちが破れている。


「服を着替えるのを忘れてしまいました。申し訳ございません」


 また転移で戻っても俺の部屋はあの有様で服も全滅だろうし……、とりあえずピュリフィケイションで綺麗にすればいいか。

 俺はそう考えて全身にピュリフィケイションをかけた。


「私の服は全てダメになってしまったと思うので、今はこのままでよろしいでしょうか?」

「どういうことなんだ? 公爵家では何があった?」

「はい。その報告をしに参りました」

「ソファーに座ってくれ」

「失礼いたします」


 ソファーに腰掛けるとそのまま身を委ねて眠ってしまいたくなるけれど、それは少し我慢だ。


「本日の早朝、外が騒がしくなってきた頃に公爵家の私の部屋に一人の男が現れました。その男は長身で肌が黒く、紫色の瞳に同じ色の髪。更に頭には角が生えていました」

「角……? それは、ツノウサギのようにか?」

「はい。この国や他国にでも、そのような人種はいるのでしょうか?」

「いや、聞いたことがないな……」

「さらにその男は私よりも強く、魔法も複数の属性を使っていました」

「なっっ!! それはどういうことだ。その男も使徒様、なのだろうか……?」

「それがわからなくて……」


 ……そうだ。今まで思い至らなかったけど、わからないならミシュリーヌ様に聞けばいいのか。何で今まで忘れてたんだ。今すぐ聞こう。


「ミシュリーヌ様に確認しても良いでしょうか?」

「……確かに、それが一番良いな。直接ミシュリーヌ様に伺えるなどなんと素晴らしい……」


 アレクシス様が何故か今更感動しているようだ。俺はとりあえずそんなアレクシス様をそのままに、アイテムボックスから本を取り出しミシュリーヌ様に呼びかけた。


「ミシュリーヌ様。聞きたいことがあるのですが今お時間大丈夫ですか?」

『きゃゃゃぁぁ!!!』


 え、今の悲鳴!? ミシュリーヌ様に何かあったの!?


「大丈夫ですか!? 何かあったのですか!」


 俺が思わず立ち上がってそう叫ぶと、アレクシス様とリシャール様も何事かと緊張した面持ちになる。


『はぁはぁはぁ。凄い……楽しすぎるわ!』


 え、楽しい……?


「あのー、ミシュリーヌ様? どうされたのですか?」

『うん? あれ、レオン? どうしたの?』

「ミシュリーヌ様こそどうされたのですか? 悲鳴が聞こえましたが……」

『ああ、今シェリフィーのところにいるのよ! 遊園地で遊んでるの。このジェットコースターってやつ楽しいわよね。自分で飛ぶのとはまた違うわ! やっぱり地球は最高よ!』


 ジェットコースター、遊園地……シェリフィー様のところにはそんなものまであるの!?

 凄いな、羨ましい。俺も遊びたい。ミシュリーヌ様のところにはソファーと机と棚しかなかったのに。


「シェリフィー様のところは凄いですね」

『そうなのよ! 今久しぶりに遊びに来てるところよ!』

『ミシュリーヌ、誰と話してるの?』

『シェリフィー。レオンよレオン!』


 シェリフィー様の声も聞こえてきた。


『あら、レオン久しぶりね。そういえばあなたから頼まれてた本、スイーツの基本レシピ集があったからミシュリーヌに渡しておいたわよ』

「本当ですか! ありがとうございます! ミシュリーヌ様、後で俺を神界に呼んでください。一度自分で読みたいので」

『分かったわ。それで今日は何の用なのよ? 用がないなら私はもっと遊園地を堪能するわ』


 そうだった、二人の緩い雰囲気に本題を忘れるところだったよ。めちゃくちゃ重要な話なんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る