第257話 使徒としての役割

 そして次の日の朝。俺は朝早くからまた王宮に向かっている。

 昨日公爵家に帰るとロニーとリュシアンはまだ起きていたので、事の次第は大まかには伝えてある。二人は俺が使徒だということに驚いていたけれど、今まで通りに接してくれたので本当にありがたかった。

 やっぱり突然敬われるのって悲しいよね。


 王宮に到着し陛下の執務室に通されると、そこにはアレクシス様とリシャール様の他にステファンとマルティーヌもいた。


「皆様おはようございます」

「ああレオン、よく来たな。まず座ってくれ」

「かしこまりました」


 俺はアレクシス様に示された場所、マルティーヌの向かいの席に腰を下ろした。


「そうだ、レオンは私達に使徒として敬う必要はないと言っただろう?」

「はい」

「私達に対しても特に敬う必要はないからな。まあ、公の場では敬語ぐらい使ってもらうことになるだろうが……」

「かしこまりました。ありがとうございます。ですがこれが癖ですので、このままでご容赦いただければと。慣れて来たら少しずつ崩れるかもしれませんが……」

「ああ、無理にとは言わない。そうだ、ステファンとマルティーヌともいつも通りに話して良いぞ。いつもは敬語など使っていないのだろう?」

「……知っておられたのですか?」

「昨日二人にレオンが使徒様だと話した時に聞いたのだ。二人と話す時は公の場以外ではあまり気にする必要はない。従者やメイド、護衛も気にしなくて良い」


 それはめちゃくちゃ楽になるな。使徒になって一番良いことかも。


「レオン君、リュシアンも同じだからな。リュシアンには公の場であっても敬語は必要ない」

「かしこまりました。……ステファン、マルティーヌ、これからは周りの目を気にしなくても良いね」


 俺が二人にそう話しかけると、二人は嬉しそうに笑いかけてくれた。


「これからはもっとたくさん話せるわね。やっと周りを気にしなくても良くなったわ!」

「ああ、これからは楽になるな。それにしてもレオン、レオンが使徒様だったとは驚いた」

「私もよ。レオンは使徒様じゃないと言っていたでしょう?」


 だよね。俺が一番驚いたかも。


「そうなんだよ。俺も昨日知ったんだ」

「え……、そうだったの?」

「うん。ミシュリーヌ様の事情で伝えるのが遅くなったんだって」

「そのようなこともあるのだな……」


 事情って言っても神力を無駄遣いしすぎて足りなかっただけなんだけどね。あとは転生時のミス。

 これはずっと秘密かな……


「レオンは使徒様であることを隠しているのではなかったのか!?」


 俺たちの会話にアレクシス様がかなり驚いた様子で割り込んできた。そんなに驚くこと……?


「えっと……、はい。私も昨日ミシュリーヌ様に会って初めて知ったのです」

「まさか……」

「陛下、私たちの話し合いはあまり意味がなかったと言うことですね……」


 アレクシス様とリシャール様は疲れたような表情でそう言って顔を見合わせ、同じタイミングで大きく溜息を吐いた。


「あの、私のことをどのように思われていたのですか……?」

「何か理由があって、使徒様であるという身分を明かせないだろうと考えていたのだ。――まあしかし、結局レオンは使徒様だったのだから、私達は間違えていなかったということだな」

「確かにそうですね。レオン君が使徒様だと見破った我々は、良い仕事をしていたということですね」


 今度は二人ともお互いを労うような表情で顔を見合わせている。お二人とも、色々大変なんだな……


「レオン、ミシュリーヌ様とはどのような話をしたの?」

「基本的には俺が使徒として力を与えられた理由と、今後やってほしいことについてかな」

「理由は何だったのかしら?」

「魔物の森の問題を解決することと、この世界の文化を発展させてほしいんだって」

「魔物の森の問題が解決できるのか!?」


 そう勢いよく話に割って入ってきたのは、今度はリシャール様だ。二人と昨日話したのは俺の今後の待遇についてだけだったから、使徒としての役割とかは全く話してないんだよね。

 今ちゃんと話しておこう。かなり重要な話だ。


「相当難易度は高いですが、国を挙げて取り組めば解決できる可能性はあります」

「本当か!? ……それは、本当に良かった」


 アレクシス様はポツリとそう声を漏らして、ソファーに深く沈み込んだ。魔物の森の問題はかなりのストレスになっていたのかもな。

 でもそうだよね。あと十数年で人間が住む場所はなくなりますって言われたら、それは途方に暮れるだろう。

 解決法もわからない、さらにこんな情勢にも関わらず自分本位なことしか考えていない馬鹿な貴族もたくさんいる。その中でアレクシス様はこの国をまとめてたんだ。生半可な努力じゃなかっただろう。


「アレクシス様、私も最大限問題解決のために力を奮いますので、協力よろしくお願いいたします」

「ああ、もちろんだ。こちらこそよろしく頼む」

「はい」


 そうしてアレクシス様と頭を下げあって、顔を見合わせてお互いに笑い合った。これから頑張ろう。


「レオン君、実際にどんな方法なのか聞いても良いか?」

「もちろんです。昨日頂いたこの杖なのですが、この杖が必要みたいなんです」


 俺はそう言いながらアイテムボックスから杖を取り出した。


「魔物の森の奥に別の世界と繋がっている時空の穴があるのですが、その穴に杖を放り込むとその穴が閉じ、魔物の森がこの世界に流入してくることを止められるらしいです。よってまずは穴を塞ぐこと。そしてそれから魔植物と魔物を根絶やしにすること。この順で対処していけば魔物の森の問題は解決できます」


 俺がそう言うと、皆はポカンとしたような表情で首を傾げた。……あれ、全然通じてない?


「レオン、ちょっと待ってくれ。まずその時空の穴? とはなんだ?」


 そっか……俺は別の世界とか言われてもすんなりと理解できたけど、普通は理解できないよね。この世界にはアニメとかもないからその概念すらないんだろう。


 なんて説明すればいいんだろう……別の神様が管理する世界とかが分かりやすいかな? いや、魔物の森の世界はミシュリーヌ様が管理してるのか。


 でもそれを素直に言ったらまたややこしくなるよね。だってこの国を滅ぼそうとしているものが、この世界の神からもたらされてるって……うん、ここは誤魔化そう。

 そしてミシュリーヌ様のせいってことは黙っておこう。俺の立場も危うくなる気がするし。


「……説明が難しいのですが、この世界はミシュリーヌ様が治められていますよね?」

「そういうことになるのか……?」

「はい。しかしミシュリーヌ様とは別の神様が治める世界も沢山あるのです。そしてそれら全てを別の世界と表現します」


 俺がそう言うと、アレクシス様はかなり驚いたような表情を浮かべた。


「神様とは……ミシュリーヌ様だけではないのか?」

「はい。この世界にはミシュリーヌ様だけですが、別の世界のことも考えればもっといるのだろうと思います」


 今はミシュリーヌ様とシェリフィー様しか知らないけど、多分もっと他の世界もあって、それぞれに神様もいるのだろう。ちょっと神界の仕組みも気になるよね。


「では、その別の世界というのがあるのだとして、それはどこにあるのだ……?」

「私にもわかりません。私達が普通なら絶対に行けない場所にあります。しかし今回はある特殊な事情で、その別の世界とこの世界の一部が繋がってしまったようなのです。それが魔物の森の奥にある穴で、その穴から魔物の森の植物や魔物は出現しています。要するに、魔物の森は本来別の世界のものなのです」


 特殊な事情って言ったけど、ただミシュリーヌ様が大ぽかをやらかしただけなんだけどね。


「俄には信じられない話だな……。別の世界だと言われても、想像ができない……」


 まあそうだよね。俺も自分が転生してなかったらそこまで素直に信じられなかったかもしれない。


「そうですよね。とりあえず今はその事実だけを分かっていれば良いと思います」

「……確かにそうだな。ではまず、とにかくその別の世界と繋がっている穴を塞がなければいけないんだな」

「はい。そしてそれから魔物の森を駆逐していくのが良いかと思います」

「分かった。ではその穴とはどこにあるんだ? そこまで辿り着けるのだろうか?」

「それがかなり難しいのです。この大陸の地図はありますか?」

「ああ、あるぞ」


 そう言ってリシャール様が机に広げた地図は、やはり魔物の森の大きさはわからない地図だった。

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