第256話 中心街の教会

『――おほんっ、えー、聞こえてるかしら?』

「ミ、ミシュリーヌ様!」

「またお声が聞けるとは。光栄でございます!」


 二人は感激な様子でその場に跪き深く頭を下げた。神様ってこんなに敬うべき対象なんだな……


 二人の様子を見てるとちょっと不安になってくるかも。俺大丈夫かな? ミシュリーヌ様に対して軽く接しすぎかな? 

 うーん、でもミシュリーヌ様のあの様子だとどうしても敬う気になれないんだよね……

 というか違うな、まず神様だっていう実感があまりないのかもしれない。あんなに普通な感じの女の子達が神様なんて、実際に会っても信じきれない。現実感がないんだよね。確かに凄い力は持ってるんだけど……


『久しぶりね』

「わ、私達のことを覚えてくださっているのですか!?」

『ええ、この国の王とその側近でしょう? レオンとこれからも関わりそうだし覚えてるわよ』

「なんと……」


 アレクシス様とリシャール様は瞳に涙を浮かべるほど感激している。

 なんか、そんなに信仰してくれてるのにこんな神様でごめんなさいって気持ちになるな……


『貴方達にはレオンが使徒だってことは伝えたわよね? その補足があるの。レオンは敬われたりするのが好きじゃないみたいだから絶対に敬う必要はないわ。レオンの好きなようにさせてあげてちょうだい』

「かしこまりました」


 おおっ、ミシュリーヌ様が言うとこんなにすんなり通るのか。やっぱり使徒様よりもミシュリーヌ様の方が上なんだな。


『それだけを伝えたかったの。レオンを頼むわよ』

「はっ!」

『レオン、他に何か伝えるべきことはあるかしら?』

「そうですね……、とりあえずは大丈夫です。また何かあったら連絡します」

『分かったわ。じゃあまたね』


 そうしてミシュリーヌ様の声は聞こえなくなった。ミシュリーヌ様って神託でも結構軽い感じなんだね。


 今度厳かな話し方の本とかをシェリフィー様にお願いして、勉強してもらおうかな。それでここに敵対勢力の貴族を連れて来て神託を聞かせれば、かなり意見を変える人もいるんじゃないだろうか。

 それにはあの話し方じゃダメだろう。


「アレクシス様、リシャール様。先程ミシュリーヌ様も仰っていた通り私は使徒なのですが、今まで通りに接していただけないでしょうか? お二人に敬われるのは少し寂しいのです……」


 そうして俺が本音を打ち明けると、二人は徐に立ち上がって口を開いた。


「本当に、良いのだろうか……?」

「はい。そちらの方が嬉しいです。私は使徒ですが、レオンであることに変わりはないので」

「……確かにそうだな。レオン、では今まで通りに接させてもらう」

「はい! ありがとうございます!」

「だが公の場などでは敬う必要がある時もあるだろう。そういう時は申し訳ないが……」


 公の場でって、俺の方が立場が上になるの?


「あの、俺の方が立場が上になるのですか?」

「そうだな。ただそこはレオンが選ぶことができる。望めば王位も手に入るぞ?」


 アレクシス様は少しだけ揶揄うような口調でそう言った。俺がその選択肢を選ばないことをわかっているのだろう。


「王位は謹んで辞退させていただきたく……」

「ははっ、そう言うと思っていた。ではどうしたい? レオンが使徒であるとお披露目することは確定だが、その先の身分は選べる。まあ、王位がいらないとなると選択肢はあまりないが……」


 やっぱり使徒のお披露目はやるんだね。まあ複数属性が使えることもバレてるし、もうお披露目するしかないだろう。というか俺もお披露目してほしい。

 ちゃんと使徒だってお披露目したら、これからは魔法を隠す必要もないし楽で良いだろう。それに家族を大々的にも守れるし良いことづくめだ。


 というか当たり前だよね、今まで俺が使徒じゃないからこそ色々と大変だったんだから。改めて使徒で良かった。もっと早く言って欲しかったけど。


「ちなみにどのような選択肢があるのでしょうか?」

「そうだな。公爵家を新しく作りレオンが公爵になるか、公爵家の上に使徒様のための新たな爵位を作りレオンがその爵位を名乗ることにするか。そのどちらかだな」


 どっちも凄いな……というか俺ってまだ十五歳になってないけど貴族の当主になれるの? 確か成人しないとなれないんだよね。


「アレクシス様、成人していなくても爵位を頂けるのですか?」

「ああ、そこは使徒様の特別扱いでどうにでもなる」


 そうなのか。凄いな使徒様……


「凄いですね」

「使徒様はこの国の始祖で、ミシュリーヌ様と使徒様は世の混乱を収めてくださった方々だからな。いくらでも特別扱いができる。私たちが絶対に敬わなければならない方々なのに、今の貴族たちときたら……」


 アレクシス様はそう言って黒い笑顔を浮かべた。

 うん、確かに人間は忘れる生き物だから何百年も経ってれば仕方がないのかもしれないけど、それにしても酷いよね。もう少し敬意を持っても良いと思う。人じゃなくて神様なんだし。

 それに貴族達は国に属してるんだから、私利私欲のためじゃなくて国のために動けって感じ。


 というかこの世界ってなんでこんなに信仰心が下がったんだろう。ミシュリーヌ様から音沙汰がなかったとはいえ、信仰ってそんなに早くなくなるものなのかな? 

 ……まあ、いろんな原因が組み合わさってなんだろうけど。これからは信仰も増やしていきたいな。


「それでレオン、公爵と新たな爵位どちらが良い?」

「あの、もう少し下の爵位とかはダメなのですか?」

「……それは国が混乱するので難しい。レオンは使徒様というだけで国で一番偉い存在のようなものだ。公爵ならばまだ許容できるがそれ以下は無理だな。できれば新しい爵位を作って、王家に忠誠を誓ってくれるとありがたい」


 やっぱりそうなのか。この国で生きていくならその辺のルールは守った方が良いよね。もう少し下の爵位で気軽に生きていきたい気もするけど、使徒という立場でそれは無理なんだろう。そこは諦めて頑張ろう。


「では新しい爵位をお願いいたします。王家に忠誠も誓います」

「本当か!? レオン、本当にありがとう。これでこの国の悩みはほとんど解決したようなものだ」

「陛下、これで魔物の森への対策へ集中できますね」

「国の悩みとは、内戦のことですか?」

「ああ、敵対勢力はミシュリーヌ様や使徒様の教えを積極的に破っている者達だろう? またミシュリーヌ様の神託があり使徒様が現れたとなれば、一気に勢いを失うだろう」


 そういえばこの世界って、使徒様の教えによって貴族は平民を守るべきって決められてたんだよね。その教えをミシュリーヌ様が考えたとは思えないし、多分前の使徒様が考えたんだろう。

 そうなると今度は俺が考えても良いことになるのかな。うーん、それならとりあえずは前の教えの継続かな。そして時間に余裕ができたら問題があるところは少しずつ変えていきたい。


「では内戦は防げますね」

「ああ、もしそれでも謀反を企てる者がいたならば、その時は全力で潰すまでだ。数が少なければどうとでもなる」


 そう言ったアレクシス様の顔は、ちょっとだけ微笑んでいたけど目が全く笑っていなくてかなり怖かった……

 アレクシス様は優しくていい人だけど、やっぱり一国の王だよね。俺に王は務まらないってことはアレクシス様を見ていればわかる。


「ではレオン、日程はこれから細かく決めるが、近いうちに王宮に貴族を集めて使徒としてのお披露目をしたい。そしてその時に叙爵をして、レオンに王家への忠誠を宣言してもらいたい」

「かしこまりました」

「レオンの屋敷も準備しなければいけないな。それから服も最上級のものを作らなくては。爵位は何がいいだろうか?」


 アレクシス様はなんだか楽しそうだ。今まで目の上のたんこぶだった貴族達を排除できそうで嬉しいんだろう。この国って綱渡りのような危険な状態だったからね。


「陛下、大公家はいかがでしょうか? 使徒様が存命だった時代には公爵家の上に大公家があったはずです」

「ふむ、確かにそうだったな。……それは良いかもしれん。ではレオンには大公家の爵位を与えよう。家名はどうする? レオンが決めても良いが」


 大公家か。なんか凄いのか凄くないのかももうよくわからない。公爵家の上って現実感がないよ。


「どのようなものでも良いのですか?」

「ああ、今ある家名と被らなければ問題はない」


 どうしようかな。家名って突然言われても結構困る。でもこれからずっと使うんだから大切だよね。


 ……そういえば、俺が貴族になったら商会はどうなるんだろう?


「あの、私の商会はどうなるのでしょうか?」

「そういえば、レオンは商会を持っていたのだったな。商会の機能は全て爵位で賄えるので、商会はなくなり大公家に引き継がれることになる」

「そうなのですね。では商会の名前を家名にするのはどうでしょうか? 商会名はジャパーニスというのですが」

「ふむ、確かにそれは悪くないな。そうなるとレオンの名前はレオン・ジャパーニスになるが良いか?」


 レオン・ジャパーニス。うん、悪くない気がする。ちょっと日本感も残るし。


「はい。問題ありません」

「ではそれで決まりだな」


 そうして王都の教会でこれからの予定について少し話し合い、この日はもう遅い時間になってしまったので教会からそのまま公爵家の自分の部屋に帰った。


 そして部屋に辿り着くと、そのまま疲れて眠ってしまった。

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