閑話 火急の知らせと神託(リシャール視点)

 今日も今日とて忙しく、陛下の執務室で仕事に追われていた日の昼下がり、かなり急いだ様子の騎士が執務室に駆け込んできた。


「失礼致します! 第一王子殿下より火急の知らせがございます!」

「ステファンからとは、何かあったのか?」

「至急こちらの手紙を渡すようにと、それから内容は陛下と宰相様にのみ伝えるようにとのことです」

「そうか、皆の者下がってくれ。片付けずにそのままで良い」


 陛下は厳しい表情で文官たちにそう告げ、部屋には私と陛下、報告に来た騎士の三人だけになった。


「では手紙を」

「はっ」


 陛下は騎士から手紙を受け取ると、すぐに中身を読み始める。


「――リシャール、レオン様の魔法がバレたらしい。向こうではレオン様が使徒様だと騒ぎになっているそうだ」

「なんと……! それは大変なことになります……」

「今すぐ対策を話し合うべきだな。……急ぎの報告感謝する。数日はしっかりと体を休めるように」


 陛下は報告に来た騎士に向かってそう告げ、騎士が退出していくのを確認するとソファーに座った。


「リシャールも座ってくれ」

「かしこまりました。失礼いたします」

「手紙の内容だが、普段なら魔物の森の外縁部にはほとんど現れないマッスルベアが出たらしい。そしてマッスルベアに襲われて死ぬところだった騎士をレオン様がお助けになったそうだ。その際にバリアと転移、身体強化に回復を使ったと書かれている」

「それは……、その様子を見ていた者がいたのならば誤魔化せないでしょう」

「王立学校の生徒、教員、多くの騎士が見ていたようだ」


 それはもう誤魔化せないだろう。レオン様の身に危険は及ぶが公表するしかない。


「もう公表するしかないでしょう」

「ああ、私もそう思う。ステファンによると、使徒様だという言葉はなしで、ただ全属性と空間属性魔法が使えるという発表だけにしてもらいたいと、レオン様が仰ったらしい」

「……それだと危険度が上がるのですが、レオン様がそう仰ったのならば仕方がないでしょう」


 今後どうやって守っていくのかが大切だ。まずはこの後すぐにレオン様のご家族を公爵家に匿い、その他にもレオン様と関わりのある者には、極力家から出ないように通達し護衛を増やすべきだな。王家の影も借りてなんとか守り切れるだろうか……


『貴方達、聞こえているかしら』


 私がそうして今後のことについて考え込んでいると、どこからか女の声が聞こえてきた。


 ……今の声はなんだ? ここには陛下と私しかいないはずだが。


「陛下、何か仰いましたか?」

「いや、リシャールこそ何か言ったか?」

「いえ、私は何も……」


『貴方達、聞こえてるなら返事をしなさい!』


「……女の声だな。侵入者か?」

「護衛を呼びましょう」


『ちょ、ちょっと待って! 私は侵入者じゃないわ! もうっ、失礼しちゃうわね。私はこの世界の神、ミシュリーヌよ』


「ミシュリーヌ、様……? ほ、本当に、ミシュリーヌ様であらせられるのですか!?」


 陛下はかなり驚いた様子でそう叫んでソファーから立ち上がった。私は驚きすぎて腰が抜けて立ち上がれない……


『さっきからそう言ってるでしょ!』


 確かにこの頭の中に直接響いてくるようなお声は、歴史書にあった神託そのものだ……


「も、申し訳ございません。何卒、何卒罰するのであれば私だけでお願いいたします……」

『ん? 別に罰したりしないわよ。というよりも時間がなくなっちゃうわ! 貴方に伝えたいことがあるの。レオンって男の子がいるでしょう?』

「レオン様ならば、存じ上げております」

『レオンは私の使徒だからよろしくね』

「やはり……そうだったのですね」

『それで、レオンに私が昔に落とした本を渡して欲しいのよ。この王宮の奥で研究されているやつあるでしょう?』

「……未だ、解読がなされていないものでしょうか?」

『そう、それよ! あれをレオンに渡してちょうだい。絶対に渡すのよ。あっ……もう時間がないわ。絶対よ! 頼んだわよ!』


 その言葉を最後に、ミシュリーヌ様の声は一切聞こえなくなった。


 ――今のは、現実だったのだろうか。


「リ、リシャール、今のは聞こえてたか?」

「……はい」

「夢、だろうか?」

「い、いえ、多分現実かと……」


 未だに信じられない気持ちだが、あれは夢などではないだろう……


「やはり、レオン様は、使徒様だったのだな」

「……そうでございますね」

「ミシュリーヌ様は、本当にこの国を見守ってくださっているのだな」


 魔物の森の脅威によってこの国は滅びるのではないか、心の奥底ではその気持ちがずっと燻っていた。しかしミシュリーヌ様に見守られているならば、これからこの国は良い方向に向かう。素直にそう思える。


「陛下、この国はまだまだこれからですね」

「ああ、そうだな。ミシュリーヌ様が見守って下さっているならば大丈夫だろう。……それにしても、ミシュリーヌ様は元気なお方なのだな」


 陛下は言いたいことを飲み込んだような表情でそう言った。確かに、少しイメージと違った。お淑やかで静かに全てを包み込んでくれるようなイメージだったのだが、どちらかといえば活発で、お転婆な感じだろうか?

 まあ、こんなこと声に出しては言えないが……


「確かに、気力が満ち溢れているお方でしたね」

「ああ、とても頼りになりそうだった」


 そうして顔に苦笑を浮かべながらミシュリーヌ様の印象について話し、その後に今後の話を始めた。


「リシャール、まずはミシュリーヌ様に託されたことを確実に完遂しなくてはならない」

「心得ております。レオン様が王都に帰還されたら、すぐに例の本をお渡ししましょう。それからあの本を今すぐに安全な場所へ移動するべきです。万が一にでも紛失したとなればどうなるか……」

「そうだな。すぐに護衛を増やして絶対に安全な場所に保管しよう」

「今後のことについての話し合いは、レオン様に本をお渡ししてからで良いでしょう。それによって何かしら事態が動く可能性もあります」


 レオン様の能力がバレてしまったことの対処は、レオン様の立ち位置がしっかりと明確になってからがいいだろう。この出来事で使徒様だという事を公表できるようになる可能性もある。もしそうならば対応も変わる。


「そうだな。ではレオン様が王都に帰還されるまでについて話し合おう。まず一番にすべきなのはレオン様のご家族の保護だ。それからレオン様の知り合いもより強固な護衛体制にしよう」

「かしこまりました。レオン様のご家族は公爵家の屋敷で保護いたします。その他の者には護衛を手厚くしますが、公爵家の人材だけでは手が足りません。王家からも影と護衛を借りても良いでしょうか……?」

「ああ、もちろんだ。今この国での最重要事項だからな。第一騎士団による見回りも強化しよう」

「よろしくお願いいたします」


 他には何か話し合っておくことはないだろうか。……そうだ、先ほどの声がどこまで聞こえていたのか確認が必要だ。


「陛下、ミシュリーヌ様のお声がどこまで聞こえていたのか、確認が必要では?」

「……確かにそうだな」


 そうして陛下が護衛の一人を部屋に呼んだ。


「何か私に報告するような出来事があったか?」

「いえ、尋ねてきたものはおりませんでした」

「そうか。他には何かなかったか? 声が聞こえたとか」

「声、ですか……? まさか! 部屋の中から不審者の声がしたのですか!?」

「いや、違うから安心してくれ。もう下がって良い。また護衛を頼む」

「……はっ、かしこまりました」


 陛下の護衛は少しだけ不思議そうな表情をしながらも、深く聞くことはなくまた下がっていった。


「リシャール、先ほどの声は私達だけに聞こえていたということだな」

「そうでございますね」

「では、必要な時以外は口外無用とする」

「かしこまりました。私の心に留めておきます」


 そうしてその後もいくつか今後についての話をし、私は陛下の執務室を後にした。

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