第226話 ダリガード男爵家でのお茶会

 お店のメニューを決定してから最初の回復の日。

 俺はヨアンとロジェと共にダリガード男爵家を訪れていた。もちろん目的はスイーツのお披露目だ。


 タウンゼント公爵家の皆さんや王家の方々を招待したスイーツのお披露目は、お店を使って冬頃にやろうかなと思っている。しかしその前に、ダリガード男爵家の皆さんにはお披露目したかったのだ。

 ピエール様とキャロリン様がいなかったら絶対にスイーツは完成していなかったし、それにお店でのお披露目にお二人を呼ぶのは酷だろう。公爵家や王族なんていたら楽しめないよね。


 だからここには一番にスイーツを持ってきた。今日は喜んでもらえたら嬉しいな。


「ピエール様、キャロリン様、本日はお招きありがとうございます」


 俺は通された応接室に入り、勧められた席に座ってからそう挨拶をした。


「いや、いいんだよ。レオン君からスイーツが完成したと連絡を聞いた時は本当に嬉しくてね。すぐにお茶会をセッティングしてしまったよ」


 ピエール様は顔に苦笑を浮かべながら少し照れた様子だ。


「この人その日からずっとソワソワしていたのよ。もう落ち着きがなくて困っちゃったわ」

「キャロリン、それは内緒だろう?」

「あら、本当のことじゃない」


 ふふっ、この二人は本当に仲がいいな。見ているといつも和む。俺はそんな二人の平和なやりとりを眺めたあと、徐に口を開いた。


「楽しみにしていただけて嬉しいです。これまで研究に励んできたヨアンも喜ぶでしょう」

「ヨアンをレオン君に紹介したのは大正解だったよ。あの時の私を褒めてやりたいな。はははっ」


 ピエール様はそう言って上機嫌に笑った。キャロリン様はそんなピエール様に呆れた様子ながらも、優しく微笑んでいる。


「ヨアンのことを見出したピエール様のその慧眼、さらに成果が出なければお金ばかりかかるスイーツの研究を続けられていた熱意、全てにおいて尊敬しています」


 これは俺の本心だ。本当にピエール様は凄い。ヨアンほどの逸材は見つけようとしても見つかるものではないだろう。


「そう言われると照れるな。ありがとう。……ただ、私の方こそレオン君を心から尊敬しているよ。私がスイーツの研究を続けていたところで成果は挙げられなかっただろう。そこはレオン君の手腕だ」

「……ありがとうございます」


 なんか素直に褒められると、ちょっと照れる。

 そうしてお互いに褒め合ってなんだか微妙な雰囲気になったところで、キャロリン様が口を開いた。


「ではレオン君、そろそろスイーツをいただいても良いかしら?」

「は、はい。もちろんです!」

「そうだな。レオン君お願いするよ」

「かしこまりました。ロジェ」


 俺がロジェに合図を送ると、ダリガード男爵家の使用人の方が部屋の扉を開けてくれて、ヨアンが部屋に入ってきた。ヨアンが押してきたワゴンには、今は蓋が被せられて中身がわからないけれど、たくさんのスイーツが並んでいるようだ。

 ヨアンは部屋に入ってきて一礼すると、一つのお皿を手に持った。そして蓋を開けて中身を見せる。


「こちらが季節のフルーツショートケーキでございます」

「わぁ、なんて素敵なの!」

「本当だ……。なんて綺麗なスイーツなんだ……」


 キャロリン様はかなり気に入ってくれた様子で、瞳を輝かせてショートケーキに魅入っている。ピエール様も目が釘付けになっている。


「こちらはスポンジケーキというスイーツを基本として、その間に季節のフルーツと生クリームを挟み、周りも生クリームとフルーツで飾り付けてあるものです。今回のフルーツは葡萄でございます」

「素晴らしいわ。これは、どのようにして食べるのかしら?」

「こちらは八等分に切り分けて召し上がっていただきます。切り分けてしまっても良いでしょうか?」

「……勿体無いけれど仕方がないわね。お願いするわ」

「かしこまりました」


 そうしてヨアンが綺麗にホールケーキをカットしてくれて、俺たちの前には八等分されたケーキが並ぶ。


「このサイズと同等のものがいくつもございますので、多いようでしたら少しずつ召し上がってください」

「分かった。ではいただこう」

「いただきますね」


 ピエール様とキャロリン様はお二人とも緊張した様子でゆっくりとケーキを口に運び、少しだけ驚いた表情をした後に目を閉じて深く味わった。

 そしてお二人とも目を開けると静かにフォークを置き、俺に向かって頭を下げた。


「レオン君、私は今感動しているよ。私たちが目指していたのはこれだ。こういうものが作りたかったんだ。レオン君……、私たちの夢を、叶えてくれてありがとう」

「レオン君、私からも、本当にありがとう」


 二人はそう言って頭を下げたあと、顔を上げて綺麗に微笑んだ。その顔には涙が伝っていたけれど、とても綺麗な笑顔だった。


「お二人の夢を叶える手伝いができたこと、本当に嬉しく思います」

「レオン君、本当にありがとう。……ははっ、泣くなんてこんなに素晴らしいスイーツを前に失礼だな。辛気臭い雰囲気はやめて楽しもうか」

「そうですわね。どうせならば皆で楽しみましょうか。レオン君、使用人も一緒に良いかしら?」


 キャロリン様はそう言って楽しそうに微笑んだ。


「もちろんです。じゃあヨアン、全てのスイーツをお二人に紹介しながら切り分けてくれる? ロジェは切り分けたスイーツを机に並べてくれる?」

「かしこまりました」

「貴方達も追加でお皿とカトラリー、それからお茶も持ってきて。一緒に食べましょう」


 そうしてピエール様とキャロリン様と、たくさんの使用人の方々と数時間に渡ってお茶会を楽しんだ。皆で一通りのスイーツを食べてから一番好きなものを話し合ったり、他にもどんなケーキが作れるのかアイデアを出し合ったり、本当に楽しい時間となった。

 やっぱりダリガード男爵家のこの緩い雰囲気が好きだな、そう思った。



「レオン君、今日は本当にありがとう。私にとって今日は人生最良の日だよ」

「私からもお礼を言いたいわ。本当にありがとう」

「こちらこそ、たくさんお話ができて楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます。また定期的にスイーツをお届けいたします。それから、新作ができた時にはこうしてお茶会を開いてはいただけませんか?」

「本当か? それは私からお願いしたいところだ。いつでもここに来てくれていい」

「ありがとうございます」


 これからも定期的に来よう。この家の雰囲気が、このお二人の雰囲気が俺は大好きだ。


「そうだ、ステイシーを呼んでも良いか?」

「もちろん断ることなどありませんが、ステイシー様は本日屋敷におられないのでは?」


 もしステイシー様もお茶会にいるのなら、卵を使ってないスイーツを準備しようかと思ったんだけど、今日はいないと言われたのだ。


「今日は予定があって出掛けていたが先程帰宅したと連絡があった。ステイシーもレオン君には会いたがっていたからな、このままレオン君を帰らせてしまっては私が怒られてしまう」


 ピエール様は顔に苦笑を浮かべながらそう言った。


「そうだったのですね。私もステイシー様とお話しするのは好きですので、ぜひお願いしたいです」

「ありがとう。……では、ステイシーを呼んできてくれ」

「かしこまりました」


 ピエール様のその言葉で使用人の方が一人部屋から出ていき、その数分後にステイシー様が応接室に現れた。


「レオン! ここではお久しぶりですね」

「そうですね。こちらにお邪魔するのも随分と期間が空いてしまいました」

「もっと来てくれてもいいのですよ。皆もレオンが来ないことを寂しがっています。ユキなんて最近しょんぼりとしているのです……」


 ……ユキってあれだよな。あの花だよね。ついに名前を覚えた!


「それは心配ですね」

「そうなのです。できればレオンももっと会いにきてあげてください」

「……かしこまりました。時間が取れましたら、その時は是非」

「本当ですか! では来週の回復の日にしますか? それとも王立学校の帰りでも良いでしょうか?」


 ステイシー様はとても嬉しそうな表情で俺にそう提案してくる。えっと……、そんなにすぐなの?


 別にここに来るのが嫌なわけではないんだけど、貴族女性の家に頻繁に通うのってどうなんだろうって思うんだよね。それにこれ以上仲良くなったら、また嫁にって勧められそうな予感がするし……

 ピエール様とキャロリン様はステイシー様が大好きだから、そこは結構強引になるんだ。ステイシー様のことは友達としては好きだけど、それ以上の関係性になりたいとは思えないし……


 この世界って、特に貴族社会って異性の友達は難しいんだ。本人達が友達だと思ってても周りはそう見てくれないし、部屋に二人きりでいただけで責任取ってとかいう話も聞く。


 どうしようか、どう答えれば良いかな。ステイシー様を悲しませたくはないんだけど……

 そう考えてぐるぐると悩んでいると、ピエール様が助け舟を出してくれた。


「ステイシー、レオン君も忙しいんだ。困らせてはいけないよ」


 ……ピエール様、ありがとうございます! 強引に嫁に勧められるかもなんて考えてごめんなさい!


「……そうでした。レオン、無理に誘ってしまってごめんなさい。久しぶりにレオンがうちに来ていたのが嬉しくて」

「いえ、誘っていただけて嬉しいです。……こちらに頻繁に来るのは難しいのですが、こうして訪れた時にはお茶会などいたしましょう」


 俺がそう言うと、ステイシー様はまた笑顔に戻ってくれた。


「はい! では、今日はまだお時間ありますか? 私にお付き合いくださいませんか?」

「もちろんです。ステイシー様、最近お料理の方はどうですか?」


 確かステイシー様はお店のためのレシピ作りの過程で、料理にハマっていたはずだ。


「はい。最近は簡単なお料理ならば、一人で作れるほどになりました」

「そうなのですか。それは凄いですね」

「もう少し上手になったら食べていただけますか? 私の料理は野菜が基本ですが……」

「よろしいのですか……?」

「ええ、レオンに食べていただきたいです」

「ではお言葉に甘えて、その時はいただきますね」


 俺がそう言うと、ステイシー様は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「はい! 私、これからもっとお料理を頑張りますね。レオンのお店はどうなのですか?」

「お店は順調に準備が進んでいます。既にメニューも決まりましたし、従業員の教育も進んでいます。あとは細かい調整などですね」

「そうなのですね! レオンのお店が開店したら絶対に伺います。私は食べられませんけれど、お祖父様とお祖母様にお土産を買って帰ります」

「ありがとうございます。お二人は絶対に喜ばれますね」


 ステイシー様みたいに卵を食べられない人向けのスイーツを作ったら需要あるかな……。あと乳製品がダメな人とかもいたら、それを使わないスイーツも。

 ちょっと考えるのはありかもしれない。でも、お店が軌道に乗ってからになるな……。どの程度の需要があるかも調べないとだし。


「お店が軌道に乗ってからなのでまだ先になるとは思いますが、ステイシー様にも召し上がっていただけるスイーツを考えたいと思っています。もしそれが完成したならば、是非お店でスイーツを召し上がってください」

「……本当ですか!? 私、凄く嬉しいです……。その時を楽しみにしています」

「はい、頑張りますね」


 そうして最後はステイシー様と楽しく談笑して、ダリガード男爵家でのお茶会は終わった。……楽しかったな。

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