第224話 スイーツ店のメニューと店名決定

 だんだんと夏も過ぎ去り、肌寒さを感じるようになってきた頃。俺はヨアンとロニーに呼ばれてお店まで向かっている。なんでも一通りスイーツが完成したので、メニューを決定するらしい。

 俺は今日が凄く楽しみで、昨日の夜はワクワクしてあまり眠れなかった。どんなメニューになるだろうか。ヨアンはどこまでのものを完成させたのだろうか。


 そんなことを考えながらそわそわと馬車に揺られていると、すぐお店に辿り着く。そしてロジェとともに厨房まで向かうと、ロニーとヨアンが迎え入れてくれた。


「あっ、レオン来たね」

「うん。他の皆はどうしたの?」

「今日はメニュー決めでお店を使うから、皆は屋台と寮にいるよ」

「そうなんだ」

「レオン様、もう少しお待ちください。今最後の仕上げをしているところですので」


 そう言ったヨアンの手元には、とても美味しそうなケーキが作られている。


「うん。待ってるから急がなくていいよ」

「ありがとうございます」

「じゃあレオン、ヨアンが作り終わるまで休憩室で色々と話し合いをしても良い?」

「もちろん良いよ。じゃあヨアン、休憩室にいるから終わったら声をかけてね」

「かしこまりました」


 そして俺とロニーは休憩室に移動した。もちろんロジェも一緒だ。


「たくさん話し合いたいことがあるんだけど、まず一番に決めたいのはお店の名前なんだ。まだ決めてなかったよね?」

「そういえば、決めてなかった……」


 完全に忘れてたよ……。商会の名前だけ決めて満足してた。確かにないと不便だよね。


「忘れてた?」

「うん、完全に」

「やっぱり、そうだと思ってたんだ。とりあえず今日決めちゃおうか。あとそろそろ木箱も発注するから商会の紋章も知りたいんだ。確か絵師に頼んでたよね?」

「そうだ、その話をしようと思ってたんだよ。ちょうどこの間紋章が決まったんだ」


 商会の紋章を決めるのは予想以上に大変だった。紋章を決める専門の絵師に頼んだんだけど、貴族家で使われている紋章は基本的にダメとか、似ているものも避けるとか、制約が多かったのだ。

 でもなんとか時間をかけて決定した。最終的にメインはカトラリーになって、周りを果物などで華やかにした感じだ。さすがプロって感じでおしゃれに仕上がっている。


「ロジェ、紋章の紙をくれる?」

「かしこまりました」


 俺はロジェから紋章が描かれた紙を受け取り、机の上に広げた。


「これに決まったんだけど、どう思う?」

「うわぁ、凄いね。さすがプロだよ。この前レオンが考えてたやつとは天と地ほどの差がある」

「ロニー、それは忘れて!」

「ははっ、ごめんごめん。でもこれ本当に良いと思う。スイーツ店の木箱につける紋章としても完璧だね。この紙もらってもいい? これを工房に持っていって焼印を作ってもらうから」

「もちろん。何枚か描いてもらったから大丈夫だよ」

「じゃあ借りるね」

「うん。よろしくね」


 ロニーはそうして紙を受け取ると、折らないように丁寧にカバンに仕舞い込んだ。


「じゃあ紋章はこれで大丈夫だね。あとはお店の名前だけど、どうする?」

「うーん、実は何も考えてなかったんだよね……」


 スイーツ店の名前と言ったら、日本では可愛らしい名前が多かった。その辺からもらってこようかな。

 シュガーとかミルクとかフラワーなどをいい感じに組み合わせて……シュルクワー、ミルフラ、ガーミルフ。うーん、……何かどれもピンとこない。


「ロニーは何か候補がある?」

「そうだね……やっぱり商会の名前を一部入れたり、レオンの名前を入れた方がいいんじゃない?」

「そうするのが普通?」

「そうする人が多いかな」

「そうなんだ……」


 じゃあジャパーニスかレオンを一部入れて、さっき考えた名前と組み合わせようかな。

 うーん…………、シュガニスとかどうだろう! 結構いいんじゃない?


「ロニー、シュガニスとかどうかな?」

「シュガニスね。シュガニス、シュガニス…………うん、結構いいかも」


 ロニーは口の中で何度か名前を復唱してから、大きく頷いてくれた。


「良かった。ロジェはどう思う?」

「そうですね。名前の雰囲気がとても良いと思います。発音もしやすいですし、覚えやすい店名でございます」

「本当? それなら良かった。じゃあシュガニスで決定でいいかな?」

「うん!」


 結構良い名前になった気がする。ジャパーニス商会の一号店シュガニス。おしゃれだよね。


「お店の外に店名の看板も作ろうか。商会の紋章も入れた方が良いよね」

「確かに。目立つところに作りたいな」

「じゃあそれも頼んでおくね」

「ありがとう」


 そうしてロニーと他にも細々としたものについて話し合っていると、休憩室のドアが叩かれた。


「ヨアン? 入っても良いよ」

「失礼いたします。レオン様、スイーツが完成いたしました」

「ありがとう。じゃあ話し合いはやめて試食にしようか」

「そうだね。続きはまた今度にしよう」

「では、こちらに準備をすれば良いでしょうか?」

「うん。よろしくね」


 そうしてヨアンとロニー、ロジェの三人が、休憩室のテーブルの上に試食の準備をしてくれた。


「うわぁ、本当に凄い。さすがヨアンだ」


 机の上には綺麗で美味しそうなスイーツがいくつも並んでいる。まるで宝石店にいるように一つ一つのスイーツが輝いて見える。本当に感動するよ……、遂にここまで来たんだな。

 俺はなんだか感慨深くなって、少しだけ泣きそうになった。


「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」


 ヨアンはそう言って嬉しそうに笑った。


「本当にありがとう」

「いえ、こちらこそ思う存分研究させていただいて感謝しています。では、一つ一つ説明していきますね。まずはこちらのスイーツですが、スポンジケーキに生クリームと季節の果物を挟み込み、周りにも生クリームを塗り仕上げた物です。上には生クリームと果物で華やかにデコレーションしております」


 一つ目は季節の果物を使ったショートケーキだ。すっごく華やかで美味しそう。日本のケーキ屋で売ってても目を引くだろう。


「凄く華やかで可愛くて、絶対人気になるよ」

「ありがとうございます。レオン様が八等分にして売りたいとおっしゃられていましたので、等分しやすいようなデコレーションに仕上げてあります」

「確かにそうなってるね……本当に完璧だ。じゃあ食べてみても良い?」

「かしこまりました。では切り分けます」


 そうしてヨアンは、ショートケーキを八等分に切り分けてくれた。断面も綺麗で文句の付け所がない。


「いただくね」


 俺は少し緊張しながらフォークを手に持ち、綺麗なケーキを損なわないよう慎重に一口分を切り分けた。そしてゆっくりと口に入れる。


 うん、スポンジはふわふわだけど少しだけ硬めでしっかりとしていて、生クリームは軽くてとろける。果物のみずみずしさもケーキとマッチしている。

 やばい……泣きそうなぐらい美味しい。


「ヨアン。本当に、本当に美味しいよ」

「ありがとうございます」

「これは絶対人気になる。皆はどう思う?」

「僕は何回か試食してるんだけど、何度食べても美味しすぎて幸せになれるよ」

「これは幸せの味だよね。ロジェはどう?」


 スイーツにハマったロジェは、スイーツの試食の時だけは遠慮しなくなったのだ。最近は自ら自分の分も準備するほどになっている。


「はい。……幸せです」


 ロジェはそう言ってうっとりとした表情を浮かべた。ロジェの表情が一番崩れる時がスイーツを食べた時っていうのはちょっと悔しいけど、まあしょうがないよね。本当に好きみたいだから。ロジェにそういうものができて良かった。


「良かったよ。じゃあヨアン、これはメニューに採用! 名前は季節のフルーツショートケーキでいこう」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 俺がそう言うと、ヨアンは途端に表情を明るくしてガバッと勢いよく頭を下げた。

 本当は俺が採用の可否を決めるのも烏滸がましいんだけど、一応代表的な立ち位置だからね。でもこの後のスイーツも全て採用の予感しかしない。俺はそう考えて、思わず顔に苦笑を浮かべた。


「レオン、季節のフルーツショートケーキって? 季節のフルーツはわかるけど、ショートケーキって何?」


 ロニーはケーキがメニューに採用されたことよりも、名前が引っかかっているみたいだ。確かにそれも説明しなきゃだよね。自分がわかりやすいように日本の名前をそのまま流用することにしたので、皆には覚えてもらわないとだ。

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