第209話 緊張の夕食会

 そうして家族皆で色々と話していると、部屋のドアが開きロジェが中に入ってきた。


「ご歓談中失礼いたします。お茶をお持ちしました」


 そのロジェの言葉に俺たちはまたソファに戻り、今度は落ち着いてお茶を飲んだ。うん、いつ飲んでも美味しい。

 そしてそれから少しの間休憩をして、三十分経ったのでそれぞれの部屋に行き準備をすることにした。最初よりはリラックスしてるみたいだから大丈夫だろう。


「じゃあ皆、そろそろ準備をしてきてね」

「わかったわ」

「マリーも一人で行ける?」

「うん! 私もう八歳だよ? 大丈夫!」

「そっか。マリーはもう大人だったね」

「そうだよ!」


 マリーは大人という言葉に嬉しそうに反応し、腰に手を当てて胸を反らしてドヤ顔だ。すっごく可愛い。でもその仕草、大人じゃなくて子供っぽいけどね。

 俺はそんなマリーの様子に思わず笑いそうになりつつも、何とか抑えてマリーの頭を撫でた。


「マリーは偉いね。しっかり準備するんだよ」

「うん!」


 そうして家族皆がそれぞれの部屋に行ったところで、俺も準備を始めた。


 そしてそれから一時間後。

 皆で俺の部屋に集まり一緒に食堂に行く予定なので、俺は皆が来るのを待っている。まず来たのはマルセルさんだ。


「マルセルさん、あまり気にかけられなくてごめんなさい。皆が思った以上に緊張してて……」


 ソファに座ったマルセルさんにそう言うと、マルセルさんは顔に少しの苦笑を浮かべて言った。


「それも仕方ないことじゃろう。わしだってこういう場に少し慣れているとはいえ、公爵家の屋敷にいると考えただけで緊張で手が震えそうになるわい」

「マルセルさんでもそうなんですか?」

「そうじゃよ。わしの実家は男爵家だったからな。公爵家などと関わるようなことはほとんどなかった。さらにわしは三男じゃったから、社交の場に出されることもなかったんじゃ」

「そうなんですね……。でも皆よりは堂々としてて落ち着いているように見えます」

「そこは一応、貴族教育は受けているからな」


 確かにそうか。やっぱり教育って重要だよな。

 マルセルさんとそんな話をしていると、部屋がノックされ、マリーが入ってきた。さらに母さんと父さんもその後すぐに入ってくる。


「よしっ、じゃあ皆集まったし行こうか」


 俺がそう声をかけると、皆は緊張した様子ながらも頷いてくれた。

 そうして皆で食堂まで移動し、中に入ると既にリシャール様たちは席に着いていた。


「さあ皆さん、緊張せずに座ってください。作法などは気にしませんので、リラックスして楽しんでください」


 リシャール様がさっきよりも砕けた感じでそう言った。多分あまりにも皆が緊張してるから配慮してくれたんだろう。母さんと父さんもリシャール様のその様子に、少しだけ肩の力が抜けたようだ。

 そうして皆が席に着くと、リシャール様がまた口を開く。


「本当はもっと早くレオン君のご両親には挨拶をしたかったのですが、遅くなってしまい申し訳ありません。今日は身分など気にせず、友好を深められればと思っています。では、料理もお楽しみください」


 そうして夕食は始まった。まず運ばれてきたのはスープとふわふわのパンだ。


「もし追加で食べたいものがあれば、使用人に告げてください。すぐに用意しますので」

「ありがとうございます。でも沢山あって十分です」

「とても美味しいです」

「これ、ふわふわですっごく美味しいよ!」

「それなら良かった。メインは肉料理ですので楽しみにしていてください」


 そうして和やかに談笑しつつ、マリーの様子を皆で微笑ましげに見つめつつ、良い雰囲気で夕食会はすぎていった。

 そしてあらかた食事が終わった時、リシャール様が徐に口を開いた。


「レオン君には本当に感謝しています。私たちの助けになってもらっているのです」

「そんな……レオンが助けになっているのなら良かったです。ズレているところもある子ですが、見捨てないでやって下さい」


 リシャール様の言葉に母さんがそう返した。ズレてるって……母さん俺のことそんなふうに思ってたのかよ!


「レオンを、よろしくお願いします」


 父さんもそう言って頭を下げた。


「こちらこそお礼をしなければならないのです。本当にレオン君の存在は大きいです。特にその魔法の才能は素晴らしい。ご両親もレオン君の魔法については知っているのですよね?」

「はい。全部の属性魔法と、さらに凄い魔法、空間魔法? が使えるということはレオンから聞きました」

「その魔法は、この国の行く末を変えられるほどの大きな力です」

「この国の行く末……?」


 父さんと母さんはその言葉の意味がよくわからなかったようで、首を傾げている。


「この国の未来は、レオン君によって変えられるということです」

「レオンが国の未来を? いや、流石にそこまでは……」


 父さんはそう言って話を信じられない様子だ。まあ、全部の属性魔法が使えることの凄さは貴族こそ理解しているから、二人がよくわからなくても仕方ないだろう。それに二人は、国なんて大きな単位の行く末を考えたことなんてないのだろうし。


「レオン君のご両親。レオン君の力は、ある人は全てを投げ打ってでも欲しがり、ある人は全てを投げ打ってでも消したくなるようなものなのです」


 リシャール様が二人の顔を交互に見つつ真剣な表情でそう言うと、二人はその真剣な様子に気圧されたのか、唾をごくっと飲み込み小さく頷いた。


「そのような力ですから当然危険も伴います。レオン君本人だけではなく、そのご家族にまで」

「家族も、ですか?」

「はい。怖いことを言ってしまい申し訳ありません。しかし、現実は認識しておくべきだと思います。レオン君を手に入れたい、または陥れたいと考えた場合、一番簡単なのはご家族を盾にレオン君に何かを迫ることです。それゆえに、レオン君本人よりもご家族の方が危険だと言っても過言ではありません」


 母さんと父さんはそんなリシャール様の話を聞いて、顔を青ざめさせている。唇や手は少し震えている様子だ。


 ……本当はこの話、俺がしないといけないことだよな。


 影が守ってくれているって聞いてたし、怖がらせない方がいいだろうと思って今まで話してこなかったんだ。

 でも皆を怖がらせないためじゃなくて、俺が皆に疎ましがられるのが怖くて言えなかったんだよね……


 リシャール様はそんな俺の気持ちをわかって、今ここでこの話をしてくれてるのかな。リシャール様、本当にありがとうございます。それから、皆巻き込んでごめんね……

 そうして俺が皆を危険に巻き込んでいることに落ち込んでいると、父さんの少し震えた、でも決意を込めた声が聞こえてきた。


「ぼ、僕たちも危ないことは、わかりました。でも、私たちはレオンの親なので、子供に迷惑をかけられるのは当然ですから」


 そしてそれに続いて母さんが声を発する。


「そ、そうです。親は子供に迷惑をかけられると嬉しいものですから。だから、レオンは母さん達のことは気にせず、伸び伸びとやりたいことをやりなさい」


 母さんはそう言って俺の方を向き、俺を安心させるように優しく微笑んでくれた。父さんも同じように微笑みかけてくれる。


「……母さん、父さん、本当にありがとう……。俺、迷惑ばっかりかけてるのに、見捨てないでくれてありがとう」

「迷惑だなんて思ってないし、子供は親に迷惑かけて育っていくものなのよ。レオンは家を出るのが早すぎたぐらいだから、たくさん迷惑をかけてちょうど良いわ」

「そうだよレオン、見捨てるなんてあり得ない。伸び伸びとやりたいことをやればいいよ」


 ……やばい、泣きそうだ。絶対、絶対に皆は俺が守る。本当に家族の皆が大好きだ。

 

「……うん、ありがとう。皆は絶対に俺が守るよ」


 俺は涙声でそう言った。


「レオンが守ってくれるのならば心強いわ」

「レオンは自慢の息子だからね。頼りにしてるよ」

「……うん! 安心してね」


 俺たちの話がそうしてお互いに笑い合ったところで、リシャール様がまた口を開いた。


「突然このような話をしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ、話してもらえて良かったです」

「そう言っていただけるとありがたいです。皆さんのことは公爵家の者も影から護衛しておりますので、ご安心くださればと思います。……事後承諾になってしまい申し訳ないのですが、護衛はこれからも継続してよろしいでしょうか?」

「私達を、護衛してるのですか?」

「はい。建物の外からですが、護衛を指示してあります」

「それは、も、もちろん、ありがたいです……」


 父さんは自分に護衛がいたという事実にかなり驚きながらも、なんとかそう返した。


「それは良かったです。ではこれからも継続させていただきますので、ご心配しすぎずにいつも通りお過ごしください」

「は、はい、あの、本当にありがとうございます」


 そうして真面目な話もしつつ夕食会はすぎていき、ついにお開きとなり各々自室に戻った。

 皆は緊張の連続と慣れないことをした疲れで疲労が蓄積していたようで、すぐに自分の部屋に戻っていった。マリーは話し合いの途中で寝落ちして、担当の使用人さんに部屋まで連れて行ってもらっていた。

 これならば緊張で寝られないということはなく、皆朝までぐっすりだろう。そう安心して、俺もその日はすぐに眠りに落ちた。

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