第210話 空間魔法の検証

 次の日の朝。

 俺はいつもより早い時間に目覚め、いつもより素早く準備を済ませた。今日は朝早くから魔法の検証が始まるのだ。

 集合場所は屋敷の裏手にある、俺が即席で作った魔法検証場だ。かなりの高さがある壁を土魔法で作りその壁で広範囲を覆った。その内側で魔法の検証をするのだ。

 万が一にも外から侵入されないようにバリアで壁の内側を覆ってあるし、完璧だと思う。出入り口も皆が中に入ったら塞ぐ予定だ。



 俺が集合場所に向かうと、すでに参加してくれる使用人の方々は集まっていて、マルセルさんも既に来てくれていた。


「マルセルさん、おはようございます」

「ああ、おはよう」

「お疲れですか……?」

「公爵家にいてぐっすり寝られるほどわしは図太くないんじゃ。ただ一晩よく寝られないぐらい大丈夫じゃよ」


 マルセルさんって、意外と繊細だったんだな……


「マルセルさん、今回は俺のわがままで参加してくださって、本当にありがとうございます」

「いいんじゃよ。レオンの役に立てるのならば嬉しいからな」


 マルセルさんは小さな声でそう言って、誤魔化すように欠伸をした。


「ありがとうございます」


 そうしてマルセルさんと話をしていると、母さんと父さん、それからマリーがやってきた。


「皆おはよう。昨日はよく眠れた?」

「うん!」


 マリーは朝から元気一杯にそう答えてくれた。母さんと父さんは顔に疲れが滲んでいる様子だ。


「二人は眠れなかった?」

「いや、ぐっすり眠れたんだよ。だから体は疲れてないんだけど、気持ち的に疲れてるんだ……」

「そうね。私もなんだか疲れてる気がするわ……」

「ごめんね。もう少し付き合ってね」

「ええ、もちろんよ」


 それからしばらく皆で談笑していると、カトリーヌ様、フレデリック様、ジュリアン様が屋敷から出てきた。


「皆様、おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」

「ええ、もちろんよ」


 そしてそのすぐ後に、リシャール様とリュシアンがステファンとマルティーヌを連れて来た。これで全員揃ったな。


「レオン来たわよ。私、今日をとても楽しみにしていたの!」

「マルティーヌ様、おはようございます。わざわざお越しいただきありがとうございます」

「こんなに面白そうなこと、逃したら損だからな」


 ステファンがいつになく楽しそうにそう言っている。ステファンは魔法の検証とかそういうのが好きなのか。


 二人には王立学校の帰りに馬車の中で、この魔法の検証についてと俺が空間魔法を使えることについて話した。実際に使ってみせた時は本当に驚いていたけれど、その時は馬車の中だったので少し見せただけだから、今日の検証を楽しみにしていたらしい。


「ご期待に添えるかどうかわかりませんが、本日はよろしくお願いいたします」

「ああ、よろしく頼む。それよりもレオン、後ろの方々は?」

「ああ、紹介いたします。私の父と母、それから妹のマリーです」

「まあ、レオンのご家族なのね。私はマルティーヌ・ラースラシアと申します。これからよろしくお願いいたします」

「私はステファン・ラースラシアです。よろしくお願いします」


 二人は俺が紹介すると、家族皆に向けて丁寧に挨拶をした。


「皆、この方々はこの国の第一王子殿下と第一王女殿下だよ」

「お、王子様と王女様……?」

「そう。王立学校で仲良くさせていただいてるんだ」

「王子様と王女様と、仲良く……?」


 母さんと父さんはあまりにも上の存在の登場に、かなり混乱しているらしい。

 事前に知らせておいてあげた方がよかったかな? でもそうしたら昨日の緊張感がより強かっただろうし……難しいところだ。できる限り緊張しないように驚かないようにと思ってるんだけど、凄い人たちすぎてどうしても難しい。


「お兄ちゃんのお友達なの?」

「そうだよ」

「じゃあ、私もお友達になれるかな?」


 マリーが少しだけ不安な様子でそう聞いてきた。

 俺は、二人は偉い人だから友達にはなれないんだ、そう言おうと思ったけれど、不安気に聞いて来たマリーが本当に、本当に可愛かったので言えなかった。

 なのでステファンとマルティーヌの方をチラッと見て、マリーと友達になってくれるかを確認する。すると二人は頷いてくれたので、俺は笑顔でマリーに向き直った。


「マリー、お友達にはなれるけど、凄い人たちだからちゃんと様をつけて呼ぶんだよ。ステファン様とマルティーヌ様ね」

「ステファン様と、マルティーヌ様……?」

「そう。覚えた?」

「うん!」

「じゃあ行っておいで」


 俺がそう言うとマリーは二人の下に駆けて行き、笑顔で可愛らしく挨拶をしている。二人はそんなマリーの様子に嬉しそうだ。とりあえず仲良くなれそうで良かったな。

 そうして二人とマリーが話している様子を微笑ましく見守っていたら、リシャール様に話しかけられた。


「ではレオン君、全員揃ったので出入り口を塞いでくれるか?」

「かしこまりました。では塞ぎますね」


 俺は一箇所だけ開けていた出入り口を完全に塞ぎ、誰も出入りができないようにした。


「これで大丈夫です」

「ありがとう。では皆聞いてくれ」


 リシャール様がそう言うと、皆は会話をやめてリシャール様の方に体を向ける。


「これからこの場で行われた検証については他言無用だ。ここにいる者は信頼できるから大丈夫だとは思うが、今一度確認しておく」


 リシャール様のその言葉に皆が力強く頷いた。


「よしっ、では早速魔法の検証を始めよう。まずは魔物を使った検証からだ。この箱の中に魔物が一匹入っている。危険度はかなり低いが、急所に攻撃を喰らえば危険なので十分注意してくれ」


 リシャール様がそう言って示したのは、俺の胸ほどの高さの鉄の箱だった。さっき身体強化魔法が使える使用人数人で運んでいたことから見ても、かなり頑丈なものだろう。

 中にはどんな魔物が入っているんだろうか?


「リシャール様、中にはどのような魔物が入っているのですか?」

「ツノウサギだ。魔物の中では弱い部類だが、風魔法を使い素早く動くので、慣れていないものには厄介だと言われている。基本的には風魔法を使い加速をし、ツノで突進する攻撃をしてくる」


 それ、結構怖いな……油断したらダメなやつだ。


「できれば箱から出さずに検証を終えられたらと思っている。それでも大丈夫か?」


 アイテムボックスの検証は箱に入った状態でも大丈夫だろう。転移は……一応箱なしでもやってみたいかな。多分関係ないだろうけど、せっかくの機会だから試しておきたい。


「魔物を転移させられるのかだけは、箱なしで試してみたいです」

「分かった。ではそれ以外は箱から出さずに頼む」

「かしこまりました。まずは箱に入ったまま転移させられるのかを試してみます」


 そうして俺は箱に手を触れ、まずは自分と一緒に転移できるかを試してみた。すると問題なく転移できる。


「おおっ」


 転移魔法を見て皆から歓声が上がった。やっぱりいつ見ても転移は興奮するみたいだ。

 それから箱に入れたまま色々と検証をして、やっぱり転移は俺と一緒じゃないとできないことが分かった。ただ岩などと同様に俺が触れてなくても、魔力を広げれば同じ場所へと転移することはできる。


 あとの検証は箱から出してみてかな。


「リシャール様、箱から魔物を出してみたいのですが構いませんか?」

「十分注意してくれ」

「かしこまりました」


 リシャール様に返答して、まずは箱と自分の周りをバリアで覆った。こうしておけば万が一何かあっても他の人に危害が加わることはない。

 そして厳重な蓋を開いた。開く前に蓋があった部分をバリアで塞ぐのも忘れない。


 …………ガキンッ。


 蓋を開いた瞬間、上に向かってツノウサギが突進して来たみたいだ。バリアをしといて良かった……

 上から中を覗いてみると、そこには日本によくいたウサギよりも二回りほど大きくて、額の部分に大きなツノが生えているウサギがいた。顔は可愛いというよりも、ちょっと怖い感じだ……。それに毛並みもふわふわというよりも硬くて指に刺さりそうな毛が生えているように見える。

 この魔物が弱い部類なのか。魔物って予想以上に怖い存在かも。


 そんなことを考えつつバリアでツノウサギを覆い、俺の目の前まで運んだ。そしてバリアの箱ごと、俺と一緒に転移させてみる。うん、問題なくできるみたいだ。

 これは……魔物も他の物と同じように転移させられるって結果で良いだろう。転移には生物や無機物だったり、その辺のことは関係ないのかもしれないな。


「リシャール様、魔物も他と同じように転移させられるようです」

「分かった」

「では次の検証にいきますね。アイテムボックスの検証ですので、まずはこの鉄の箱ごとツノウサギを仕舞ってみます」


 俺はバリアから鉄の箱の中にツノウサギを戻し、箱ごとアイテムボックスに仕舞おうとした。


 …………あれ? 仕舞えないかも。


 何度やってもうまくいかない。箱から出したらできるのだろうか。そう考えてツノウサギをさっきと同じように箱から取り出し、アイテムボックスに入れようとしてみる。しかしこれも上手くいかない。ツノウサギを取り出した鉄の箱は問題なく収納できる。

 

 ということは、魔物は収納できないってことだろう。何か法則があるのかな……


「リシャール様、魔物はアイテムボックスに収納できないようです。……これは仮説ですが、魔力がある生物は収納不可能なのかもしれません」

「ふむ、そうなのだな。では死んだ魔物ならばどうだ?」


 死んだ魔物……そっか。それも検証すべきだよね。それって、このツノウサギを殺して検証するってことだ。


 俺は一瞬だけツノウサギを殺すのを躊躇った。今まで俺が殺したことがあるのは、いずれも自分を襲って来ていた動物だけだったからだ。

 このツノウサギは、今俺の命を脅かしている訳ではない……。でも、この世界で魔物を殺すのを躊躇っていちゃダメだよな。その一瞬の油断が命取りになるかもしれない。魔物の森で俺が魔物を見逃したら、その魔物が他の人を襲うかもしれない。


 そう考えて一度目を閉じて息を吐き、決意を固めて顔を上げた。そしてさっきと同じようにバリアでツノウサギが外に出られないようにして鉄の蓋を開ける。ツノウサギはいつでも攻撃できるようにか、こちらを睨むように見ている様子だ。


「……ごめんね」


 俺は小声でそう呟いて、土魔法で小さめのバレットを箱の中に作り出し、ツノウサギの脳天に向けて放った。

 ツノウサギは狭い箱の中で逃げることはできなかったようで、そのまま攻撃を受けて生き絶えた。


 俺はその様子を静かに見つめ、震えそうになる手をぎゅっと握って押さえつける。そして一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、ツノウサギをアイテムボックスに仕舞った。するとさっきは全く仕舞えなかったのに、当たり前のように収納できる。

 ということは、魔力を持った生きているものが収納できないのかもしれない。


 そう結論づけて顔を上げた。


「リシャール様、死んだ魔物は収納可能なようです。ですので、魔力を持った生きているものが収納不可の可能性が高いと思います」

「そうか、それは朗報だな。それならば万が一にも事故が起きて、人が巻き込まれる心配は低くなった。ただ絶対ではないのだ、これからも気をつけてくれ」

「かしこまりました」


 そうして魔物を使った検証は終わり、次は転移魔法の検証をすることになった。

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