第196話 アルテュルの現状
次の日の放課後。
今日こそ仕事をせずに、研究会で皆とゆっくり話して学生生活を満喫しよう!
そう思って研究会に向かっていたら、途中でリュシアンに捕まって馬車まで連れてこられた。今日は研究会には行かずに帰るらしい……俺ののんびり学生生活が……
そう嘆きたかったが、リュシアンがいつになく真剣な表情で話があると言ってくるから、俺まで緊張して全くふざけられる雰囲気じゃなかった。
そうしてリュシアンに連れてこられた馬車の中。
「リュシアン、そんなに怖い顔でどうしたの? 何かあった?」
「……ああ、実は今日アルテュルと話したんだが、その話が結構辛いものでな……私たちに責任の一端があると思う。だから、レオンには話しておこうかと思ったんだ」
アルテュル様?
前に平民のことを教えた日からほとんど関わりなかったんだけど……、もしかして、なんかやばいことになってるのかな?
アルテュル様のお父さんってかなりヤバそうな人だったよな。アルテュル様を、傀儡化しようとしているかのような教育をしてた……
「アルテュル様、何かあったの?」
「ああ、まずアルテュルはあの後平民についての認識を改めたが、家の中では今まで通りに振る舞っていたらしい。しかし夏の休みの終わり頃、アルテュルの父親であるプレオベール公爵が、平民の使用人に罰を与えていたところに遭遇したらしい。なんでも下働きの者だったが、プレオベール公爵の前に姿を現してしまったようだな。それでひどく罵声を浴びせられて暴力を振るわれているところを、アルテュルが咄嗟に庇ってしまったらしいのだ。そして、この者も私たちのために働いてくれているのだから許すようにと、そう言ったらしい」
待って……、まずアルテュル様のお父さんが酷すぎて言葉にならない。姿を現しただけで暴力を振るわれるって、どういうこと?
確かに、使用人は極力主人の前に姿を現さないようにと教育される家もあると前に聞いたけど、姿を見せただけでそこまでされるのは……、流石におかしいよね?
でもそれがプレオベール家の、いや敵対勢力の貴族家の普通なのかな……そんな貴族、絶対に嫌だ。
というか、アルテュル様ってそんな家に育ったのに、よくあそこまで素直な性格になったよね。最初は上から目線でなんて生意気な子なんだと思ったけど、知れば知るほどよくここまで素直な子になったなと、逆に驚くほどだ。
「そしてプレオベール公爵は、下働きの者を庇ったアルテュルに激怒し、一週間水と少しのパンしか与えずに部屋に閉じ込めたらしいんだ。なぜそんなことをしたのか理由を答えろと言って。そこでアルテュルは我慢の限界になり、王立学校で知り合った友人に平民の大切さを学んだと答えたらしい。するとそれによりさらにプレオベール公爵の怒りを買い、これからは閉じ込められた部屋から一歩も出さないと言われたようだ。しかし王立学校を卒業しなければ貴族になれないからか、その数日後に学校だけは行くようにと厳命され、やっと部屋から出れたらしい。しかし授業が終わった五分以内に馬車に乗り屋敷に帰るという条件付きで」
……マジか。なんかもう、言葉が出ない。とりあえずそのまま監禁されたりしなくて本当に良かった。もしそのまま外に出られなければ、俺たちが現状を知ることもできなかっただろうからね……
それにしても、実の父親にそんなことされるなんて、想像するだけで辛くて悲しい。
……どうしよう。どうすれば助けられるんだろう。俺は血の気が引いて、手足がどんどん冷たくなるのを感じた。
だって、リュシアンが言うようにこの状況になった原因は俺だよね。俺のせいで、アルテュル様が苦しんでるなんて……
「リュシアン、……どうすればいいかな?」
そう聞いた俺の声は少し震えていた。
「レオン、落ち着け。話を聞いた限りでは、アルテュルはその後教育し直されているらしいから、とりあえず命の危機にさらされるようなことはないだろう」
そうか……、それなら、とりあえずは良かった。
俺は命の危険はないと言うことを聞いて、少しだけホッとした。でもまだ全然安心できない。
「アルテュル様は、これからどうなるのかな?」
「アルテュルは、父上や執事の言うことを信じるのではなく自分の目で見たものを信じると言っていたから、これからも溝が埋まることはないだろうな……」
「何か、してあげられないかな?」
「そうだな……他人の家のことだから、私たちができることは少ないだろう。王立学校の中で話し相手になるぐらいだな。ただ、レオンはそれも控えたほうが良いと思うぞ」
「確かに、平民と話すのはやめたほうが良いよね」
「ああ」
じゃあ俺にできることは何もないのかな……。でも何かしてあげたい。アルテュル様は本当は良い子なんだ。あの短時間で十分それが伝わってきた。父親が最悪なだけなんだよな……
そういえば、他の家族ってどうなんだろう? それにそもそも、普通は父親って領地にいるはずだよね?
「ねぇ、アルテュル様の他のご家族は? それになんで父親が王都にいるの?」
「ああ、アルテュルの祖父母は数年前に事故で亡くなったんだ。そして母親はアルテュルを産んで数年後に病気で亡くなった。貴族の間では有名なことだ。それから、確かプレオベール公爵には妹がいたらしいが、他家に嫁に出ていると思う。それからアルテュルには歳の離れた後妻の妹と弟がいるらしいが、まだ二歳と生まれて間もない子だと言っていたな。そんな状態だからか、領地は代官と後妻に任せてプレオベール公爵は王都にいるんだ」
それじゃあ、王都の屋敷にはお父さんとアルテュル様の二人だけってこと……? それって、逃げ場ないよね。
何かしてあげられることないかな。何か助けられるようなことできないかな……
このまま何もせずにアルテュル様に何かあったら、絶対に後悔する、一生後悔するだろう。ダメだ、何かできることを考えよう。
でも全く関係のない公爵家での出来事だ。根本から解決するのは俺には不可能だろう。それならば、最低限命の危機からは助けたい……
そうしてしばらく何かできないかを考えて、俺は一つの決意をした。
バリアの魔法具を、アルテュル様に渡そう。
今まではこれ以上使徒様として疑われないように隠してきたけど、空間魔法のことについてリシャール様に報告しようと思う。これもいつかは報告すべきだと思ってたんだ。
そして、アルテュル様にロニーにも渡したバリアの魔法具を渡しておこう。そうすれば、もし命の危険が迫った時でもバリアを発動して逃げられるだろう。
俺はそう覚悟を決めて、リュシアンの方に顔を向けた。
「リュシアン、アルテュル様を少しでも助けるために、リシャール様に報告したいことがあるんだ。もちろんリュシアンにも」
俺がそう真剣な表情で言うと、リュシアンは何かを察してくれたのか、真剣な表情で頷いてくれた。
「わかった。じゃあ今日お祖父様が帰ってきたら、話を聞いてもらおう。私も同席するぞ?」
「うん。ありがとう」
そうしてこれからの予定を決めたあとは、二人とも一言も話さずに馬車に揺られた。
公爵家に着き俺とリュシアンが馬車から降りると、俺たちのいつもと違う重い雰囲気に、ロジェとリュシアンの従者の方が緊張したような表情を一瞬浮かべた。しかしそれを悟らせないようにすぐ表情を元に戻すあたり、二人はプロだよね。
「レオン様、おかえりなさいませ」
「ただいま。ロジェ、このあとリシャール様に報告があるんだ。リシャール様がお帰りになられたら話せるように調整してくれる? リュシアンも一緒に」
「かしこまりました。では、それまではお部屋でお寛ぎください。軽食などご用意できますがいかが致しますか?」
「お腹空いてないからいいかな。お茶だけお願い」
「かしこまりました」
そうして俺はロジェにこの後の調整を頼み、一先ず自室に帰って落ち着くことにした。まだ衝撃で頭が纏ってないから、何を話すのかとまとめておかないと。
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