第193話 お金の話 後編

「まず経費だけど、皆の給金はどのぐらいにする予定?」

「そこが結構難しいんだよね。貴族の使用人と同等ぐらいでも良いかなと思ってるんだけど、それだとこの辺のお店の従業員としてはかなり高くなるんだ。どう思う?」

「うーん、難しいところだね。とりあえず、アンヌさんとエバンさん、それからヨアンさんは貴族の使用人と同等で良いと思う。それも使用人の中でも上の立場の人と同等かな。やっぱり能力がある人にはそれ相応の給金が必要だと思うんだ。ずっと働いてもらうためにもね」


 確かにその三人は、俺も今までより下げることは考えていなかった。今までもらっていただろう給金に少し上乗せするぐらいかな。


「俺もそう思う。じゃあその三人はそれで良いとして、あとは他の皆だね。他の皆はまだ能力もあるわけじゃないから、今はまだそこまで高くしない方がいいかと思ってるんだ。能力がついてきたら段々と給金が上がる方が、やりがいもあると思うし」

「うん、僕もそれで良いと思う。じゃあこの辺のお店の従業員の相場より、少し高いぐらいでどう?」

「うん。それでいこう」

 

 そうして話し合ったことをロニーが書き込んでいく。

 俺はその様子を眺めつつ、ロニーの給金についても考えていた。ロニーの給金はとりあえずアンヌ達よりも多くすべきだよな。やっぱり店長は一番給金をもらう立場にすべきだし、ロニーの働きは大きいからね。仕事も責任あって大変だろうし。

 そうして考えていると、ロニーが書き込み終わったようでまた次の議題だ。


「あとは材料費と、各種魔法具の維持費が一番かかるのかな? 確か新しい魔法具も増えるんだよね?」

「うん。魔法具の維持費が一番かかるかな。でも俺も魔石に魔力を込めるし、魔力量が五の人にはできれば手伝ってもらうことにするから、少しは節約できると思うよ」

「確かに魔力量が多い人も結構いるんだよね。じゃあそこも考慮に入れておくよ。材料費は……どれぐらいかかるんだろう。砂糖とかはかなり使うよね?」

「うん。あとは牛乳やバターとかもかなり使うし、果物とかも使う予定だから……結構かかると思う」


 今ヨアンが試作してくれている材料費の、数倍は考えた方が良いだろうな。


「これからヨアン達が試作や研究で使った材料費の、数倍って考えれば良いかな」

「わかった。うーん、かなり大雑把だけど、三週間で白金貨二枚ぐらいはかかるかも。あっ、給金は三週間に一度にする? それとも六週間?」

「振り込むのが大変だから六週間でも良いかなって思ってるんだけど……」


 この世界は一月が九十日なので、月単位ではなく三週間や六週間ごとに給金を渡されるケースが多いのだ。平民は手渡しで大金を持ち歩くのは大変なので、三週間に一度が普通。貴族の使用人や中心街のお店の従業員などは、口座を作って六週間に一度振り込みの場合が多い。ただ中心街でも、給金の低い下働きなどは手渡しのケースも多いらしい。


「確かに、このお店だと振り込みになるのか。それだと六週間が良いかもね。じゃあ、皆の銀行口座も作らないとだよ? 僕も持ってないし」


 そうだ! 作ろうと思って忘れてたよ。


「すっかり忘れてた。それよりも、口座に振り込みでいいのかな? 手渡しの方が良い?」

「うーん、手渡しだと安全に保管しておくのが大変だし、銀行口座を作れるのならやっぱりそっちがいいんじゃない?」

「そうだよね。じゃあ皆で作りに行こう。この後話が終わったらでいいかな?」

「うん。早い方がいいよ」


 皆に口座を作ったら、カードを無くさないように首から下げるタイプの財布も買ってあげよう。俺からの支給品ってことにすれば良いだろう。これからは絶対に必要だろうからな。俺もマルセルさんに買ってもらって今でも重宝してる。


「じゃあ経費は六週間の計算なら、白金貨三枚ぐらいかな。それで、どれほど売り上げは伸びると思う?」

「そこが難しいんだけど、俺のお店の商品はかなり値段設定を上げられると思うんだ。味は文句なしに美味しいし、今までにないスイーツだし、見た目も綺麗で華やかにする予定だから」


 中心街の真ん中にあるお店ということも考慮すると、カットケーキは一つ銀貨二枚、日本円換算で二万円でも売れると思うんだよね。

 日本円換算すると高すぎるって思うんだけど、前に王城近くのお店で食べた、フレンチトーストを砂糖コーティングして砂糖漬けの果物を盛り付けて砂糖がまぶしてあるスイーツ、あれ銀貨三枚もしたんだ。

 俺には甘すぎて微妙だったあれが銀貨三枚なら、中心街の真ん中でもヨアンのケーキなら銀貨二枚でいけると思う。もう少し高くても良いぐらいだ。

 そしてホールケーキなら金貨で売れると思う。パーティーに特別のデコレーションケーキを金貨三枚とかもありだよね。貴族には絶対に売れるはずだ。


 あとは包装をどうするのかなんだけど、おしゃれで可愛い木箱を用意して、それに入れるのを今のところ考えている。この世界には厚紙というものがあまりないから、それなら木箱の方が手に入れやすいのだ。木箱も材質を考えれば質の良いものになるし。

 そしてその木箱のお金ももちろん取るけど、二回目からは木箱を持参したらそのお金は取らないとかにするのもありだよね。さらに木箱のバリエーションを増やしてコレクション欲を刺激するとか。

 貴族の馬車はそれほど揺れないし、さらに中心街はしっかりと舗装されているから持ち運びに問題はないだろう。


 そうだ、冬以外は製氷機の氷を適当な大きさにして布で包んで、箱の上部に入れられるようにしたい。その部分も箱に組み込んだ方が良いな。

 ちょうど俺の店は中心街の真ん中にあるから、どの貴族の家にも、長くて馬車で三十分程度だろう。それならば氷があれば大丈夫だと思う。それも実験しないとだ。

 まあ、貴族の馬車ってこれからは冷風機完備になっていくんだろうし、多分問題ないと思う。


 あとはパーティーには、大きなデコレーションケーキをお届けするサービスもありかなと考えているところだ。ウエディングケーキみたいな大きいやつ。多分貴族は好きだよな。

 でも流石にそれは持ち運べないから、準備はお店でして仕上げは貴族の屋敷でやらないといけない。その場合は派遣費用も上乗せしないと。


 

 ――そうして色々と考えていると、経費分はすぐに回収できる気がする。俺の見通しが甘いのかもしれないけど、でも今までにないスイーツだし、さらに簡単には真似できないものだ。味も見た目も貴族に受けると思う。

 また、マルティーヌやカトリーヌ様達が宣伝もしてくれそうだし……うん、控えめに見積もっても黒字になる気がする。


「俺の控えめな予想でも黒字になると思うんだ」

「本当? いくらぐらいで売るの?」

「基本的には一番安いもので銀貨二枚ぐらいかな。大きなものは金貨もありだと思う。あとは貴族向けに特別なスイーツを出張サービスとかで、金貨数枚とか」


 それから俺は、色々と考えているプランをロニーに話した。ロニーはまだケーキの完成形を知らないからそんなに高く売れるのか半信半疑だったけど、とりあえず納得してくれたらしい。

 そして木箱については、ロニーにはかなり高評価だった。


「木箱は凄く良いと思う。僕、レオンのお店の店長になることが決まってから色々と調べたりしたんだ。多分貴族様に受けると思う。あとは木箱の外側や内側を、綺麗な布で装飾したり、特別品で宝石をはめ込んだりするのもアリじゃないかな? そこまで高くはない宝石で良いと思う。貴族様達は頻繁にお茶会をやるでしょ? お茶会にお気に入りの箱とケーキを持ち寄ったりとか、色々考えられるよ」

「確かにそうだね。じゃあ、とりあえずこのプランでやってみようか。後で各種工房にお願いしておくね」

「うん! あとはお店の紋章を決めた方が良いんじゃない? お店の紋章というか、レオンの商会の紋章かな。それを決めて木箱にも印字した方が良いよ。お店の外にも」

「確かに、考えてみるよ」


 紋章あった方が良いな。商会の紋章って自由なのかな? もし自由ならまた漢字にしようかな。真似されないものが良いよね。


「商会の紋章ってなんでも良いの?」

「うーん、確かなんでも良かったはず。貴族様お抱えの商会は、貴族様の紋章を少し変えたやつとかが多いけど、そうでないところは自由だったよ。文字を少し変えたり、記号みたいなやつとか、動物とかだったり。でも何かしらの意味があることが多いみたい」

「そうなんだ」


 うーん、漢字は真似されないという点ではいいけど、他の人に全く意味は伝わらないよね。

 じゃあ、何かイラストにしようかな。食べ物のお店をやるんだから食べ物に関わるものが良いだろう。それに地味じゃなくて華やかなもの……。苺のショートケーキにしようかな。イラストとして描きやすいし。苺のショートケーキの周りに、花とかでいい感じに装飾した紋章で良いんじゃないだろうか?

 そう思って俺が、思いついたものを紙に書いてみると、ロニーに得体の知れないものを見るような目で見られてしまった。


「レオン……それは何?」

「え? 紋章だよ。今思いついたやつ」

「えっと……何が書いてあるの? 三角の何かに、丸い何かとぐるぐるしてるやつ……?」

「真ん中のがケーキだよ。これから売り出すスイーツ。そして周りがお花のつもり」


 俺がそういうと、ロニーは紙をぐるぐると回転させながらしばらく眺めて、ため息をついた。


「はぁ、レオン。レオンが考えるの禁止! さすがにこれは……、下手すぎるよ」


 ロニーは言葉を選ぼうとしたけれど、結局諦めてストレートにそう言った。

 そんなに下手かな? まあ、確かに上手くはないけど……。何が書いてあるかはわかると思うんだけどな。

 でもそういえば、俺って美術の通知表欄にいつも絵を頑張りましょうって書かれてたな……。最近絵を描くことなんてないから忘れてた。


「レオン、紋章は絶対に絵師に考えてもらってね!」

「わかったよ。ちゃんとそうするから心配しないで」


 そうしてそれからも色々と話し合い、今日の話し合いは終わりとなった。凄く良い時間になったな。


 それから夕食まであと少しだったけど、今日は夕食の時間を少しだけ遅らせてもらい、皆で銀行に口座を作りに行った。皆は初めて入る銀行にビクビクしていたけど、口座を作る頃には少し慣れたようだったので大丈夫だろう。

 そして口座を作ったあとは皆で革製品を売っているお店で財布を買い、従業員寮に帰ってきた。


「じゃあ皆、これから頻繁に来ることはできないけど、回復の日はできる限り様子を見にくるようにするよ。これからよろしくね」

「かしこまりました。精一杯頑張ります」


 そうして皆と挨拶をして、俺は公爵家に戻った。

 ふぁ〜、有意義な時間だったけどすっごく疲れたな……帰ったら早く寝よう。俺は馬車の心地よい揺れで眠くなる目を擦りつつ、なんとか寝ずに公爵家まで辿り着いた。しかしそこで力尽き、夕食を食べずに眠ってしまった。子供の身体は眠気に抗えないのだ。

 次の日と朝、公爵家の皆さんにかなり体調を心配されたことから、これからは心配かけないように気をつけようと心に誓った。

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