第149話 生クリームのお披露目

 お店のことで忙しく毎日を過ごしていたが、俺は一つ重大なミスを犯していた……。そのミスに気づいたのは一昨日の回復魔法の授業だ。

 授業に行く馬車の中で、何気なくステイシー様が放った一言。「レオン、また今週もうちに来るのですか? それならば、一つ試食をして欲しい料理があるのです」この一言で、俺が毎週ダリガード男爵家に行っていることが、マルティーヌにバレたのだ。

 もちろん隠しているつもりはなかった。でも色々忙しくて言うのを忘れていたというか、言う必要があると思っていなかったというか、もう言ったつもりだったというか…………とにかく、マルティーヌへの報告を忘れていたのだ。


 マルティーヌがステイシー様のその言葉を聞いた時は、本当に怖かった。責めるような目で一分くらい睨まれたと思ったら、「何故レオンは、ダリガード男爵家に毎週行っているのかしら?」そう冷たい声で言われた。


 ……本当に、怖かった。


 とにかくやばいと思って、俺は必死に今までの流れを説明して、ステイシー様の屋敷で何をしているのか事細かに話した。でも、生クリームの話をしたところで、マルティーヌの怒りがより酷くなった。

 甘いものが好きなマルティーヌに、新しいスイーツの情報をすぐに伝えなかったのは完全に俺のミスだ……。とにかく、次はすぐに伝える、絶対。


 それからは何とかマルティーヌに謝って、今日生クリームをお披露目をすることで許してもらったのだ。

 公爵家で今度は生クリームの試食会だ。ヨアンに今日だけ特別に公爵家に来てもらって、生クリームを乗せたパンケーキを作ってもらっている。公爵家の皆の分もだからヨアンは大変だろう……ヨアンごめんね。


 そうして今は、公爵家の応接室に俺とリュシアン、ステファンとマルティーヌだけがいて、目の前には出来立てのパンケーキがある。ついさっき運ばれてきたもので、食欲をそそる甘い匂いが部屋中に広がっていて、お腹が鳴りそうだ。

 ヨアン流石だな、前よりも盛り付けがかなり進化している。パンケーキの上には生クリームと共にいくつかのフルーツが盛り付けられていて、カラメルは別の容器に好みで掛けるようにと添えられている。


「わぁ、レオン、これがパンケーキなの!? とても良い匂いだわ!」

「うん。下の生地がパンケーキで、上に乗ってる白いのが生クリーム、別の容器に入っている焦茶色のものがカラメル。カラメルは好みで生クリームやパンケーキに掛けて食べてね」


 マルティーヌを筆頭に、ステファンとリュシアンも待ちきれない様子で目を輝かせている。この様子だと今話しても何も頭に入ってないな。俺は苦笑しながら皆に言った。


「じゃあ食べてみて、感想を聞かせてね」


 そう言った途端、皆は一斉にカトラリーを手に持ち、優雅さは保ちつつも最大限の速さでパンケーキを口に運ぶ。

 マルティーヌはパンケーキに生クリームとフルーツを添えて一緒に一口、ステファンはパンケーキだけを一口、リュシアンは生クリームだけをまず一口。

 最初にどう食べるのかで結構性格が出るよね。マルティーヌはとにかく甘いものは全部好きだと言わんばかりに一斉に、ステファンは初見の生クリームはとりあえず避けてパンケーキだけ、リュシアンはとにかく珍しい生クリームから。

 俺はもちろん、まずはパンケーキだけを食べる。この素朴な甘さが良いんだ。次は生クリームとパンケーキ、生クリームの甘さが加わるとまた別次元の美味しさになる。そして次は生クリームにカラメルを掛けてパンケーキと一緒に、甘さの中に少し苦味が加わることでまた別の味わいになる。最後にフルーツは生クリームと共に、少し酸味のあるフルーツが生クリームの甘さとマッチして最高に美味しい。

 うん、最高だ。最高すぎる。スイーツって、甘いものって、幸せだ。


 俺がそうしてパンケーキを堪能していると、皆は半分ほど食べて少し落ち着いたようで、感想を話し始めた。


「レオン、こんなに美味いものを隠しているなんてズルいぞ!」

「ああ、リュシアンに完全に同感だ」

「本当ですわ! こんなに美味しいものを独り占めしていたなんて」


 感想というか、俺への文句だけどね。確かにこの三人にはもう少し早く教えても良かったかもしれない。


「ごめんごめん、隠してるつもりはなかったんだよ。まだ完全に完成というわけじゃないし、わざわざお披露目するほどでもないかなって。お店もまだ開店しないし……」

「これで完成ではないのか!?」

「うん。ヨアンが色々と試行錯誤して美味しくしてくれてるから、もう少し変わると思うよ」


 実際このパンケーキも、俺が最初に教えたものよりかなり美味しくなっている。ヨアンが分量などを色々と試行錯誤してくれて、食感や味がだいぶ変わったのだ。

 そう、一つ驚いたことがある。実はこの世界にもはかりがあったのだ。

 もちろん日本のものとは違う形状で、多分正確さもそこまでではないのかもしれない。でもはかりがあるのとないのでは大違いだ。それによって味にムラがなくスイーツが作れるようになった。元は料理というよりも、薬師が使っていたものらしい。

 だからこれからもっと改良されて、美味しくなっていくのは確実だろう。ヨアンはかなり張り切ってるし。


「そうなのか……これ以上美味しくなるなど想像もつかないぞ」

「楽しみにしてて。それにお店では、パンケーキ以外にもたくさんのスイーツを売り出す予定だよ」


 俺がそう言うと、今度はマルティーヌが驚きの声を上げた。


「そんなにたくさんのスイーツを開発したの!?」

「今開発してる途中だよ。いくつ完成までいけるかわからないけど、できる限りスイーツの種類は増やす予定」

「素晴らしいわ! 新しいスイーツが開発されたら、今度はしっかりと報告するのよ、絶対よ!」

「ちゃんと報告するよ。でもそろそろ夏の休みでしょ? その間は難しいかなぁ」


 俺がそう言うと、三人ともがキョトンとした顔をして首を傾げた。


「何故だ? 王立学校がない分、このような時間を確保しやすいのではないか?」

「そうですわ。何か予定でもあるの? 私、夏の休みはレオンと頻繁にお茶会をしようと思っていたのだけれど」


 え!? そうなの!?

 確かに夏の休みについては何も話してないけど……。俺はずっと実家に帰るつもりだったから、皆もそう思ってるのかと思ってたよ。


「俺は実家に帰るつもりなんだ。あとはロニーが育った孤児院にも行く予定。夏の休みが始まったらすぐに帰るよ?」

「そ、そうなの!? 私、週に数回はレオンとお茶会をしようと思っていたのに……」


 マルティーヌがそう言って落ち込んでいる。ステファンとリュシアンも少しだけテンションが下がっているようだ。

 えっと……実家に帰らない方が良かった? でも、実家には帰りたいし、母さんと父さん、マリーに会いたいし。


「皆ごめんね? えっと……皆は夏の休みは何をしてるの?」

「そうだな。基本的には屋敷で授業の復習をしつつ、王立学校で知り合った相手と交流する期間だな」

「じゃあ、皆は中心街からは出ないってこと?」

「基本的にはそうだぞ。だからレオンもそうだと勝手に思い込んでたが、確かにレオンは貴族ではないからな」

「中心街にいないとダメとかはないよね?」

「ああ、それは自由だ」


 それは良かった。それなら、皆には悪いけど俺は今までの予定通り、孤児院に行って実家に帰ろう。でも少し早めに帰ってきて、皆とお茶会をしようかな。


「じゃあ、俺はとりあえず実家に帰るよ。でも少し早く帰るようにするから、帰ってきたらお茶会をしてくれる?」

「絶対よ! 結局ギリギリに帰ってくるとかはダメよ」

「わかったよ。気をつける」


 そうして皆と夏の休みの約束をしつつ、パンケーキを堪能し、生クリーム会は終了となった。

 生クリームパンケーキは、とにかく幸せの味だった。夏の休みが終わる頃には、ケーキがなんとか形になると良いな。

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