第143話 作戦の結果

 ふぅ〜、俺は無意識に固く握っていた手を解き大きく息を吐く。見てるだけなのに、身体に力が入ってたみたいだ。男達は兵士を殺そうとしていたから、結構怖かった。

 できればこんな経験はしなくて良いほど平和なのが一番だけど、この世界ではこの経験も役に立つのだろう。屋台のことが解決するのも良かったけど、この戦いを見れたことも良かったな。


 俺がそんなことを考えつつ身体に入った力を抜いていると、兵士が男達を縛り終えたようだ。


「この男達はどうしますか?」

「レオン、どうするんだ?」


 リュシアンにそう聞かれた。あとは黒幕を聞き出せれば成功だ。


「黒幕を聞き出したいんだ」


 俺はそう言って男達に近づいていく。すると後ろから声がかけられた。


「レオン、僕も一緒に行くよ。作戦を考えたからには最後までやらないとね」


 ロニーは覚悟の決まった表情でそう言った。


「そうだね。じゃあ一緒に行こう」


 そうして二人で男達の下まで歩いていく。俺たちが近づくと、男達はあからさまに嫌そうな顔をして怒鳴ってきた。


「お前ら、屋台をやってる小僧だよな? お前らが嵌めやがったのか!?」

「お前らいつかぶっ殺してやる!」


 うわぁ……自分に殺意が向けられるのって想像より怖い、近づきたくない。でも黒幕を聞き出さないと意味がないし、頑張らないと。

 俺は止まりそうになる足に喝を入れて、男達の元まで歩いて行く。そして男達の目の前で止まり、極力威厳のある声で問いかける。


「一つ聞きたいことがあるんだ。誰に雇われてやったの?」

「はっ、そんなこと言うわけねぇだろ! 馬鹿な小僧だな!」

「ギャハッハッ、違いねぇや。馬鹿正直に答える奴がどこにいるんだ!」


 男達はそう言って、俺たちを馬鹿にするような声を上げる。やっぱりすぐに話してくれないか。俺がそう思ってどうすれば良いのか悩んでいると、ロニーが静かに口を開いた。


「雇い主に命を助けられたとか、大きな恩があるとか、そういう理由があるの?」

「あぁん? 違ぇよ、金だよ金! お前らみたいに金に不自由したことないやつにはわかんねぇんだよ!」

「ということは、雇い主には金で雇われただけってこと? なら隠す理由はないんじゃない? 拷問を受けて吐かされるか自分から話すか、どっちがいい?」

「はぁ? なんで拷問なんか受けることになってんだよ! 俺らがやったのは屋台壊しただけだろ? それなら罰金ぐらいだろうが!」

「そんなことも知らねぇのか? お前馬鹿なんだな。ギャハッハッ」


 男達はまた、俺たちを馬鹿にするような声をあげる。そして、それをまた遮るのはロニーの冷たい声だ。


「まだ自分が何をやったのか理解してないみたいだけど、あの屋台は普通の屋台じゃないよ。公爵家に所属している平民が借りてる屋台だから。自分達が何をやったのか、わかった?」


 ロニーが冷たい声と表情でそう言った途端、さっきまで威勢が良かった男達は一気に顔色が悪くなった。


「公爵家? そ、そんなこと聞いてねぇよ! 平民がやってる屋台で、売り上げを減らしたら金がもらえるって言われて。屋台を壊したらもっと金がもらえるって言われて……」

「知らなくても実際にやったのは事実だからね。公爵家に手を出したとなれば、死刑は免れないんじゃない? 良くて鉱山送りかな?」

「そ、そんな、俺たちは知らなかったんだ!!」

「そうだよ! そんなこと聞いてねぇよ!」

「君たちの雇い主に、わざと情報を隠されてたんじゃないの?」

「あ、あいつ……!」


 さっきまで、どこに向けたら良いのかわからなかった怒りの矛先が見つかったようで、男達は雇い主への憎悪を滲ませている。


「君たちを騙した相手を庇う必要なんてないんじゃない? むしろここで教えてもらえれば、僕たちがそいつを捕まえてあげる。もしかしたら君たちは知らなかったってことで厳罰を免れるかもよ?」

「ほ、本当か!?」

「可能性はあるんじゃないかな。君たちが素直に教えてくれたらだけどね」

「も、もちろん教えるに決まってる! あんな奴捕まえてくれ! 俺たちも騙された被害者なんだ!」

「それで、その雇い主は誰なの?」

「ヴォクレール商会の、サリムって奴だ!!」


 …………え? サリムって、同じクラスのサリム!?

 それって本当なの? 同姓同名のサリムとかじゃなくて?


「それって本当? サリムの歳は?」

「本当だ!! お前らと同じぐらいじゃねぇか?」


 マジか……まさかサリムがこんなことをやらせたなんて。最初は突っかかって来てたけど、俺がタウンゼント公爵家の所属だって知ってからは関わってこなかったのに。

 なんでこんなことをしたんだろう。確かに頻繁に蔑むような眼は向けられてたけど、実害がないから放置してた。


「ロニー、サリムって本当かな?」

「嘘を言う意味がないし本当だと思う。確かにいつもレオンを怖い目で見てるよね」

「うん。そっか、サリムかぁ……サリムを擁護する訳じゃないけど、クラスメイトってところはちょっとだけショックかも」

「確かに、毎日一緒に授業を受けてたからね」

「……うん。とりあえずこれをリシャール様に伝えて、サリムも捕まえてもらおうか」

「そうだね」


 それからは、公爵家兵士の方に王都兵士の詰所まで連絡に行ってもらい、男達は王都兵士に引き渡した。

 そして俺たちは屋敷に戻る。


 屋敷に戻ると、日付も変わった真夜中なのにリシャール様が俺たちの帰りを待ってくれていた。そこで報告のために皆で応接室に移動する。


「結果はどうだったのだ?」

「はい。作戦通りに男達がやって来て屋台の破壊を始めましたので、現行犯で逮捕し兵士に引き渡して来ました。そして黒幕も聞き出せたのですが、その黒幕がクラスメイトのサリムだったのです」

「サリムとは、平民か?」

「はい。ヴォクレール商会という商会の息子です」


 俺がそう言うと、リシャール様は少しだけ難しい顔で考え込んだ後、真剣な表情で俺に聞いて来た。


「レオン君、サリムという平民は友達なのか?」

「いえ、どちらかと言えば嫌われているようで、最初の頃に口論になって以降話しておりません」

「そうか、それなら良かった。もし友達ならば辛いかと思ったんだ」


 リシャール様はそう言いつつ顔を緩めた。そんなところまで気にしてくれるなんて、本当に優しい人だ。


「ご心配には及びません。それで、サリムはどうなるのでしょうか?」

「そうだな……。捕えた男達からサリムの名が出るのであれば一度捕らえられるだろう。しかし実際に男達へ仕事を依頼した契約書などが出てこない限り、重い罪になることはないな。罰金程度の可能性が高い。本人が罪を認めれば別だが」


 そうなるのか、確かに証拠不十分ってことになるのかな?


「だがサリムという少年は、今まで通りの生活を送ることはできなくなるだろう。公爵家に手を出したと知られれば、王立学校を辞めることになる可能性が高い。あとは実家の商会を放逐させられる可能性もあるな……」


 確かにどんな親かにもよるけどあり得るかも。自分の立場が大切なタイプの親だったら、公爵家に手を出すような息子はすぐに放逐しそうだ。

 もしそうなった場合、サリムが流石に可哀想というのもあるけど、それよりも逆恨みが怖いな。できればサリムを目の届くところで監視していた方が安心する。

 うーん、どうすれば良いだろうか。俺がそうして悩んでいると、リシャール様が良い提案をしてくれた。


「サリムを助けたいのか?」

「いえ、流石にそこまでサリムに対して同情心は湧かないのですが、逆恨みが怖いなと思いまして」

「確かにそうだな。ふむ、では公爵家の下働きとして雇うのはどうだろうか? 影をつけて余計なことはできないように監視しつつ、性根から鍛え直せば良い」

「それは……ありがたいのですが、あまりにも公爵家の皆様に申し訳ないので……」


 人を一人育てるのはそれだけで大変だろうし、さらに俺に恨みがある人を育てるのは大変すぎるだろう。使用人の方達の負担も増えるだろうし。


「私は構わない」

「ですが、使用人の方々に大きな負担をかけてしまうのではないでしょうか……?」

「確かにそうか。アルバン、どうなんだ?」


 話し合いの場にはアルバンさんもいたので、リシャール様がアルバンさんにできるのかどうかを聞く。


「はい。可能でございますが、使用人たちへの負担が増すことは事実だと思われます。しかし此度の話、私個人でお受けしても良いでしょうか?」

「それは、アルバンが一人でサリムの教育をするということか?」

「はい。私の息子も育っておりますし、一人分の教育が増える程度ならば業務に支障はありません」

「それならば良いのだが、なぜアルバンがそこまでやるのだ?」

「レオン様への恩返しでございます。レオン様には私の命を救っていただきました。その恩返しがしたいと常々思っておりましたが、レオン様に私の力が必要な場面は殆どなく、未だその機会に恵まれておりません。そこで今回のお話をお受けしたいと思った次第です。もちろんこれだけで恩が返し切れるとは思っておりませんが、少しでもお役に立てればと思います」

「そうか……そういう理由ならば良いだろう。ではアルバン頼むぞ。サリムが放逐されたならば拾って連れてこい。そしてウチの使用人に相応しいレベルまで教育するんだ」

「かしこまりました」


 アルバンさん、あの時の治療をそんなに感謝してくれてたのか……。俺はもう忘れかけてたよ。

 なんて義理堅くて良い人なんだ。

 俺もサリムは好きではないけれど、放逐されてのたれ死ねば良いのにとは思えない。最低限命は救えて逆恨みの危険も無くなるのなら本当にありがたい。ここはありがたくアルバンさんに甘えよう。


「アルバンさん、ありがとうございます」

「レオン様への恩返しですから。精一杯務めさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 そうして作戦の報告会は終了となった。黒幕はかなり驚きだったけど、作戦は大成功と言っていいだろう。本当にロニーは凄い。黒幕を聞き出す時の誘導尋問も完璧だったし。

 ロニーは今夜、公爵家の客室に泊まることになっているので今はかなり緊張しているようだけど、段々と貴族にも慣れてきているし、どんどん優秀になっていく。俺もロニーに負けないように頑張らないとだな。

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