第138話 ケーキの作り方

 賑やかな昼食とスイーツの試食を終えて、また厨房に戻ってきた。ここからは俺もレシピがよくわからないから大変だ。でもヨアンなら必ずやってくれると信じてる!

 まずはとにかくケーキを作りたい。やっぱりスイーツ専門店といえばケーキだよね。ケーキと言ってもショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキにフルーツタルトなど、多種多様なケーキが存在するけど、まずは一番の基本であるショートケーキを作りたい。

 やっぱり苺のショートケーキだな! もしあれがこの世界で作れたら感動すると思う。幸いこの世界はフルーツの栽培も行われていて、日本と同じようなフルーツが購入できる。だから苺は手に入れられる。

 まあ、かなり高いんだけどね。でも品種改良からしないとダメとかじゃないし、お金をかければ手に入るのは本当にありがたい。

 だから苺のショートケーキは作れるはずだ。


 ということで、まずはショートケーキを作ろう! ショートケーキに必要なのは、スポンジケーキと生クリーム。とりあえずこれがあればケーキになるはず。

 一番の問題はスポンジケーキなんだよね。あれってパンと似てるけど、パンよりもふわふわでとろけて甘くて美味しいんだ。あれをどうやって作るかなんだけど……


 うーん…とりあえずパンケーキは作れたから、それと作り方は似てるはずなんだよね。卵と小麦粉、牛乳、砂糖あとはバターも使うのかな。この辺をどうにかして混ぜ合わせて焼けばスポンジケーキになるはず……多分……。あれってもっと特殊なものが入ってたのかな?

 あぁ〜! なんで俺の趣味は料理じゃなかったんだ!! 料理なんて最低限しかやってなかったよ! 大学に入ってからは一人暮らしだったけど、便利なコンビニのお弁当とスーパーのお惣菜があったし。作る時も焼肉のタレでお肉を焼くだけとか、パスタを茹でて市販のソースに絡めるだけとか……日本って本当に素晴らしい国だった。

 ケーキなんてスーパーで数百円で買えたんだ。コンビニにもたくさん売ってたし、コンビニの新作スイーツとか買ってたよなぁ……あんなに便利な世界だと自分で作らなくて当然だよ。


 とにかく、お母さんがたまにお菓子作りをしてた記憶を呼び覚ますんだ!

 確か……何となくだけど、やっぱり何かを混ぜてたんだよね。生クリームもそうなんだけど、その前に生地を作るときに何かをとにかく混ぜてた気がする。さっき名前を思い出した、ハンドミキサーを使ってた。

 小さい頃に手伝いをしたことがあったはずなんだよ……その時は、確か白いものが出来上がったはずだ。

 それでその白いものに小麦粉を混ぜて、焼くんだっけ? 多分そんな感じ……


「ヨアン、これからはレシピがまだないから研究になるんだけど、小麦粉、牛乳、砂糖、卵、バターこれらを使って生地を作って、それをオーブンで焼くと美味しいものが出来上がると思うんだ。さっき作ったパンケーキみたいな感じで、でもパンケーキよりもふわふわで口の中でとろけて、軽くてしっとりしていて甘いもの。俺の考えではそんなものが出来上がるはずなんだけど、まだ成功してないんだ……」

「さっきのパンケーキを参考に、それよりもふわふわで軽くてしっとりしていて甘いもの……」

「そうなんだ。それでそのふわふわで軽い感じを実現するために、小麦粉に何か軽くてふわふわなものを混ぜたいんだけど、それをどう作れば良いのかわからないんだよね」

「小麦粉に混ぜる軽くてふわふわしたもの……」

「そう、さっきの生クリームみたいな感じのやつかな」


 俺がそう言うと、ヨアンは真剣に何かを考えているようだ。それからしばらくしてまた口を開いた。


「確かに先程のパンケーキにふわふわとしたものを混ぜて焼けば、食感は変わるでしょう。とりあえず、生クリームを混ぜて焼いてみても良いでしょうか?」


 うーん、それって生クリームが溶けて悲惨になる気がするけど……とりあえず試してみれば良いか。


「とりあえず何でもやってみて。あと、卵白だけとか卵黄だけとかを使うとうまくいくかもしれない。前に卵黄だけはスイーツじゃない料理に使えたんだよね。卵白がスイーツに使える気がするんだけど……」

「卵白ですね。とりあえず色々と試してみます」


 それからヨアンはとりあえず生クリームに小麦粉を加えて焼いてみるようで、クリームを必死に混ぜ始めた。

 確かにクリームを相当頑張って混ぜると硬めのクリームになっていくから、もしかしてこれが正解だったりするかな? 俺の記憶でも白いものだったはずだし。


 俺も何か手伝おうかと思ったけど、ヨアンの邪魔になりそうなので大人しく見ていることにした。ヨアンはかなり手際が良いしとにかく力があるのでスイーツ作りに向いている。生クリームも手動とは思えない速さで出来上がるんだよね。

 もしかして……ヨアンって身体強化属性なのかな?


「ヨアン、答えたくなかったらいいんだけど、ヨアンって何属性なの?」

「はい、身体強化属性の魔力量が五です。さっきから使っていたのわかりましたか?」

「ううん。力があるにしても、さっきからずっと混ぜてて手が疲れてる様子もないと思って」

「料理は基本的に体力必須なので、この魔法にはかなり助けられてます」

「兵士になろうとかは考えなかったの? 身体強化属性って有利なんじゃなかったっけ?」


 確か身体強化属性で魔力量が四以上あると、訓練をすればかなり強くなれるって聞いたことがある。上手く部分的に強化したり一瞬だけ筋力アップさせたりできるようになれば、長時間使い続けられるし剣との相性も良いらしい。

 身体強化属性って魔法具にできないし、これから攻撃魔法具が作られたらもっと重宝される気がする。

 前に一度試したことがあるんだけど、身体強化の魔法を魔法具に込めることはできても、全く魔法が発動せずに魔力だけが減っていくんだよね。

 いや、あれは発動してるけど効果がないのかもしれない。自分に使ってもダメだったから魔法具としては全く使えない。


「そうですね、最初は兵士になろうと思ってました。それで試験も受けて合格したのですが、合格祝いに家族が連れて来てくれたカフェでフレンチトーストを食べたんです。その美味しさに感動して、兵士はやめてその日からそのカフェで働き始めました」


 まさかの兵士になる予定だったなんて、家族も複雑だったんじゃないか? 兵士になれたお祝いでカフェに連れて来たら、兵士を辞めるって言い出すんだから……

 衝撃的な展開だよね。


「家族には反対されなかったの?」

「いえ、うちの家族は自分の好きなことをやれば良いって考えの緩い家族なので、好きにすれば良いよって感じで」

「それは良かったね」

「はい! 今でも家族仲は悪くなくて、たまに実家にも帰ってます。カフェで五年ほど働いて、貴族の屋敷に雇われたと報告したときは、お祝いをしてくれました」


 カフェで五年働いてたのか。そういえば、ヨアンって何歳なんだろう?


「そういえば、ヨアンって何歳なの?」

「二十二歳です。十五歳から五年ほどカフェで下働きをして、ダリガード男爵家には二年ほどお世話になっています」

「そっか……、ヨアンの家族は平民に雇われることになって反対したりしないかな?」

「大丈夫だと思います。今度報告に一度帰ってみます」

「それなら良かった。じゃあ、お店ができたらお店に招待しようか」

「いえ、うちは裕福ではないのでレオン様のお店には来れないと思います。レオン様のお店は貴族向けのお店になるのですよね?」


 確かにそうか……でも息子のデザートを食べたいだろうし。お店に来てもらうのはハードルが高いだろうから、ヨアンに持って行ってもらうのが良いかな?


「それなら、ヨアンが作ったスイーツを持って実家に行けば良いんじゃないかな。実家で作るのだと設備も材料もないでしょ? 氷を割って布で巻いてスイーツと一緒に箱に入れれば、数時間は持つと思うよ」

「本当ですか!? 俺の実家は中心街からそこまで遠くないんです。乗合馬車で一時間ぐらいなので持っていけると思います」

「それならそうすれば良いよ」

「ありがとうございます! 多分凄く喜ぶと思います」

「まだ先の話だけど平民向けのお店も作りたいと思ってるから、そうなったらお店に来てもらおうね」

「はい!」


 そんな会話をしながらもヨアンはずっと手を動かしていて、生クリームに小麦粉と卵とバターと牛乳を混ぜたものが出来上がった。

 そしてそれを焼いたけど、結果は大失敗。まだまだ成功までの道のりは遠そうだ。


「これはダメだね」

「そうですね……でも失敗したということは、この作り方はダメだと分かったということです。絶対に美味しいスイーツを作って見せます!」

「ふふっ……確かにそうだね。諦めず頑張ろうか!」

「はい!」

「じゃあ次の回復の日まではここに来れないかもしれないから、それまでは今日みたいな感じで研究をお願い。材料は毎日届くようになってるから、もし足りないものとかあれば届けてくれた人に伝えて。そうすれば俺まで届くから」

「かしこまりました。一週間でできる限り進めておきます」

「うん。クッキーとかパンケーキの練習もしていいからね。あとは何か思いついたものがあれば何でも試してみて、美味しければメニューに採用するから」

「はい。頑張ります!」


 そうして一日目のスイーツ研究は終わった。まだまだ先は長いけど、生クリームも作れたし少しは希望を持てる結果だったな。

 俺は足取り軽く馬車に乗り込み、公爵家へと帰った。

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