第136話 生クリーム

「まずはこれ、ヨアンはこれを知ってる?」

「これは……魔法具ですか?」

「そう。製氷機なんだけど……」

「これが、これが製氷機なのですね! 欲しかったのですが、ピエール様がまだ手に入らないとおっしゃられて」

「リシャール様が融通してくれたんだ。あっ、リシャール様はタウンゼント公爵家の前当主で宰相様なんだけど、一応名前を覚えておいてね。お店はタウンゼント公爵家に後援していただける予定だから」


 ヨアンは俺がタウンゼント公爵家の所属になっていることは知ってるはずだけど、多分貴族についての知識なんてないだろう。


「はい。ピエール様からタウンゼント公爵家の皆様については教えていただきました」

「そーなんだ、それなら大丈夫だね。これからも必要があれば教えるよ」

「よろしくお願いします」

「それで製氷機はここに置かせてもらうことになったから、魔力がなくなったら魔力を込め直してもらうから教えてね。しばらくは使えると思うけど」

「かしこまりました。ありがとうございます!」


 とりあえず説明が必要なのは製氷機と……、あと牛乳についても説明しなきゃ。


「それからこの中に入ってるのが牛乳なんだけど、牛乳は飲んだことある?」

「はい、何度か飲んだことはありますが……」

「牛乳はスイーツ作りに必須なんだ。だからリシャール様に頼んで定期的に手に入るようにしたから、牛乳の使い方も覚えて欲しい」

「ぎゅ、牛乳で新しいスイーツが作れるのですか!?」

「うん。というかほぼ全てのスイーツに牛乳って使われるかも。そのくらい必須だよ」


 俺がそう言うと、ヨアンは驚いた顔をした後すぐ不思議そうな顔になった。


「レオン様は、なぜそのようなことを知っているのですか?」

「それは、自分で色々と開発してみたからかな」

「まさか……既に新しいスイーツを開発されているのですか!?」

「まだいくつかだけどね。ほとんどは完成まで辿り着いてないんだ」

「それでも凄いです! 俺は……ずっと研究をさせていただいていたのに、ほとんど成果を上げられませんでしたので……」


 俺は前世のレシピを再現してるだけだからね。完全に反則だから落ち込む必要はないよ! そう言ってあげたいけど言えない……


「俺のはたまたまだよ。ヨアンは今までの研究でどんなスイーツを考えたの? それからどんなスイーツを知ってる?」

「はい。知っているスイーツは、ジャムやフレンチトーストなどカフェで売られているものと、レオン様の屋台で売られているクレープは知っています。研究では完成したものはありませんでした。唯一完成したのは香ばしい蜂蜜のようなものなのですが……パンにつけると比較的美味しいですが、それだけでは食べられないものです」


 ヨアンはそう言って落ち込んでしまった。

 でも、落ち込む必要はないんじゃないかな? 香ばしい蜂蜜ってカラメルな気がする。それならそれは大成功だよ!

 カラメルならクリームにかけてもそれだけで美味しいよね。そうだ、クリームもあるんだよ!

 バターを作る前の段階がクリームだったはずだと思ってそれも仕入れてもらったけど、多分砂糖を入れて泡立てれば俺の知ってる生クリームになるはず。

 ……テレビでそんな番組を見たから、多分合ってると思う。もしこれが作れたらスイーツ研究はかなり進むよね!


「ヨアン、こっちは牛乳じゃなくてクリームって言うんだけど、これを泡立ててヨアンが作った香ばしい蜂蜜をかければ美味しいと思う。とりあえずやってみようよ」

「クリーム、ですか?」

「そう、バターになる前段階のもの、みたいな感じかな。これをボウルに入れて砂糖を加えて泡立て器で混ぜれば、美味しいものが出来ると思うんだ。とりあえずやってみてくれる?」

「かしこまりました」


 ヨアンは不思議そうな顔をしながらも、生クリーム作りを始めてくれた。ヨアンはガタイが良くて力もありそうだから、多分スイーツ作りに向いてると思う。

 俺の曖昧な記憶だけど、スイーツ作りは重労働だってお母さんがいつも言っていた。とにかくかき混ぜるものが多かったはずだ。日本にも自動でかき混ぜる機械があったよね。

 あれなんて名前だっけ。ハンド、ハンドプロセッサー? いや、それフードプロセッサーだよ。ハンド、ハンドシェイカーだっけ? うーん、なんか違う気がする。

 うわぁ〜こういうときにスマホがあれば調べられるのに! 凄く気持ち悪い。絶対に思い出したい。

 ハンド、ハンドじゃないのかな? オートプロセッサー? 違うな、多分ハンドは合ってるはず……


 ……ハンド、ハンド、ハンドミキサーだ!!


 スッキリしたぁ〜。マジで良かった。これ思い出せなかったら知る術が一切ないんだよね。思い出せて良かった。

 ハンドミキサー、あれを作れたら便利だと思う。また後で考えてみようかな。


 俺がそんな馬鹿なことを考えている間に、ヨアンの準備が整ったようだ。


「レオン様、クリームの量と砂糖の量はご存知ですか?」

「いや、全くわからないんだよね……。でもかき混ぜてこぼれないように、ボウルの半分より少ないくらいで良いと思う。砂糖は……そのスプーンで二杯くらいかな。とりあえず作ってみて試行錯誤だね」

「かしこまりました」

「これからもこんな感じで試行錯誤してもらうことになるんだけど、良いかな?」

「もちろんです! 今まではもっと手探りで砂糖を焼いてみたり、溶かしてみたり、小麦粉と砂糖を水に溶かして煮詰めてみたり、失敗ばかりでしたので」


 小麦粉と砂糖を水に溶かすって、大量の水にってことだよね? 確かに何も知らない状態だとそういうことになるのか……

 たぶん少量の水を使えばパンになると思って水を多くしたんだろうけど、極端すぎたんだね。


 そう言えば、パンケーキってまだ俺の実家から流行ってないのかな。それならパンケーキも教えてあげよう。

 パンケーキに生クリームなんて、幸せの味だよね! なんか俺までワクワクしてきた。

 これでチョコがあったらいいんだけどな……まだこの国でチョコって見てない気がする。チョコは日本でも輸入がほとんどだったし、この国では作られてないのかも。

 他の国で作られていて輸入されてれば、どこかには売ってるかもしれないけど……今度探してみようかな。売ってるとすればカカオそのままだろうか? それならアーモンドとかを売ってたお店に聞けばわかるかもしれない。

 でもカカオが手に入っても、それをチョコレートにできるかと言われたら全くやり方がわからない。とにかくそのままだと苦いってことは知ってるけど……まあ、手に入ったらこれも試行錯誤だな。


「じゃあこれからよろしくね。とりあえず今は、そのクリームをとにかく沢山混ぜてみて。そのうちに重い質感になって来ると思う」

「分かりました」

「じゃあその間に、俺はヨアンの香ばしい蜂蜜ってやつを作ろうかな。作り方を教えてくれる?」

「勿論です!」


 それからヨアンはひたすらクリームを混ぜて、その間に俺はカラメルを作った。香ばしい蜂蜜はやっぱりカラメルだったようで、凄く良い匂いだ。


「レオン様、質感が変わってきましたが……これで良いのでしょうか?」


 ヨアンに呼ばれてクリームを見にいくと、しっかりと重たい感じで出来上がっている! やっぱり砂糖を入れて混ぜるので正解だったんだ! 


「たぶんこれで完成だよ! とりあえずこれだけで食べてみよう」

「レオン様、こちらをお使いください」

「ロジェありがとう」


 ロジェがすぐにスプーンを用意してくれたので、俺はそれを使ってクリームを一口食べる。

 やばい……めちゃくちゃ美味しい!! 日本で食べてたやつだ!! これ大成功だよ。もう少し砂糖が多くても良いかもしれないけど、この国の人は甘いものに慣れてないからこのくらいでもいいかも。


「ヨアン、食べてみて! ロジェも!」

「ではいただきます」

「私もいただきます」


 ヨアンは待ちきれない様子で、ロジェは恐る恐るクリームを一口分取り口に入れた。すると二人はかなり驚いた表情になる。


「レオン様! これは革命です!」

「確かにこれは……今までにない食感と味です。甘くて美味しいです」

「そうだよね! これはいろんなスイーツに応用できると思う。とりあえずカラメルをかけて食べてみようか」

「からめる……?」


 あっ、とっさにカラメルって呼んじゃったよ。


「この香ばしい砂糖の名前、カラメルって名付けたんだけど良いかな?」

「カラメル、良い名前ですね。良いと思います!」

「ありがとう。じゃあ掛けるね」


 そうしてお皿に少し分けたクリームに、カラメルをかけて食べてみた。うん、めちゃくちゃ美味しい。やばい……久しぶりだからかクリームが泣きそうなぐらい美味しい。


「カラメルも凄く合うよ」

「本当ですね!」


 ヨアンは自分が作ったものがスイーツに役立つとわかって、凄く嬉しそうだ。

 

「レオン様、レオン様と出会えて良かったです……」

「大袈裟だよ。これからもっと沢山のものを開発してもらうんだからね」

「精一杯頑張ります!」


 それからは午前中いっぱいで、ヨアンにパンケーキとクッキーの作り方を教えて昼食の時間となった。たぶんヨアンなら研究してより美味しくしてくれるだろう。

 今日作った、生クリームを乗せてカラメルをかけたパンケーキとクッキーは、昼食後に皆さんにお出ししようと思って人数分用意した。ピエール様とキャロリン様に喜んでもらえたらいいな。

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